ノックビン(ジスルフィラム錠) アルコール依存症治療薬

アルコール依存症治療薬レグテクトから抗酒剤ノックビン(ジスルフィラム錠)に変更。強制的に酒を飲めない体質にする訳だから、抑止力の差は歴然。

アルコール依存性の人に家族や友人ができること

      2016/12/10

アルコール依存性の人に家族や友人ができること

アルコール依存性患者の方へのケアの方法を、具体的に紹介していきます。
とくに読んでいただきたいのは、アルコール依存症の患者はもちろんのこと、その家族や友人知人です。患者をやっかい者として見たり接したりするのではなく、おなじ人間としてつきあい、ともに「営み」の人間関係を築いてほしいのです。
以下、患者のそれぞれの状況に応じた看護を順に解説します。
まず、自分がアルコール依存症かもしれないと周囲から指摘され、または本人がそう考えて、初めて専門病院に足を運んだときです。
病院に到着するまでの時間に、本人は過去のアルコールによる出来事をいろいろ思い出していることでしょう。酒のよる仕事の失敗、家族とのいさかい、醒めたあとの慚愧(ざんき)の念、からだの不調などなど……。そうした黒星が続く状態を何とか食い止め、白星を多く勝ち取ることができるようにしたいと考えています。
その一方で「いや、オレはアル中なんかじやない。たまたま酒の上での失敗が重なっただけだ。からだが不調なのは、このところ無理して仕事をしてきたからだ。女房がうるさいから仕方なく病院に行くのだ」という思いもあります。むしろ、こちらの思いのほうが強いといえます。
それが、本人の不安感や抵抗感になって態度に出がちです。
そのとき、随行する人は、本人の過去の黒星について指摘することは避けるべきです。それよりも、治ったあと白星が続く再起の人生を思い浮かべるような説得をしたほうがいいでしょう。
ただし、いま白星・黒星といった勝敗にかかわるたとえ話をしましたが、人生の白星とは、出世するとか収入が増えることなどではありません。それは「管理」の競争世界の論理です。その世界での黒星が、実は人生においては白星になることが多々あります。

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①アンケート記入
病院の受付窓口に来たら、事情を説明してください。専門病院の受付の看護婦は、アルコール依存症の人たちの複雑な思いを十分理解していますから、安心して外来主旨を告げてください。
すると最初はアンケート用紙に「家族構成」「酒歴」「既往歴(過去の受診歴)」などを記入します。簡単な質問ですから、ありのままに盲いてください。もし本人が離脱症状を起こしている状態なら無理して本人が記入する必要はありません。代わりに家族が記入し、思い出せないことがあればそのまま空欄にして、後日確認してから記入すればいいのです。

②面接診断
アルコール依存症になる経過は、個々人によってさまざまです。そこで、看護婦が一人ひとりの状況に応じた質問をします。別に試験ではありませんから、このとき答える内容に、正解・不正解はありません。正直に自分のアルコールによる出来事などを話せばいいのです。もし本人が体調がよくなければ、看護婦は家族から話を聞きます。本人には、心身が落ち着いた後に問きます。
家族だけに話を問くことがあります。複数の人に聞いたほうが事実が客観的になるからです。いずれにしても、聞き役の看護婦を信頼して事実を淡々と話すことです。
アルコール依存症看護のベテランの方は、自分の仕事をひと言で表わせば、「心の耳で聞き、気づくまで暖かく見守りながら待つこと」と答えています。

③検査
からだの状態を調べます。「計測」「採血」「心電図」「一般検尿」「呼気中アルコール濃度」といった検査です。

④診察
大きい病院では、内科医の診察とアルコール専門医の診察があります。身体疾患の場合は別ですが、アルコール専門医が入院か通院かの治療方法を決めます。ただし、症状が重いときを除いては、患者本人の最終的な決定を優先します。
この「本人の決定」は、アルコール依存症治療のいちばん最初の重要なテーマのひとつです。自主的に判断することが、その後の回復をグンと早めるからです。もちろん医者や看護婦の指示には素直に従うべきです。その上で「自分がこの病気を治すのだ」という姿勢が大切なのです。
通院と決定したら、それが治療から遠ざかる隠れみのであったなら、必ず再飲酒します。入院より通院のほうが克己心を要求されます。その自覚をもってください。

通院治療での家族の役割

通院治療をするためには、本人と家族が守らなければならないことがあります。
その心得をいくつか紹介しましょう。

①アルコール依存症を「病気」と認めて治療を続けること
このことが意外と患者本人と周囲の人に理解されていません。そして、この病気を治すには「断酒」しかないのです。

②通院を生活設計に組み込み、継続すること
社会に出れば、いろいろなことをしなければなりません。しかし、どんなに「しなければならない」ことがあっても、通院日を第一に考えて、きちっと通院して治療を受けてください。

③抗酒剤を服用すること
抗酒剤とは、これを服用したあとに飲酒すると、からだが苦しくなる薬です。副作用はまずありません。昧も、たとえば「シアナマイド」(一般的な抗酒剤)は水のように透明で味もありません。
それを毎朝、7ミリリットル飲んでください。
抗酒剤を服用することに抵抗感を覚える人がいます。「オレは自分の意思できちんと断酒をするつもりでいるのだ。それなのに、そんなものを飲ませようなどというのは、オレを信用していないのか」というわけです。
信用していないのではありません。あくまでも患者本人が危険な状況(この場合は飲酒への周囲の誘いや隠れ酒など)にならないための予防であり、患者を酒が飲めない体質にする機能は抗酒剤にはありません。断酒するかどうかは、あくまでも患者自身の問題です。
また抗酒剤を家族のまえで服用することは、家族を安心させます。酒を飲まない状態は、日常のほかの行動のなかに埋没して、家族からは見ることができません。しかし、抗酒剤を飲むことは、家族に見えることです。それを見ることで家族は「一生懸命に治療している」という安心感をもつのです。
抗酒剤は、よちよち歩きの子供が外で歩くときの、親の手のようなものです。親は子供が行きたいようにさせます。だが、もしも危険な場所に行くようなことがあってはいけないから、幼児の手をもっているのです。
治療を開始した直後は「断酒生活」のよちよち歩きの時期です。断酒の自覚が確立すれば、もう〈親の手〉を離れて自分で歩いていけばいいのです。

④仲間とのふれあいを大切にすること
一人で断酒を続けることは大変むずかしいと思います。病院に来たとき、診察の待ち時間などに、同じ病気の人たちと語り合うのは、心のカタルシスになって気分がスッキリするものです。本人が人見知りするタイプだったら、家族が相手の家族に声をかけることから始めるのもいいでしょう。それは、家族にとっても気が晴れます。
同じ仲間という意味では「断酒会」や「AA」という自助グループが各地にあるので、会社や自宅の近くのグループに参加してみてください。アルコール依存症を長い時間かけて克服してきた人の話は大いに参考になります(「断酒会」「AA」のくわしいことについ
ては、あとで書きます)。

⑤家には酒をいっさい置かないこと
アルコール依存症の人にとっては、酒は病気の源です。飲まなければ、置いてもかまわないという問題ではありません。飲酒欲求が異常に強く、飲んだら止まらないのが患者の特微なのですから。
また食事はパランスのとれた料理を食べてください。こんな笑い話もあります。
断酒を決意した亭主が、外で飲むこともなく会社からまっすぐ帰ってきました。奥さんは、おなかを空かせているだろうと、いろいろなおかずをつくってテーブルの上に並べました。亭主が食事をしようと箸をもったら、おかずはすべて酒のつまみ。それまで酒肴しかつくらなかったため、奥さんはついついそうしてしまったのです。
「おい、オレに酒を飲めというのか」と、亭主もニガ笑いしたという話です。

アルコール依存性の入院治療の実際

①離脱症状の時期
患者が入院しました。大変素晴らしいことです。本人が治療を受ける気持ちになったことを、家族はまず評価してあげてください。
家族のなかには、患者を入院させた時点で「自分の役割は終わった。あとは病院にすべてまかせる」という考えをもつ人がいます。とんでもない考えです。アルコール依存症は本人だけでなく、家族も一緒になって治療努力をしていくものなのです。
もっとも、家族が患者の入院でホッとするのがわからぬではありません。それまで受けた心労は相当なものだったにちがいないでしょう。
当初は何とか酒をやめさせようと、酒を隠したり捨てたりしたが、そんな程度で患者は酒をやめません。今度は実力行使で患者の飲酒行動をはばんだり、厳しい言葉を吐いたりもしたはずです。でも、患者は飲み続ける。そうなると、家族は「勝手にしたら」と放り投げる態度を示します。そして、患者はさらに飲み続ける。とどのつまり内臓疾患、仕事の失敗が表面化して、ようやくアルコール依存症を治療する病院へと連れてくるのです。
そういう患者が入院すると、最初に起こすのが離脱症状です。断酒後6〜8時間過ぎたころから始まり、2〜7日間ほど続くのが一般的ですが、重症になると譜妄状態が1カ月以上も続き、時には死に至ることもあります。

②身体的・精神的治療期間
離脱症状の期間が過ぎると、次は身体的・精神的な治療に移ります。
まず、身体的治療としては、肝臓障害や糖尿病を合併している場合が多く、離脱症状を脱皮するころから、その症状が顕著になることがあります。その他、消化器官、すい臓、循環器、関節、神経系などの合併症状が新たに発見されることもあり、そのときはアルコール依存症の治療と並行しながら、身体的治療に専念することになります。
離脱症状から回復しても、断酒後一ヵ月ほどは精神的に不安定になります。
自律神経症状や意識障害などが残っている患者は別ですが、回復の早い人は、仕事や家族のことが心配になり、やたらに電話をするなど、落ち着きのない行動が目立ってきます。また、飲酒欲求が出てきますから、睡眠薬を飲んでも熟睡した気分にはなれず、感情の高ぶりを見せます。

③断酒への動機づけ
身体的・精神的な治療が一段落する頃から「なぜ断酒をしなければならないのか」「どうすれば断酒が続けられるのか」を患者が理解する期間に入ります。
患者がひとりで、それを実行することはまず無理です。そこで、同じ病気をもつ患者同士の相互理解を通じた集団療法が行なわれます。
集団といっても、軍隊や体育会系団体のような規律重視の治療ではありません。あくまでも個人がベースです。自由で健康的な生活のなかで、自分の問題を発見する場として入院生活が機能するのです。

酒なしで人生を楽しむ方法

病院内での集団療法には、ハイキングやバーベキュー大会、もちつき大会、スポーツ大会といったレクリエーション療法があります。
入院や通院する前にも患者はそれらのレクリエーションを経験している人がほとんどですが、そのときは必ず「酒を飲む」ことが付随していました。というより、酒が飲めるから、レクリエーションに参加しているのであって、それ本来のおもしろさなどはどうでもよかったはずです。
だから、酒なしのハイキングでは、どのように行動していいか戸惑います。最初のうちはシラケた目で見ています。しかし、実際に行ってみると、酒を飲んでいたときにはまったく気がつかなかった森の香りや空気のおいしさ、鳥のさえずりといったことを発見します。また、山登りなどで人が人を助けるといった光景を見て、心が洗われていく気がします。そういう感覚の新発見が、治療にはとても大切なのです。
「オレから酒を取り除いたら、これから一体どうやって生きていけばいいんだ」と、ほとんどの患者が考えています。そう思い込んでいるのです。酒に洗脳されてしまったと指摘する人もいます。ならば、その洗脳を解除し「世の中には、酒以外にも素晴らしいものがいっぱいありますよ」と教えてあげるのです。
患者が「そうかもしれないなア」と思い始めた頃に、外泊ができます。症状の程度によって差がありますが、入院2カ月目の週末が最初の外泊時期になります。
外泊して患者を迎える家族の態度も、治療に大きな影響を与えます。入院して1カ月間を「やっかい者がいなくなってホッとした」まま過ごしていたのでは、せっかく断酒して治療を続けて1カ月ぶりに帰ってくる患者を、ふりだしに戻す可能性もあります。患者が治療を受けている間、家族もまたアルコール依存症やその治療方法、家族の役割などをしっかり学んでほしいと思います。
長年、酒で問題を起こしてきただけに、家族は患者を信じられなくなっています。なかには「なぜ病院は外泊許可を与えたのか」と文句をいう家族もいます。「外に出たら酒を飲むに決まっている。そのことは長いあいだ苦労してきた私がいちばんよく知っている」という理由からです。
しかし、アルコール依存症の治療は、「入院」という閉ざされた環境のなかだけで行なっても根本的な解決にはなりません。外部からの強制で禁酒を続けさせても何の意味もないのです。
たしかに、飲酒欲求が残っている患者を自由に外に出すことは、飲酒の機会を与えることです。ひょっとして居酒屋で飲み続け、べろんべろんになって帰宅するかもしれません。それを選ぶのは患者の自由です。しかし、飲酒という神経の快感を得れば、からだと心の健康を失います。アルコール依存症を治すというのは、酒を飲む飲まないを超越したところで人生の歓びを知るようにすることなのです。外泊は、それを知る道のひとつです。

断酒貯金は満期なしだが最高の利回り

身体的・精神的な治療を終え、断酒生活に慣れたら、今度は「生き方の治療」が必要になってきます。
そんなことは大きなお世話だという人もいるでしょう。だが、アルコールなしの生き方を本当に見出しているでしょうか。脳の中枢にはまだ飲酒欲求が残っています。
いまはただ、その欲求から遠ざかっている状態にすぎません。
たとえば、土俵の中心に「飲酒欲求」があるとします。断酒を続けている患者は中心からは離れているが、チラッと視線を中心の飲酒欲求に向け、土俵のたわら外を平幕力士の土俵入りのようにグルグルと回っているにすぎないのです。
治るというのは、土俵を下り、国技館を出て、遠くのほうに出かけ、時には国技館の土俵の中央にある「飲酒欲求」のそぱを通りすぎながらも、ゆっくりと歩いて行ける人生をもつことです。そうなるためには時間がかかります。
しかも、今日は断酒できたとしても、明日もできる保証はありません。毎日毎日、「断酒」という貯金をし、しかもこの貯金は一生満期を迎えないものです。そのかわりもっと大きな「健康」や「やすらぎ」、「人間関係の歓び」といった利子がもどってきます。
私が診てきた患者のなかにも、何年かの積み立ての後に「断酒貯金」をおろしてしまった人が何人かいます。どういうわけか、以前に飲酒したときと同じ季節に再入院してきます。
ある企業の重役は、夏になると受診に来ていました。
「また飲みましたか。原因は何ですか?」
「会社のゴルフコンペです。コースを回ってクラブハウスに戻ったとき、どういうわけかビールが飲みたくなる」
「困ったものですね」
「ええ、困っています」
「ゴルフコンペに参加しなければいいじやないですか」
「いやそれが、春や秋のコンペには飲みたいと思わないんです。それで安心して夏のコンぺに参加すると、やっぱりダメで……」
「今度からは、夏のコンペだけは参加しないようにすることですね」
「ええ、そうします」
こういう季節による再飲酒のケースのほかに、人生の大きな転機を迎えて孤独感に襲われ、それをまぎらわすために飲んでしまう場合もあります。
配偶者の死、左遷、娘の結婚などです。15年間も断酒してきた人が、娘の結婚式で一ロつけたら、やめられなくなり、結婚式会場からそのまま病院に直行した例もあります。
生き方の治療というのは、患者が患者であると同時に医者にもなることです。その〈医者〉を名医にするひとつの方法として、病院内の自助グループに参加するのもいいでしょう。もちろん通院治療の患者と同様に、断酒会やAAといった自助グループにも参加できます。
入院生活も三ヵ月近くになると、自助グループ内での、「酒歴発表」
があります。これは、れっきとした治療プログラムの一環です。
入院生活も後半になると、ほとんどの患者は「なぜ入院しなければならなかったのか」という理由を認めるようになります。入院してよかったという気持ちになるのです。
その気持ちに至るまでを、ほかの患者や医師、看護婦などに伝えることで、いままでの「酒びたりの人生」から「酒がなくても楽しい人生」への足がかりにします。
真剣に考えた人は、たとえ表現が稚拙であっても、間いている人たちの心をゆり動かします。聴衆の感動は、話している患者にすぐはね返ってきます。そこに人間関係の歓びを発見するのです。
逆に、カタチだけの発表をする患者は、往々にして退院してからスリップ(再飲酒)して、病院に戻ってきます。
「入院生活は人生の休息時間だから、その間に世俗のアカを落として、じっくり人生を問い直すことだ」
とは、一般的によくいわれている言葉です。
アルコール依存症の治療は、その言葉のもつ意味が普通の病気入院よりも、さらに重要になってきます。そのことを患者本人はもとより、家族や会社の人たちも十分理解してほしいと思います。

 

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