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アルコール依存症の親を持つ子供たちの人格形成

      2016/12/10

アルコール依存症の親を持つ子供たちの人格形成

不意の気づきが生じるのは、アダルトチャイルドがアルコール依存症者のいる家庭で育てられた結果、身についた心理的、身体的、遺伝的脆弱性に気づくようになる回復過程の段階にあることを示している。不意の気づきでは、彼らは子供時代の間違いに気づき、もうそれを否認する必要がないことを認識する。自分の体験やその影響を自由に認めることができるようになる。私たちは、この種の洞察は一つの介入によって素早くなされる例を何回も見てきた。介入とは、その人のその場の気づきに対し、さえぎってみたり口をさしはさんでみたりして、新しい洞察を得させるすべての試みをさす。

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介入があればどうなるのか?

多くの人々にとって、介入は日の出のようなものである。夜明けは暗闇の中にそれまで覆い隠してきた景色をどっと溢れさせる。生活のあり方が何か間違っている、という漠然とした気持のわだかまりが、突如なぜだか分かるようになる。希望が不意にやってくる。何もかもがはっきり見えてくる気がする。介入は、気づきが現れ変化が始まるための光と空間と子不ルギーを与えてくれる。アルコール依存症の親を持つ子供たちが、今の痛みと過去のアルコール依存症の家族の体験とのつながりに気づいた時、かつての、自分の気持を封じ込めようとした子不ルギーと体験を以前より有益に利用できるようになる。彼らはもう否認の暗い影につかまることはない。
あなたが自分をアルコール依存症の親を持つ子供として認めたら、私たちの言う「カミングアウト」の過程が始まる。

*「カミングアウト」coming outとは、この場合は、アルコール依存症の親を持つ子供であることを公然と認め、
人に率直に語れることを言う。回復への一つの大切なステップである。

これは回復過程における大きな第一歩である。自己明示はゲイ・レスビアン社会から借りてきた用語である。だが、私たちがこの用語を用いるのは、あらゆる年齢のアルコール依存症の親を持つ子供たちはゲイ・レスビアンのように自分自身を認識し、自分にレッテルを貼れるようになることが、回復過程を示すと言いたいからである。彼らは、アルコール依存症の家庭の特徴である秘密主義と恥じらいの覆いをもはや必要としない。自己明示によって、彼らは親のアルコール依存症に由来する傷つきやすさを明確に認識するのである。まず始めは、カミングアウトは個人的な認識である。例えば、このガイドを読めば、あなたは、書かれている言葉とあなたの個人的な体験とを関係づけるだろう。後日、あなたに心の準備ができて適切な機会が来たら、学習してきたことを人と分かち合うことが大切である。この公式の場で発言すること、それは友達へのものかもしれないし、アルコール依存症の親を持つ子供たちのための学級でのことかもしれないが、これが第二番目の非常に強力な一歩となる。この分かち合いが、他のアダルトチャイルドと共になされる時、すばらしい発見が成し遂げられる。あなたは独りぼっちじゃない!
しばしば、アルコール依存症の親に育てられた人は、その人の物語があまりにも特殊であまりにも人と違っているので、他の人は誰もそれを体験できないと思っている。だが典型的なアルコール依存症の親を持つ子供たちの体験を記述し学習するうちに気づいたことが一つある。私たちがまるで彼らのことを前から知っているかのように、まるで彼らの個人的な話をしているかのように彼らは感じ始めるらしいということである。彼らが、他のアダルトチャイルドのまわりに来てその人たちの話を聞くと、驚いてあんぐり口を開け眼を見開いてしまう。彼らは、それもほとんど初めて、「私は自分が思っているほど孤独でも、異質でも、悪い訳でも、病的でも、頭が変でもないんだ」と悟る。何という解放的な体験なのだ! この気づきの力は著しい効果をあげる。この気づきこそがエネルギーを解き放ち、次の回復の段階への発展を準備する。この気づきは意味なく苦しんできたことを終わらせ、自分で進むべき道を選んだのにはそれだけの理由が本当にあるのだという新しい目覚めを急速に進めることになる。

「カミングアウト」とは何か?

私たちは、アルコール依存症者の子供たちが苦しんできた「孤立」をいかに打ち壊すかについて述べてきた。アルコール依存症者の子供が家庭で受ける主なメッセージの一つは、「ここには間違っていることが何もない。だからお前はそれを誰にも言ったらいけないぞ!」ということであった。
それで、アルコール依存症の親を持つ子供たちは、他の人たちとの間に壁を築く。同様に、自らの体験から自分を切り離すためにも壁を築く。これらの壁が、不意の気づきのなかで砕けていくにつれて、最初の安らぎと興奮が生じてくる。しばしば、起こっていることを分かち合いたいと望む時もある。そうなると、何か他のことが前に向かって動き始めるかもしれない。親がアルコール依存症だと分かった直後は、アダルトチャイルドは自分が悪いと思ったり、罪の意識を感じ始める。彼らは、あたかも家族の秘密を裏切ったようで、それゆえに家族そのものを裏切ったように感じる。
でも、実際には、この「カミングアウト」で、彼らはアルコール依存症の問題に関して家族との結託を簡単にきっぱりとやめるのである。
「カミングアウト」、それは回復過程のなかでかなり重要なものであるが、いろんな意味で「独立宣言」と言える。これによって、アダルトチャイルドは、家族の素性や家族病から感情的な分離を許される。身体的な分離は地理的な移動や死という形をとってなされてきたかもしれないが、感情的分離は遅れてやってくることは避けられず、ゆっくりとしかも困難を伴ってやってくる。よく良心に背くようで気が咎めたり、罪に苦しんだりする。だがこれが重要な移り変わりの信号となる。それに引き続き、間もなく悲嘆と怒りの感情が起こるであろう。気づきでは、子供時代に多くのものが欠け、必要なものがほとんど満たされなかったと気づくばかりでなく、自分はもっと大事にされる値打ちがあったという目覚めの心も生じる。起こってくる感情と言えば、悲嘆失われた
子供時代への悲嘆そのものである。回復が進むにつれて、アルコール依存症の親を持つ成人した子供たちは、自分はもっと大きな値打ちがあるという信念を持つようになり、それが彼らの人生のすべての局面に注がれる。最初はこれは異質な感情である。きっとそれは気を動転させ、恐ろしく感じさせるだろう。そうなると、彼らは自分は自己本位で、しかも思い上がっていると思うかもしれない。
アダルトチャイルドは、子供時代から咀されてきたと次第に気づくようになり、怒りの波が次々と起こってきがちだ。許していきたいと思いながら、心の中では依然として怒りを感じる。時として、怒りは直接アルコール依存症者にぷつけられず、しらふの配偶者に向けられることもある。しらふの親はうわべだけでも、子供をもっとよく分かってやるべきであったし、守ってやるべきであった。そうでないと、怒りは親戚や近所の人に向けられることになる。例えば、ある人が涙ながらに言っていた。「彼らは何が起こっているのかずっと見ていたし、私がどのように扱われているかも知っていた。でも、彼らは何もしやしなかった」と。アダルトチャイルドが人との関係をどんどん増やすにつれて、あらゆる種類の感情が噴き出し始める。一斉に湧き起こってくる不安、時として恐怖に似た感情はよくあることだ。あなたはたぶん、暗い部屋にいたすぐ後でまばゆい陽光のなかを歩いた経験があるだろう。最初光はぎらぎらして、まばゆくて目が痛いほどだ。しばらくすると、目が慣れ徐々に物事がはっきりし見えるようになる。同じように、沸騰している湯のふたを取ると圧力と蒸気は開放されて吹き出る。アルコール依存症の親を持つ成人した子供たちも、彼らの閉じ込められた感情が解放されると、その体験は同じように強烈であると思う。強力な感情のほとばしりは驚くほどである。彼らは特にそのような強い情動におののくことを教え込まれる。その子供の頃の感情がどんなに恐ろしいものであっても、回復の進歩の具合を計る上で大いに参考になり、後日役に立つ。しかも、感情は変化する。それがその特質なのである。だが感情は必ずしもとても強力で圧倒的な力を持つとは限らない。感情は行動と一致しないことも記憶しておいて欲しい。もしも、思考や感情すべてが行動と等しいなら、私たちはすべてトラブルに巻き込まれるだろう。
この時点での恐怖や不安の体験は、あなたが長い間、心の奥底に閉じ込めてきた情動を自分で体験できるまでになっていることを示す明白なサインである。回復するためにはこれが絶対必要である。

不意の気づきの段階でどのような落とし穴があるか?

私たちが何回も見ている共通の落とし穴がある。落とし穴に出会っても、回復申のアルコール依存症の親を持つ子供たちがそこにはまらずにすむよう、前もって注意しておくと効果がある。この段階で始めの頃によく起こるのだが、彼らが新たに学んだことを肉親にせっかちに分かち合おうとする。「私が見つけたものを当ててごらん」と言い、多くの子供が、家に急いで帰り、兄弟に電話をかけ、家族全員にあてて手紙を書きたがる。ところが、とても驚くべきことで心が痛むことだが、多くの場合、他の者はそんなことを聞きたがっていないことに気づく。自分の目の前でドアをぴしゃりと閉められたり、冷たい応対をされたり、知らぬふりをされたりするようなひどい目にあうかもしれない。私たちが始めのほうで言ったように、兄弟の1人が他の者に、「アルコール依存症って何よ? あなたは何を言ってるの? 私たちの家族にそんなこと言わないでよ! ここにはアルコール依存症者なんていないわよ。あなた、一体どうしたって言うの?」と言うようなことはよくあるのである。
私たちがあなたに勧めたいのは、よく考えて、もっとゆっくり事を進めなさいということである。
家族の救済になるからと思って先を急いではいけない。私たちはアルコール依存症の親を持つ子供たちが直面する「核心の問題」を述べる際に、やるなら徹底的にやり、やらないなら何もしようとしないという衝動について、さらに他人の世話や救済の必要性について話すことにしている。これは回復過程の最初の要点の一つである。そこでは、アルコール依存症の親を持つ子供は新しい行動をとる機会と不意の気づきを人間的な贈り物として味わう最初の機会を持つことになろう。受け入れてくれる友達グループや同じような気づきを体験している他のアダルトチャイルドと「カミングアウト」の機会を分かち合うほうが、気のない家族に変化を強要するよりははるかに益がある。
多くのアルコール依存症の親を持つ子供たちが経験するもう一つの落とし穴は、生活上のトラブルを全部親のアルコール依存症のせいにしてしまうか、逆に全くしないかのどちらかになりがちなことである。両極端とも役に立たない。その例にあてはまる、1人の男性を知っている。彼は自分の中に現れた気づきを誤って用い、自分のすべての問題を小児麻庫のことまでそのせいにした。もう一人の女性は、これまでなかった自分の罪の意識にいつまでも深く囚われて、アルコール依存症の親を持つ子供というレッテルを貼れば気が楽になる自分を許せなかった。つまり、自分の言い訳として、親がアルコール依存症であるからとは絶対に言わなかった。彼女が気づいていないことがある。それは、アルコール依存症の親を持つ子供であること自体に彼女の責任はないが自分の回復のために自分で何かしなければならない責任はある、ということである。
一つの問題は、アルコール依存症の親を持つ子供たちはしばしばせっかちになり忍耐できないことである。新しく見つけ出された気づきで何もかも分かったように思い、もう治っていると早とちりする。自分は完全になると思い込んでしまう。彼らはよく、苦痛を経験するのはよそうとか、自分の共アルコール依存症的な、パラアルコール依存症的な行動を繰り返すのは止めようと考える。

*「パラアルコール依存症」とは、子供がアルコール依存症の親との生活の中で陥る不健康な状態で、結果的に親の病気の持続と悪化を助長することを指す用語である。配偶者における共アルコール依存症と同じ用い方である。

もしあなたがこの回復段階に自分がいると気づいたら、自分に寛大でありなさい。また過ちを犯し続ける自分を許しなさい。過ちに気づいたら、そのことで自分を一層よく理解し修正できる材料を得る良い機会だと思って利用しなさい。例えば、何も言えずに不当に扱われたら(後で怒りがこみあげてくるが)、何が起こったのかを認識できたとして、自分を祝福しなさい。将来、その人を避けてもよいし、次の機会にはそういう場合どのように対処したらよいかを考えてみるのもよい。それを、あなたがこれまで以上に学習できるチャンスの場だと思いなさい。

あなたには、新しいエネルギーと動機のすべてをぷっつけて、昨日だめであれば今日こそ事態を好転させたい、とはやりがちだと思うが、もう一度私たちは、あなたに速度を落として、時間的余裕を持つように勧めたい。この本を読む場合でも、あなたはゆっくり時間をかける訓練ができる。
時間をかけて学習すると、学習はより強力となり、長続きする。本を置き、読書をやめ、散歩をしたり、何か他のことをするのにちょうど良い潮時だと決められる。何もかも一度に改善しようとするようなプランはしばらく先へ延ぱせる。読書を続ける前に、ゆっくりと深呼吸をし、どれだけ読破してきたかを考えなさい。大分読み進んだら、少し休んで、すでに踏破した距離の長さを自分のために祝福するように心がけなさい。

この回復過程で自分自身の面倒をみる最良の方法とは何か?

最初に、自分で自分の面倒をみることは間違っていないと心から思う必要がある。あなたは何よりも自分自身に心配りをしなければならない。あなたは変化をとげ、知識を増やし、以前と変わってきている。今まで経験していないようなものの考え方や感じ方があなたの気づきの中にきっと現れるだろう。この時期は傷つきやすい時期なのだ。これを否定してはいけない。否認は長い間十分にしてきた。あなたが自分の面倒をみるということは、一つは休息をとり、ゆっくり余裕のある動作をすることだ。と同時に自分の感情、考え、行動の三つの間の違いをじっくり考えることでもある。自分の面倒をみるとは、新しい優先順位を新たに作り直すことだ。あなたの現在の第一番目の優先順位は、あなたの家族の回復のためではなくて、あなた自身の回復のため自分の面倒をみることだ。
あなたは自分にやさしくしなさい。ミスを犯しても、あなたが成長する兆候だと認識しよう。そうすれば、もう一度成功の運が向いてきて倒れずにすむ。新しい道を踏み出そうとしている自分を褒めてやりなさい。自分自身に手を差し伸べてやりなさい。今こそ学ぶ時だ。小さな歩みから始めよう。そしてあなたを育ててくれる人々と一緒になって、活動と時間の計画を立てよう。あなたを理解し心配してくれる人々でまわりを固め始めなさい。そうすること自体に新しい行動が芽生えてくる。あなたが不意の気づきの過程を通っていくとき、誰が共鳴し、支えとなるかを考えなさい。これは、難しそうに聞こえるが実際は簡単だ。あなたがしなければならないことと言えば、あなたが学級に参加したり、アルコール依存症の親を持つ子供たちについての本を読んだりしていることをただ他の人に話すことだ。それから一休みして、観察してごらん。他の人たちがあなたの言ったことをどう処理するか注目しなさい。また、その人たちがあなたにどのように反応するか注目しなさい。それからまたあなたが後になってどのように感じるかも注目しなさい。もしも、消え入りたいとか、愚かだとか、悪いとか感じるのであれば、あなた壮その人との相互作用で、非常に価値のあるものを学んだことになる。つまり、この人はあなたの身に起こっていることをすぐに支援してくれるような人ではない、ということだ。一方、もし別の人と自分の体験の何がしかを分かち合った結果、あなたが前より気分が良くなり、ちょっとばかり心配がなくなったり、理解してもらえ、心配してもらえたと感じられるのであれば、もう少しいろいろ、その人と分かち合えるだろう。その時、もう一度立ち止まり、見たり聞いたりし、あなたがどう感じたかを注目しよう。それでなおあなたが消え入りたい思いをし気分がすぐれないようであれば、あなたとこの人の信頼関係は限界線に達したのかもしれない。一方、あなたがなおも安らぎを感じるならば、続けてこの人と
共に自分の考えや感情を分かち合えばよい。この時期に自分で自分の面倒をみる場合、非常に重要な方法がもう一つある。それはあなたが自分の声に注意深く聞き入るようにすることである。自分が何を必要とし、何を望んでいるか聞き入りなさい。多くのアダルトチャイルドは、自分の内なるメッセージを無視するように系統的に教え
られてきた。例えば、ある人は、彼女が小さいときに、いかに性的ないたずらをされたかを述べている。彼女はいたずらされた時、いつも自分が悪いとか自分に罪があ
るとか思っていた。親はそれを知っていてなおも無視したから、彼女は自分のほうが悪かったに違いないと結論づけた。性的虐待そのものが不当で間違った行為だと思っていたら、きっとそう結論せずに済んだであろうに。何年後になってもその体験がよみがえり、混乱して茫然自失するのであった。彼女は自分の内なるメッセージに全く反応しなくなっていたのだった。今こそ、あなたの内側で何が進行しているか、耳を傾けて聞く時である。もう一度自分を信頼し、あなたの役に立っているものとあなたを妨げているものとをより分けなさい。バロメーターとしてあなたの感情を用いなさい。あなたは今や子供であった時よりはずっと多くの資源を持っている。今自分をもっとよく知ることができれば、以前のあなたとは違ってくるだろう。それはかつてはできなかったことだ。

どのような資源を必要とするか?

あなたの人生で得られた友達に加えて、最もすぐれた資源の一つはアラノンである。アルコーリックス・アノニマスを模倣したアラノンは、アルコール依存症者の友人や家族のためにある。アラノンには、アダルトチャイルドが以前からずっといたのだが、今やこのグループは、アルコール依存症の親の影響を生活に受けてきた人たちのために役立つ資源としてますます認められてきた。
アラノンの世界サービス事務局で行なっているアダルトチャイルドのアラノン家族グループヘの登録は急速に伸びている。アラノンとは、アルコール依存症者の身近にいる人々が、それはどんなものであるのかを学習できる場である。それは、あなたの関心や体験の多くを分かち合える多くの人々の集まりである。そこに行けば、自分が孤立していないことを理解できるようになるだろう。アラノンでは、そこに来ている人たちの声を聞き、自分の共アルコール依存症やパラアルコール依存症に気づきはじめ、いかにアラノンが彼らの助けになってきたかを知るだろう。アラノンは、あなたにとってもう一つの新鮮な空気を呼吸できる場である。
アラノンのすべてのミーティングが同じとは限らない。これはとても重要なことだ。もし最初の出会いが満足できなくても、少なくともあと六つのミーティングに出席してから何らかの結論を出すように勧める。あなたの友人や支援について評価するために書いた私たちのプロセスに従って、少しだけ話し合うことから始めなさい。一つのミーティングに出席してみて、その後あなたがどう感じるかを見てみなさい。その時の気持を大切にし、尊重しなさい。他のミーティングの場合でももう一度やってみて、あなたがどう感じるかを見なさい。
この時点でのあなたの回復に役立つもう一つの重要な方法としては、何らかのワークショップやセミナーに出席したり、資料の読書や学習をすることなどが考えられる。これによって、アルコール依存症の親を持つ成人した子供たち、アルコール依存症、共アルコール依存症、パラアルコール依存症などについて、以前にもまして多くの情報を与えられるだろう。情報のうちいくつかは全く適切でないかもしれない。でもそのことを知った上で、これらのいろいろな資源を利用してみるとよい。役に立つものを採り、残りは捨てよう。
あなたはカウンセリングや精神療法を受けたいと望むかもしれない。また、グループ療法よりもむしろ、最初は個人精神療法のほうがとても役に立つのではないかと思うかもしれない。過去に治療を受けていても、あなたは今ではそれをもっと上手に利用できるだろう。あなたがアラノングループを見つけだしたのと同じ方法で、自分に適した療法家を見つけなさい。見込みのある療法家に、なるべくは電話でインタビューしなさい。この方法はあなたに少しも負担をかけない。重要なことは、療法家がアルコール依存症による問題と家族に与える影響について精通していることである。簡単な質問内容としては、次のようなことを含めるとよい。「アルコール依存症って、何ですか?」「それは家族に影響を与えますか?」「アルコール依存症者のいる家庭では、アルコール依存症がどのように子供に影響を与えますか?」「アラノンって何ですか? どのように役立ちますか?」「回復のためには、私は今すぐにも親を許さなければなりませんか?」などである。注意深く聞き取り、必要な情報を手に入れなさい。もしも答えが不明確であったり、不正確であったり、あなたに罪の意識を感じさせたり、質問しただけなのに口をつぐむようであれば、その療法家に疑いを持ってもよいだろう。すべての療法家が役立つ訳ではない。私たちが特に勧めたいのは、「不愉快になるのをいとわず、率直に力強く話し、やさしい心を持っ
た奴」(SOB with a heart)と言えるような療法家を捜し出すことである。

*SOB(son of bitch)は、スラングで「あの野郎」「こいつめ」といった表現である。この言葉は所によっては使
用が禁じられるくらいに下品とされる。

その人は、私たちがいかなる治療関係においても基本的要素と見なす二つの特質を併せ持っている。療法家が自ら進んであなたと向き合い、誠実に対応し、その上、あなたやアルコール依存症という病気にびくともしないことを意味する。「やさしい心を持った」というのはその療法家が、あなたがどのように感じ、あなたがどのように出会いを体験するかについても心配りしてくれるということだ。このような治療家は、あなたにこの両方の特質をもたらすことができるはずだ。療法家がアルコール依存症の家族出身か否かより、療法家のアルコール依存症に対する知識や態度、およびあなたの質問に対する療法家の反応のほうがはるかに重要である。それは、療法家が精神分析家かユング派か、ロジャーズ派かゲシュタルト派かより、もっと重要なことである。
私たちは、あなたにも教育が必要だと信じている。大切なのは、あなたがアルコール依存症や家族に及ぼす影響について学ぶことである。私たちのアルコール依存症についての知識は近年急速に変わってきている。すでに、一九六〇年代に書かれた多くの本だけでなく一九七〇年代の本ですら時代遅れである。私たちは、あなたに何であれ最近の情報を収集しなさいと言いたい。しかしながら、最も重要なのは、自分が自分の最も大切な資源であるという心構えを育てることである。人によっては、それはおかしく聞こえるだろう。というのはあなたがこの時点で混乱や不安やパニックを経験している最中かもしれないのだから。たとえそうでも、混乱、不安、パニック
などの感情は実は適切な指標であり、これによって今すぐにも自分が必要としているもの、自分の面倒をどのようにみるかがはっきり分かるのである。これらの感情には価値のある情報とメッセージが含まれている。それを無視してはいけない。あなたとその外側にある資源とが共同戦線を張るなら、やがてあなたは自分の感情を案内役として用いることができる。ある個人との相互の関わりの後で、あなたの内部に起こった変化に注意を払えば、この回復段階におけるこの人のあなたへの支援のレベルを計ることができる。あなたの内なる経験はあなたの最も良い案内役である。

私は他の人の援助をあてにしていいか?

あなたは他人からの悪い批評を受けることを覚悟しなさい。他の人たちは、あなたが時間を無駄遺いしているとか、今日を昨日のせいにしているとか言うかもしれない。もしA.A.であなたがそのようなことになったら、この旅では、スポンサーや子供を持ったA.A.の友達から距離をとることもできる。彼らはあなたの不意の気づきを支えていけないだろう。これは、あなたが新しい道を歩み続ける上で混乱と悲しみの原因になる。他の人たちには限界があることを知りなさい。時にはあなたの旅が他人に脅威となることもあると気づいて欲しい。まず何よりもあなたは自分自身と共同戦線を結びなさい。あなたは実に、自分自身の中にいろんな資源を持っているのだから。先に進む際には、怖がりさえしなければ殊更に勇気は必要ではない。それを忘れないように。

この段階では、私は両親をどのように扱ったら良いだろうか(親の生き死に、遠近にかかわらず)?

少々でもいい。両親を周到にゆったりと思慮深く扱いなさい。繰り返すが、面倒をみる必要があるのは、あなたが一番目であって、両親ではない。私たちが前に触れたように、一般に不意の気づきに反応すると、アルコール依存症や共アルコール依存症から親を救いたくなるものである。だがそれはあなたの責任ではない。まず親をアルコール依存症から救い出そうとすることは、あなた自身の問題処理を避ける道になる可能性がある(親の救済への逃避)。情報や文献を親と一緒に読もうと急いではいけない。たとえ、親があなたの経験や教育について学んでも、親が喜んでくれるなどと思ってはいけない。あなたが今していることや、家族の中にアルコール依存症者がいる事実を両親に認識してもらおうなどと思ってはならない。たとえ両親がその存在を認識したとしても、依然としてその影響を否認するだろうから。
あなたは、これらのコメントは自分に合わないし、親の救済はすばらしいことだと思うかもしれない。私たちが今まで言ってきたことは、現時点で真実でなくなっているものを除けば、すべて真実である。 もしもあなたの主要な体験が「今両親の面倒をみる必要がある」とあなたに告げているのであれば、そうしなさい。しかし、それはあなたが自分の面倒もみながらやるのである。両親があなたの話に反応した時には、これを両親の言い分を聞いてあげる良い機会だと思って利用しなさい。しかし前もって理解しておくべきだが、あなたの期待通り「あなたが正しい」と両親が応えなくてもよいのだ。両親が反応しなければならない必然性は全くないのである。彼らが協力的な場合とそうでない場合があるだろう。正しいと認めてくれることも、そうでないこともありうる。あなたの回復は、親が認める認めないに関係ない。言い替えると、あなたの回復と親の回復は全く関係ないのである。
もし正常に物事が運ぶ状況にあって、両親や他の家族員とうまくいっているのであれば、自分に関係する情報集めの良い機会だと思って利用しなさい。どのように影響し合っているかを知るために自分をよく観察しなさい。他の家族員に対するあなたの感情、あなたの反応によく注目しなさい。

これはあなたが日記をつけ始める良い機会だろう。普通じやないと思う自分の感情を拾い出す機会であるだろうし、注意を払い、話をよく聞き、関心を向ける機会であるかもしれない。だがこれは、判定したり、評価したり、変化させたりする機会ではない。

過去を処理し、過去の痛みを残らず掘り起こす必要があるのか?

「真実はあなたを自由にする。だが、まず初めはあなたを惨めにする」という古い諺がある。そう、その通り、あなたの過去の暴君は本当にひきずり降ろさねばならない。またそうすることが実際安全な方法である。いかなる痛みも、二度と直面したくないと思うほどにひどいものはないし、いかなる苦しみも、理由が分からないままいつまでも続く苦しみほど尾を引くものはない。隠された痛みこそあなたの暴君である。どこに行き、何ができ、いつ安らぐかまで決定する暴君なのだ。
子供の頃は、ある種の精神的外傷体験を埋没させる必要があったかもしれない。もし子供が、情緒的、身体的、性的虐待を受けているとすれば、しかも誰も援助の手を差し伸べてくれなければ、その子はきっと次のように思うだろう。「それは、実際それほどに悪いことではないんだ。それほど大きなことではないんだ。事実、あまり私を悩ましてはいないではないか」と。そのような否認をしながら、子供たちは恐怖の中で生活しなければならない。たとえよく理解したとしてもその恐怖は異常な恐怖であろう。子供として生き延びられる保証はその痛みを埋め込むことであった。
しかしながら、大人になればはるかに多くの役立つ資源がある。その場から単純に抜け出す力もある。大人はバッグに荷物をまとめて立ち去ることができる。アルコール依存症の親を持つ子供たちが成人した時には頼ることのできる他の人たちがいる。治療者を見つけられるし、警察を呼べるし、友達に助けを求めることもできる。大人にはさらに多くの感情を処理する方法がある。彼らは、今や、自分たちが生き延びられることを実感として持っている。この本を読んでいる事実、それは自分の手で成し遂げたことなのだ。あなたは生き延ぴたのだ。あなたは、自分の子供の頃の体験が今でもどんなに影響しているか、その意味や重要性を十分に学ぶ立場にいる。大人として、あなたは過去を直視し、その暴君から自分を解放できる。その痛みを抑圧し続けることは、自分はとても無力でそれを処理できないと自らに言い続けることになる。このこと自体がとても大きな痛手を与える考え方である。痛みを否認するには大きなエネルギーが要るし、その人に、恐怖を持続させて自己破産してしまえと要求しているようなものである。
私たちが子供に関して引き出す結論の多くは、子供の世界の現実に根ざした、言葉では表現できない暗黙的なものである。大人になってもこれを持続すると、大人の現実の光を当てて検証し更新する機会が来るまで、ずっと悪影響を及ぼしていく。その時まで、たとえそれがもはや不適切で機能しなくなっていても、過去の行動をとり続ける。
例えば、私たちのクライアントのある女性は男性たちとのややこしい関係を持ち続けていた。三回目の離婚になってやっと、あるパターンが繰り返して起こっていると気がつきだした。それまで彼女が一人の男を激しく恋すると、その男もまた彼女を激しく恋するのだった。短期間の内に彼らは恋人になり配偶者になる。しばらくして、彼女は彼の依存傾向に気づき始める。それが彼女であったり、アルコールであったり、あるいは両方であったりする。彼女は困り果て、息苦しくなり、怒りが込み上げてくる。尊敬心を失い、結局のところは逃げる他なかった。それを何度も繰り返して、ようやく、どういう訳で自分がこのようなアンコールに応え続けなければならないのか、理解できるようになった。彼女は治療者から治療者へ、ワークショップからワークショップヘと苦しみながら渡り歩き、アルコール依存症の親を持つ子供たちについての記事に偶然出会った。それを読み何かが心の中で結びついた。回復段階が進むにつれ、彼女は、大人になってからの男たちとの関係と子供の頃の父親との関係の間に関連があると考え始める。アルコール依存症者であり博突打ちであった父はよく姿を消し、父を必要とする時には滅多に役に立たなかった。彼女が一人前の大人として全く無意識に、再び捨てられないように簡単な方法を考え出しやってみたが、残念ながらそれはうまくいかなかった。彼女は夫として選んだ男性が、自分の役割も十分に果たせないのがはっきり分かって、尊敬心を失い彼のもとを去ったのだが、結局は、彼女が子供の時にまさにそうであっ
たように、再び独りぼっちになり、喪失態を体験するのであった。
子供に比べて見通しのきく大人の展望で光をあてて子供時代の記憶を検証すると、もう一つの大きな価値のある情報が得られる。家族生活の無定見、予測できない状態に責任があるのは両親のほうであって、子供たちではない。家族のなかの混沌は、子供の頃のあなたのせいではない。それは、あなたの過去の行動や性格が良くなかったからでも何か間違いをしたからでもなく、アルコール依存症という病気のせいで起こったことだ。両親が、あなたを愛していたとかいないとかいう問題すら無関係である。恐らく両親はあなたを愛していただろう。しかし、アルコール依存症と共アルコール依存症という病気のせいで、その愛は一貫せず、不健康で、慈愛に満ちた形が取れなかったのであろう。もしあなたの両親が時たまその問題の原因をあなたのせいにしていたとするなら、次の理由からであったろう。両親自身が、なぜ何をやってもうまくいかないのか、なぜあのように行動したのか、なぜあのように飲酒したのか、その理由が分からなくて困り果てていたせいである。子供の頃の痛みの体験がだんだん分かってくると、たぶんあなたはそれらの感情の全体像が初めて理解できるようになるだろう。それから、あなたには責任がないのを知ってほっとし、自分の心を慰められるようになるだろう。
もしこの章を読みながら恐れを体験するとすれば、それは、あなたが本当に変わろうと決意しているせいかもしれない。変化は、たとえそれが前向きの変化であっても、怖いものだ。自分の過去を詮索しだしたら、あなたは参って、その痛みが心に突き刺さり、身動きできなくなると悩むことだろう。悲しむ勇気がなかったら私たちは様々な方法で自分の心を隠してしまう。しかし、安全で効果的な方法がある。それはアルコール依存症の親を持つ成人した子供たちが耐えてきた体験の時点に戻って、対処するという方法である。そうすると、ほとんどの場合、恐れられた深刻な破局に至らないで進行を止める。それどころか、起こった時点に引き返し直面することで、あなたが自分の過去の痛みの鎖にもはやつながれないと分かり、途方もなく大きい安心と自由が得られるのである。

子供時代を思い出せない

私たちの経験では、アルコール依存症の親を持つ成人した子供たちの四人のうちほぼ三人は、子供時代の長い年月の重要な記憶を欠いていス’。これは、記憶は完全にされているのだが、ある種の抑圧(体験や感情を意識の中に埋め込み、思い出せなくする心の働き)が起こったことを物語る。潜在意識が働いて、あなたを防衛し、確実に生き延びられるようにしたのである。適切で安全な場を設定すると、彼らは恐れと否認から解放されてどんどん自由になる。そうなるにつれて自分に起こったことを次々思い出し始める。このような現象はよく見られることである。実際あなたもすでにこの本を読んできているから、昔の失われた記憶へと自然につながるような経験を始めていると思う。長い間、考えもしなかった特別の事柄がたくさん思い出されたとしても驚くべきことではない。これは回復過程で起こる自然な一部分である。

家族のアルコール依存症を認識することが重要

歴史は、自分の過去を認識しないならきっと繰り返す、と教えている。これは私たちにも当てはまる。つまり、アルコール依存症の親を持つ成人した子供たちに関するショッキングな統計によると、彼らの半分以上がアルコール依存症になるという。アルコール依存症の親たちも多くは自らがアダルトチャイルドである。私たちは、このことを理解して、この世代サイクルを断ち切るようあなたたちに勧めたい。アルコール依存症の親を持つ子供たちは、勉強したり楽しんだりする機会も与えられず、暗闇の壁に遮られた大きな部分を自分の中に抱えながら成長した。それらの壁を取り除かないかぎり、十分に人生を体験できない。また、あなたの中に抱えたものとあなたの人生を認識できたら、自分が本当に何者なのか分かってくる。過去の体験を認識することこそ、基本的な自己確認のプロセスであり、自分自身を理解し受け入れることになる。あなたが耐えてきた苦難への意昧づけの時が来ている。アルコール依存症者との生活のなかで育ったという事実こそ、あなたを解放するだろう。それがあってはじめて、あなたの体験を照らし出す陽の光がある。陽の光が輝いてはじめて「カミングアウト」がある。「カミングアウト」と「不意の気づき」があってはじめて、あの認識のショックがあり、回復過程で核心の問題点を処理できるようにさせたエネルギーの解放があるのだ。
あなたが、この本を取り上げた訳は、自分が間違ったことをしているような気がしたからだ。だからあなたは探検に出発したのだ。あなたはすでに探索者であり、自分に起こったことを知ることが重要だとある程度気づきだしている。家族のアルコール依存症を認識することはその過程の第一歩である。アダルトチャイルドがアルコール依存症に曝されていた事実を否認するかぎり、自分の周囲の局面や現実を否認する傾向が出てくる。彼らは、他人の多様な感情や信条、態度、違いを受け入れることができない。アダルトチャイルドがアルコール依存症や共アルコール依存症者に養育され、その結果生じてくる痛みと窮乏についての否認をするかぎり、現在の自分に役立つすべての資源と機会を十分利用できなくなるだろう。
それは、まるで小さな傷つき見捨てられた子供が家の中に長年放ったらかしにされたようなものである。男の子であれ女の子であれ、その子は片隅で身を縮め、泣きながら、誰の手もわずらわそうとせず、連れ出してもらったり、抱っこされたりすることを諦めている。アルコール依存症を認識することは、この子供の存在と苦悩を認識することである。その時こそ、私たちは子供時代の自己を両腕に取り戻すことができ、愛情や親らしさ、優しさ、思慮深さを自分に与えることができる。
この気持を私たちは子供の頃否認してきた。これは、今、非常に必要としているものである。『一人の知られざる女」(An unknown Woman)という本の一節が次のように述べている。「一人の幼い女の子がいて、三十年間小人のように身を縮めていた。口を開けば大声で、親から捨てるよ捨てるよと言われねばならなかったから。そんな環境で大人になり、心の底でわだかまりが渦巻いているのに、自分がその存在に気づかず悩み続けた」。
いったん、あなたが親のアルコール依存症を認識し「カミングアウト」が起こると、あなたは自由に前進できる。あなたは子供時代の体験が自分の大人の生活に及ぼしている影響に注目し始める。たぶん子供時代の光を当てて、初めて大人になってからの苦痛に満ちた体験が理解できるようになる。この時点で、満足のいく解決がないままぶつかり続けてきた主な問題点を自分のものにできるようになる。私たちは、アルコール依存症の家庭に養育された結果生ずる特徴的で明白な共通の問題領域があることを見つけ出している。これらの共通する核心の問題を認識することが、回復過程での次のステップの基礎になる。

 

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