ノックビン(ジスルフィラム錠) アルコール依存症治療薬

アルコール依存症治療薬レグテクトから抗酒剤ノックビン(ジスルフィラム錠)に変更。強制的に酒を飲めない体質にする訳だから、抑止力の差は歴然。

アルコール依存症の親を持つ子供たちの成長.2

      2016/12/10

アルコール依存症の親を持つ子供たちの成長.2

統  合
「アメリカン・ヘリテイジ辞典』では統合を次のように定義している。「人格の持つ器質的、心理
的、社会的特徴と傾向を調和のとれた全体へと組織化すること」。他の辞典の定義も同様で、ばらば
らなものを、集めたり合わせたりして全体として統一したものとすること、を強調している。ちな
みに、反対語の分離とは構成部分がばらばらになることである。部分がばらばらにされると完全感
が失われ混乱が生じる。アルコール依存症の家族における混沌と同じように、個人の内部でも混沌がある。個人の経験のいろいろな側面、それが心理的であれ、感情的、精神的、行動的であれ、す
べてにまとまりができてくると、その人は環境に一層効果的に対応でき、より強い幸福感を持てる。
アダルトチャイルドが「不意の気づきの段階」を通り、「核心の問題の段階」に向かって進み、次
に「変化」を遂げ、自分の生活の意味や楽しみを回復しだすと、非常に微妙な過程が展開し始める。
アダルトチャイルドは内的な体験からくる知恵を発見し、それを再利用する。日常生活で生じるも
ろもろの感情を、当てにならない心の動きとして認識せずに、価値あるメッセージとして理解する。
そのような考え方が生活の豊かさを経験できる入り口となる。最も重要なことは、知らないうちに
考えや感情や行動の間に統合が発達することである。かつて、相反する関係であったもの、別々の
経過であったものが、今や統合された経験へとまとまっていく。経験の中に一致する部分が生まれ、
関連性が生まれる。これらのアダルトチャイルドには、あることを考え、それとは別のことを感じ、
さらにもう一つ別のことをするといった不統合はもはやなくなる。彼らの感情、考え、行動は全体
としての経験の中にまとまっていく。この新しい統合の副産物は平穏と喜びである。これは問題の
消滅とは言えないが、以前より気づきが多くなり、効果的に問題を処理できるということを意味す
る。統合は、自分を受け入れること(自己受容)は正しいことだとする考え方の発達と合わせて生じ
てくる。個人の権利を理解し取り入れると、アルコール依存症の親を持つ成人した子供たちは、治
療の中心的な問題、つまり「自分の面倒は自分でみる」に腹をくくって向き合うことができるよう
になる。自分が人の犠牲になる受難を乗り越え、自分を新しい生活の設計者として見るようになる。
自分自身の面倒をみるという概念が、アルコール依存症の親を持つ成人した子供たちの新しい行
動の一部になると、質的な変化が見られる。例えば、今では罪の意識に押しつぶされずに遊んだり
楽しんだりできる。アダルトチャイルドが、自分と他人との間、特に親との間に適切な境界線を引
き始めると、限界制限が直ちに起こるはずだ。もうひどい扱いは許せなくなるし、他人の思盧のな
い行動も受け入れられなくなる。今では適切に人を信頼できるし、感情を解放するようになる。ま
た短期間だけでなく長期間の約束もできる。アダルトチャイルド向けのグループ療法の中で、人に
謝らず自由にグループの時間を利用するようになるとき、そこには感情、考え、行動の全体として
の統合が認められるのである。さらにアダルトチャイルドは、グループリーダーを始め他の人から
の質問に答えるか答えないかという自由、すなわち個人の権利の行使を経験する。グループ内の他
人との関係の質が、他のいろんな方法で変化する。グループのメンバーは前よりも十分にお互いを分かち合うので、他人が自分と同じ方法をとっても許せるようになる。
ある女性のグループ療法の最終セッションでの発言は、「統合の段階」をなるほどと思わせるよう
に説明している。彼女の過ごした大人の生活は、すべてにわたって家のしきたりを守るように強要
され、彼女の気持は踏みにじられ、虐待されるがままだった。さらに「私は両親が私の行動で腹を
立てないように、いわゆる。良い娘〃であろうと完璧な生活をしてきました。私は今自由になる方
法を学んでいます。先週末には家族行楽への参加を拒絶しました。というのは、へべれけの場面が
予想されたからです。私は大人になったんです」と言った。

ノックビン(ジスルフィラム錠)の通販は、こちら→お薬館

統合はアルコール依存症の親を持つ成人した子供たちにとってなぜそんなに重要なのか?

前の章で詳しく述べたように、アルコール依存症の家庭で育った子供は、自分の感覚的経験を否
認するよう系統的に教え込まれる。外部の出来事は彼らの心の内なる意味と切り離され、分離させ
られる。その子は、自分の観察したことを認めることが言わば「許されない」のだ。その上両親は、
子供の考えや感情を誤りだとか悪いと言って聞かせる。考えることも感じることも危険だとすると、自分の判断への不信は広がる。その結果、アルコール依存症の親を持つ子供たちは自分の丙な
る重要な部分を切り取られる。親のアルコール依存症によって生じた混沌の中を生き延びるため
に、彼らは「全体としての統合感覚」を持たないまま、自分自身に対して他人行儀になるよう強制
されていく。統合はアルコール依存症の親を持つ成人した子供たちにとって重要である。なぜなら、
統合は、彼らが失ってきた自己の一部分を回復でき、かつ一層完全な自己同一性(アイデンティテ
ィ)を築くために、それを利用できる段階に達したことを意味するからである。
*「自己同一性」とは、他の人との関係や社会、組織の中で、安定した相互の受容、共鳴し合う関係などを基盤に
「自分であること」「自分の価値」を認識していること。

私はこの本を読んで、落胆し混乱した。私は前より良くなつたとは思えない。どこか間違つているのだろうか?

私たちは、クライアントやワークショップヘの参加者がまだ十分に自分の変化に気づかないうち
に重要な変化を示すことをしばしば見てきた。「心の意識の部分」が自分の変化に気づかない時はま
まある。よく見る例として誰かが酒を飲んでいるとする。第三者の観察者は、飲酒者が自分の変化に気づいたり、気づく気配を見せたりするずっと前に、もうその人の変化に気づくことが多い。早
計な結論を出さないためにも、あなたは信頼する人に何らかの変化や前との違いに気づいているか
どうかを尋ねたら良い。
混乱が自動的に統合へつながることはないが、変化を遂げる直前に混乱の時期を経験するのが特
徴である。普通変化が起こる前触れとして混乱が起こり、それから統合が起こる。あなたが今この
ことを考えるなら理にかなっている。「新しい型が出現する前に、古い型は粉砕されねばならない」
そう、もう一度ゆっくり進もう。そしてあなたが今どこにいるのかを見定めながら、すべてか無か
の機能に用心しなさい。早期の段階で学んだ知識を心に留めながら、個人用の一覧表、貸借対照表
を作ったらきっと役に立つ。実際にあなたの財産と負債、強みと弱点を記録しなさい。自分の財産
目録を見て自分でびっくりするかもしれない。
たぶん自分に変化がないと思ったり挫折感が募ってきたと思うなら、その認識は正しい。この本
でここまできてもなお、何ら重要で好ましい変化を見極められないなら、自分のアルコール飲用や
他の薬物の使用のほうを調べなさい。それがあなたの成長を邪魔していないかどうかを問いなさい。
アルコール依存症者が飲酒をやめないかぎり意味のある変化を遂げられないのと同じように、アルコール依存症の親を持つ成人した子供たちも、アルコールであれ、マリファナであれ、他のどの薬
物であっても、誤用したり乱用したりするかぎり、いかなる重要な変化も起こらないと私たちは信
じている。
もしあなたの生活に変化が見られない原因としてアルコールや他の薬物の使用の要素がなけれ
ば、さらに究明が必要だ。何にでも興味を持ちなさい。自分自身と向き合って座るか、あなたの信
頼する人と共に座り、自分の棚卸しをしなさい。すべてか無かの姿勢をとらないことが大切だ。そ
うすれば、「行き詰まり」は結局あなたが悪いとか病気だとか気が変である証拠だなどという結論を
出さずに済む。驚くほどの変化が見えないとか、前と比べても明確に統合されるに至っていないと
かになると、この特別な、本という学習形式が単にあなたに合っていないというだけかもしれない。
人によって学習の方法も異なる。もしもあなたがこの本から何ら得るものがないと思うなら、すで
に自分自身について重要な何かを発見しているのだと思う。つまり与えられた情報は、この時点で
もうあなたの成長に必要ではないということだ。否認に縛られずに自分の挫折の原因を知ったわけ
だから、自分に「おめでとう」とさえ言えるかもしれない。あなたの感情には根拠がある。もし挫
折し不幸だと思うなら、あなたの感情の何かが機能していないと告げているのである。この感情の声に、諦めるためではなく学習するきっかけにするために聞き入り利用しなさい。
もしあなたが落胆しているなら、これは、助けを求めるチャンスなのかもしれない。あなたがま
だ傷ついていて進歩していないなら、アダルトチャイルドの問題によく精通した適格な治療者への
相談がきっと役に立つ。

どうしたら危機にあわず、自分自身を損なわずに、自分の発達と成長を持続させることができるか?

あなたはきっとできないから、そんなことをやってみるのはよしなさい/ その通りなのだ。よ
くそのことを正しく読み取りなさい。あなたは後退したり、すべって後戻りすることを防ぎきれな
いだけでなく、防ごうとすることがそもそも誤りだ。情緒的な成長は特色として二歩前進して一歩
後退する。その後退の一歩は重要なフィードバックを提供する。

*「フィードバック」とは、人が感じたり考えたりし、それに基づいていろんな人間関係の中で感情を表現したり、
言動、行動をすると多くの反応や情報が返ってくる。この反応や情報を脳に戻し、感情や考えを修正するような
働きを言う。フィードバックの機能は、失敗を「またしてもやったか」と捉え、「もうごめんだ」とするよりも、
失敗は次のチャレンジで生きる材料だと理解する方が役に立つ。

フィードバックは学習を続けるた
めの動機と機会を与えることになる。だから、あちこちに出現する危機を歓迎しなさい。他に何が
なくともフィードバックにより、あなたがどんなに良きサバイバー(生き延びた人)であるか、必
要な時には思い出すことができるだろう。生活では何事も予測できない。別の言い方をすれば、危機は避けられないということだ。中国人は「危機(クライシス)」という言葉をおもしろい方法で表
現している。それは二つの文字で構成される。一つは危険の危という文字、もう一つは機会の機と
いう文字である。危機とは、危険と機会の重なった局面である。もしあなたが危機をそのように見
るならば、自分の学習と成長する能力を最大にできるだろう。だからといって、私たちは、危機を
学ぶために、生活のなかで危機を故意に作り出しなさいとは主張していない。
あなたは、このような後退が否定的な影響をもたらすなら最小限に抑えるような方法を開発する
必要がある。最も重要なことは、危機にある時、自分を他の人たちから孤立させないことだ。孤立
したら、あなたはフィードバックから切り離されてしまう。この段階ではあなたの行動は非常に微
妙だ。友達や家族が、あなたには見えない成長について重要な情報を提供してくれる。
考えたり感じたり行動したりする時には、すべてか無かの機能に用心しなさい。あなたが極端な立場に走りヽ白黒思考で物事を見るならヽ殊に一切の選択の余地を考慮しないならヽすべてか無かの体制にあるのではないかと疑って、自動的に日常的に自分に問いかけなさい。疑いの通りなら、
その中間にあたる灰色の部分を探しなさい。それを一人でできなければ、あなたを援助することの
できる話し相手を見つけなさい。
多くのアダルトチャイルドは、この段階では神経質になり始める。彼らは様々なことが成功して
いるだけではなく、平穏な一時を過ごしているからである。危機の引き金になるものは、実に成功
と平穏の組み合わせである。自分の成功への権利を確信できない間は、昔の否定的な心の内なる
メッセージがよみがえってくる。例えば、否定的に「私はこのことに値しない」という言葉である。
その習慣的メッセージを、計画的かつ意識的に「もちろん私はこのことに値する/」というメッセー
ジに置き換えなさい。平穏な感情に慣れていないと、それを倦怠や抑うつと勘違いしやすい。結局、
あなたのアドレナリンが血液に放出されなかったり、心臓が早鐘のように打ったりしない時こそ、
その生活から最大のものを得ていることになるとは言えないだろうか? 絶対にそう言える/ 私
たちは皆休息と静穏の時が必要である。
最終的には、必ず考える時間と一人でいる時間を自分に持てるようにしなさい。これが行動のパ
ターンの変化を考えさせる機会を与えることになる。あなたがI人きりで時間を過ごす時、毎日を指折り数えて過ごそうとしている時でも、明日という日があることを思い起こしなさい。

統合の段階での落とし穴は何か?

これは非常に重要な質問だ。アルコール依存症の親を持つ成人した子供たちはこの「統合の段階」
においてさえ、完全主義へ向きを変えようとする。進歩し成長すれば、すべてか無かの機能とコン
トロールの必要性がゆっくり消えていく。この古い習慣の亡霊たちは、アダルトチャイルドが負担
過剰となり、疲れ切ったり、ストレスがかかっている時に再び出現しようと待ち構え、背後に静か
に潜伏している。統合の段階では絶えず無上の喜びがあるというものではない。回復しつつあるア
ダルトチャイルドの世界はとても心が浮き浮きし、恍惚さえ感じるような一瞬があるかもしれない
が、痛みから解放された葛藤のないユートピアとは違う。痛み、葛藤、苦しみも、楽しみや調和や
喜びと同じ生活の一部分なのである。私たちがどんなに良く統合されても、生活が脅かされたり、
不公正であったり、今にも押しつぶされそうになったりする機会が常にあると言える。それは、た
だ単に私たちが人間であるがゆえに起こるのである。
多くのアダルトチャイルドは、ひとたぴ回復し始めると、自分はすべてのことをいつでも処理できるに違いないと思うが、この期待は間違いである。また生活や人間関係の処置の仕方を正確に
知っているはずと思い込む。時々、人生に対する治療法は何もないということさえ忘れてしまう。
彼らはどんなことでもできると思う。この統合の段階では、これらの期待、仮定、思い込みは極め
て微妙で非常に捉えがたい。例えば、彼らは次のような言い方をしたり、感情を持ったりする。「も
う、私は何をしなくてはならないのかよく分かっています/」「そのようなことは二度と私には起こ
らないでしょう/」「すばらしい、今や何もかもがオーケーだ/」「私はそのような気持には二度と
絶対ならないでしょう/」とかである。自分の能力と現状把握に陶酔して、未来の計画は立つがコ
ントロールできないのを時として忘れる。彼らは限界のところで壁に激しくぶつかり、時には真っ
逆さまに落下するような時だけ、自分が非現実的であると理解するのだ。しかしながら、統合の段
階に到達した彼らは、ほどなく自分が非現実的であることを認識し、後戻りし、そこから学ぶので
ある。「サバイバルの段階」と対照してみると、サバイバルでは同じ限界に何度も何度もぶつかり、
自分の経験を無視し感情を否認し続ける。彼らは「統合」と「サバイバル」の段階を両方とも一生
懸命やる。しかしこの二つの段階での自分と他人への対処の仕方には随分違いがある。
大部分のアダルトチャイルドが陥る最も重要な落とし穴の一つは、過去への振り返り方である。回復過程の早期段階では、過去は敵、苦痛の原因と見なされる。過去は恐ろしくて痛ましいだけで
なく、取り除き、変えてしまうべきものと見なされる。過去を手放すことと、自分のものではない
と否認することとでは大きな違いがある。統合の段階では基本的には、過去を手放せばよい。アダ
ルトチャイルドは永久に続くと思われた過去の重荷から解放されて前進することができる。これに
反して、過去を自分のものではないと否認すれば、現実否定になる。否認された感情は、認められ
た感情よりもはるかに多くのエネルギーを必要とする。真の統合は、生活の肯定的なものと否定的
なもの両方の局面を処理してはじめて生まれる。統合ではすべての痛みを除去したり過去を排除す
る必要はない。統合では、過去の持つ意味と圧迫が変質するからである。アルコール依存症の親を
持つ子供たちのための国民協会が開催したミーティングで、ある女性が次のように述べた。「今日
は、私がアルコール依存症者の子供であることを惨めに思わなかった初めての日です。それはあな
たたちと共にいてヽこの部屋でこの瞬間にもたらされたものです」・こう言った瞬間ヽ様々な多くの
ものが一斉に姿を現す。彼女の過去、現在、未来すらも。結果として、過去の見方がI新した。人
の犠牲になったことが乗り越えられたのだ。出来事それ自体は変わらないがその体験の意味は変わ
る。もう一人のアダルトチャイルドも述べている。現在がいかに意味深いかを忘れないために、決して過去を忘れたくないと。彼女が言うには、子供時代の暴虐を思い起こした後であればこそ、初
めて日の出の美しさに感激することができたし、落ち着いて平凡だが滅多に混乱しない、しかも包
容力のある温かい人間関係になったことを心から評価できたのだった。
この段階ではもう一つ共通する落とし穴がある。アダルトチャイルドがある種のタイプの経験に
過剰な信頼をおいて、他の経験を拒んでしまうことである。例えば、昔であれば否認していた感情
が、今やすべてを評価する時の大切な唯一の基準に変わる。もしあなたがそうだと思ったらそれは
そうでなければならない/ あるいは、新しく習得した論理的思考が唯一の基準となる。従って、
論理が健全であれば、あなたの判断は正しいことになる。しかし、このような場合、その人は判断
のバランスを崩す。全体の中の一部分としては役立つ情報も、孤立して用いられると専横になった
り判断を誤らせる。
統合のなかで最大の落とし穴は、いわば努力目標からはずれたことを成し遂げようとすることで
ある。回復は、進行中のプロセスであり完成品ではない。これを忘れると、苦痛や挫折はもちろん
のこと、すべてか無かの姿勢につながっていく。もし忘れなければ、継続的な成長や学習ができる
し、過ちを犯す自由を得ることができる。他の人と同じようにアルコール依存症の親を持つ成人した子供たちも常にもっともっと学ぶべきものがある。ある一つの詩がそのことを表現しているので
紹介しよう。
旅には決して終わりがない
希望にあふれて旅すれば
たちまち着いてしまうより
もっともっとすぱらしい

統合の段階で最も重要なプロセス

ある個人の才能や潜在能力を仲ばすには、他の重要な計画に注ぐのと同じくらいの時間とエネル
ギーを振り向けなければならない。能力拡大に必要な場を作れば何らかの変化が起こるものである。
それゆえ効果的な変化の最初の鍵となる要素は、意欲があり熱心であることだ。私たちは必要な場
を作り、絶えず成長の機会に自分を置くとよい。自分の時間とエネルギーと考えを十分に注ぎ込めるほどの重要な回復をぜひとも遂げようと努力しなさい。回復にはまた、関係する作業を継続する
明確な意思が必要である。つまりその作業には、薬物依存から抜け出す努力と同じ程度に、休息を
とり深呼吸ができるようなくつろぎの時間を意識して取る努力も必要だという意味である。一つの
経験から得た道は、それを通り過ぎて次のところへと導いてくれる。私たちはこの回復の旅の記録
をしっかり書けるほど明確に見分ける感性を持たなければならない。失った自分自身の声に聞き入
る技術を磨かなければならない。かつて自分のものでないと否認した自分の感情、自分の考え、自
分の記憶を再生利用することを学ばなければならない。自尊心というものは、自分で自分を認め自
分の存在を誉めてやればやるほど強まっていく。絶え間なく自分との対話を続け他の人との接触を
続けなければならない。そのようにするとバランス感覚が身につき統合がなされるようになる。
回復の他のプロセスは自然な形で後に続く。支援してもらえる環境のなかに自分を置きなさい。
そうすると、ほとんど自動的に学習が始まり、コントロールの必要性とすべてか無かの機能のなか
でどのようにしたらもっと柔軟になれるかを学べる。私たちを前進させるいろんな種類の人間関係
を持つための能力が育っていく。私たちは探究することの価値を学んでゆくと、責めるよりも観察
する方がはるかに有益であると思うようになる。感情を現実的で重要だと見なす考え方を学び、進んで感情を表現するようになる。過去に関する知識は私たちの現在を理解する上で重要だというこ
とを学ぶ。自分自身や他人に関して肯定的なことも否定的なことも両方とも分かち合うよう学ぶ。
最後に、自由に責任を持ってこれらの新しい行動に携われる能力が増えてきているのは治ってきて
いる証拠だということを知る。

どのようにしたらうまく自分の面倒をみていける?

継続して自分の面倒をみることは私たちの生涯かけての仕事であり、私たちだけに特に与えられ
たものだ。あなたがここまで読んできたら、明らかにあなたは自分の面倒をみる決心がついただろ
うし、その能力も持っていると思う。読み続けなさい。学び続けなさい。この本の最後の章を読み
終えてもさらに読み、もう一度読み通しなさい。あなたが最初の時に読み落としたことを見直しな
さい。アラノングループや精神療法や信頼する友達のような、自分以外の他の資源を利用し続けな
さい。これらをあなたへの贈り物として見なさい。
今は他の人たちに手を差し伸べる訓練をする良いチャンスである。あなたがつまずいたりあるい
は再び失敗をしたというあの古傷の痛みを感じる時は自分の手を他人に差し伸べることは特に難しい。自分が気分の良い時に手を差し仲べる訓練をするほうがいい。後からやりやすくなる。
これからも過ちを犯し続けてもよいのだ。過ちを犯すたびにこれで間違いをIつしなくて済むと
いうことを学べるのだから、それを忘れないように。過ちを犯しそれから学びなさい。
自分の面倒をみる上で、生活を味わい楽しむことはなくてはならないことである。多くのアダル
トチャイルドは、かつて大人の役割の責任を引き受け、子供時代の放棄を求められてきた。だから
これは、あなたにとって再び子供になり楽しくするにはどうしたらよいかを学ぶ絶好の機会になる
だろう。子供を借りてきて一日世話をしなさい。男の子でも女の子でも構わないからあなたのまわ
りに連れてきて、あなたが好きなだけふざけて冗談を言いなさい。サーカスに行き、自転車に乗り、
城や雪だるまを作りなさい。私たちのグループの一つに入っている人が、子供の頃子供らしさを持
つ機会がなかったと言っている。さらに今、自分ができることを人にしてあげられるのは自分のた
めだと思ったと言うのだ。
あなたの日々のスケジュールのなかに運動と健康な食事の時間を含めなさ
い。運動は抑うつに対
する優れた解毒剤だ。これは、新しい幸せの感覚を強め、情緒的身体的な恵みを与える。水泳や
ジョギング、サイクリングをやってみなさい。あなたが本当に心から楽しめる活動を一つ見つけ出しなさい。あなたが今まで活発でなかったなら、かかりつけの医者に相談し、必ず急がずゆっくり
取りかかりなさい。これはすべてか無かの機能面での進歩を自分でチェックできる領域である。す
がすがしい気持でさっそうと町並みを歩く散歩に出かける用意はできましたか? それとも、 身体
的な啓発の最初の年にするためマラソン競走をしますか?
食事もまた微妙で底が深く、あなたの気持に影響を与える。砂糖摂取の不均衡と砂糖嗜癖症にな
ると、多くのアダルトチャイルドは心の動揺と「砂糖の取り過ぎによる憂うつ(sugar blues)」を引
き起こす。どんな食べ物を食ぺると気分が爽快になったり悪くなったりするかを探究しなさい。あ
なたは良くない食べ物をきっぱり避けるようにある種の訓練をしなさい。医師か栄養士ならここで
は役に立つ指導ができるだろう。
統合とは、あなたの日々のあり方という織物に健康なライフスタイルの習慣を織り込む時期であ
る。もしあなたがニコチンやアルコール、カフェイン、マリファナのような薬物を乱用しているな
ら、これを断固やめなさい/ あなたは、自分が営々と築き上げてきた基盤を弱めようとは望んで
いないだろう。
自分の面倒をみる上でのもう一つの重大な要素は、自分に耳を傾け、自分を信頼することである。これはこの本の至るところでその必要性を強調してきた。というのは、アルコール依存症の親を持
つ子供たちは小さい時に破壊的なトレーニングを受けてきたからである。あなたはまさに自分に関
する唯一無二のエキスパートなのだ。他の人は相談役として、本は案内役として利用できる。だが、
自分が望み、必要としていることに関しては、決定的な権威を依然として保ち続けているのはあな
たである。しかしここに一つ警告したいことがある。あなたの感情には、あなたを過去の履歴の中
に引き戻していくような確実な領域がまだ残っているということである。例えば、アルコール依存
症のJ?を持つ多くの女性や、「順応役」や「慰め役」を引き受けてきたアダルトチャイルドの女
性は、嗜癖的人格を持った男性に会うとたちまち強く引き付けられるものを感じる。この点で気を
付けなさい。もしもあなたが新しい人とデートを始めて、彼がタ少しばかり飲む〃ことに気づいた
ら、次に何が起こるかを窺ってうろうろしないように。あなたはだまされてしまうだろうから。こ
のような個人的盲点見つけだすためには、かつてあなたに繰り返し苦痛を与えてきたものが
どのような特殊な結論や方向付けであったのかを調べてみなさい。そうすれば、自分が感情に走り、
どこで愚かにも正しい判断を踏みにじってしまうかを知る手掛かりになるかもしれない。このこと
で混乱してしまうなら、あなたを好いてくれている友達に尋ねてみなさい。私が自分を大事にできずにいる領域があるならどの領域か、もし気づいているなら教えて欲しいと。返答をよく聞いて、
それからどのように進めるのかを決めなさい。このような場面ではフィードバックを活用するとよ
い。支援グループの活用法のIつなのだ。あなたを育てようとする有能で気配りのある人々に自分
のまわりに居てもらいなさい。
最後に再び思い起こしてもらいたい。回復は、成し遂げたらその後、今までのことをきれいに忘
れてしまってもいいものではない。健康を維持し生活の継続的な挑戦に対処するために、これから
の年月もずっとあなたは投資の追加を求められるだろう。秘訣としては、大きな事業の場合と同じ
で、一つのことを、ある日一度にしてしまうことである。時としてアダルトチャイルドは、他の誰
でも同じなのだが、怠惰になり、自分の考えや感情や行動をサバイバル段階の使い古したお決まり
の型に引き戻す傾向がある。このようなことになった時には無気力から目を覚まし、この本や他の
資源から得たいくつかの方法を思い起こし、行動しなさい。あなたの幸せは、実に投資の口座とよ
く似ている。あなたのエネルギーと努力を預金にして積み立てると幸せは育つ。良き投資は高い利
益を稼ぎだすし、自分こそあなたの最良の投資である。

どのような資源が必要とされるか?

あなたの一番大切な資源は、ずっと変わることなくあなた自身である。あなたが利用できる外部
の資源には、友達、アラノン、各種のコンサルタント、精神療法家、教育家、医師、金銭上のアド
バイザーのような人々がいる。前の章で述べた他の資源もまたここでは適用できるからそれを今見
直しても良い。
ユーモアを解する心があると、これが助けとなって様々な困難を切り抜けられるし、一般に言う
生活の楽しみを高めてくれると思う。「あなたは酒で溺れてトラブルと心中したいのか?」と訊ねら
れたある酔っぱらいの例を考えてみよう。彼は答えて言う「いいや、トラブルはとっくの昔に泳ぎ
方を知ってるよ」と。このような話し方をすると、私たちは苦境にあるという事実を笑って済ませ
られる。アダルトチャイルドは、生活というものを非常に深刻に考えてしまいがちなので、明るい
サイドから物を見たり理解したりできず、まして信じたりすることはできない。ユーモアには緊張
をゆるめたり、肯定的な見通しを一層推し進めたりする面がある。出来事や記憶はできるだけ悲し
みや劇的なことよりもユーモアに結びつけて連想するようにしなさい。あなたが再び核心的問題にはまりこんで息を殺した時、頭を振って、「さあ、もう一度やるぞ/ 私の人生にこの問題を学ぶ機
会がもう一回あったんだ」とニコっと笑いながら自分に言い聞かせなさい。
利己的にならないようにするにはどうしたらよいか?

一休みして、しばらくJ利己的であること〃とタ目分の面倒をみること〃の違いを考えてみなさい。あ
なたが知っていて本当に利己的だと思う人をよく観察してはどうだろう。どんなことを彼らはして
いるだろうか? どのように彼らは行動するだろうか? 利己的とは、あなた自身がやっているよ
うなことを言うのであろうか? 通常は冷静になって考えてみると、アルコール依存症の親を持つ
成人した子供たちは、以前より自分の面倒をみるようになったことに気づくはずだ。ただ自分の面
倒をみることに不慣れなため自然に違和感が起こり、利己的なのではないかと心配してしまう。こ
の問題の事実を検討するためには、この本を読んだ時のように、感情や知性の語りかけに聞き入り
なさい。それからあなたが信頼する人たちに「万一の時は助けて」と頼んでおきなさい。彼らが言
うことを考え評価しなさい。

アダルトチャイルドは他人を常に一番目に立てるが、このやり方をやめると居心地が悪くなるの
を私たちは繰り返し見てきた。これはその場面が目新しいためであって、実際は新しい行動がとて
も利己的であるからではない。自分の面倒をみることは非常に重要なことである。よく知られてい
る諺を逆にして、次のように言ってみたらどうか?「隣人を愛するように、汝自身を愛せよ」と。
わざと自分の事に専心するという時期は成長に必要な序幕になることが多い。多くの人にとって、
否認の年月、抑うつ気分、記憶の抑え込みから脱して内面に向かって方向転換する時がどうしても
必要であり成長を促すことになるのだ。自分自身を信頼しなさい/

どのような人間関係を持てたらよいか?

私はかつて、ある人が次のように言うのを間いた。アルコール依存症者は人間関係を作るのでは
なくてまさに人質を取る。この言葉は、コントロールの問題が「サバイバル段階」のアダルトチャ
イルドの人間関係に悪影響を与える様子を説明している。未回復のアダルトチャイルドは、コント
ロールが必要で、感情を恐れ、信頼感が欠落しているゆえに、他の人をある厳格な形にぴったりは
め込もうとして、言わば強迫的な人間関係を持ってしまう。しかし回復が進むにつれて、人間関係が進み個人の自己表現の余地を前よりずっと広く認めるようになる。あなたは、自分が言ったり、
したり、分かち合ったりする行為を通して、自分がどんな人間かを十分に明らかにすることができ
る。人間関係の中で自分自身と他の人との間の違いを寛大に受け止められる。他人との類似性がな
いと気が済まない段階が終わると親密さへの最大の挑戦が始まる。
親密にすることへの恐れが退き、あなたを尊敬し大事にする人々がまわりに数多く増えるにつれ
て、あなたの人間関係は一層充実していく。あなたは自分を隠すことが少なくなるし、自分の考え、
感情、好き嫌いを一層はっきり表現するようになる。他の人が前よりも自分の考えや感情をはっき
り出すようになり、それにつれて信頼が増してくるし、お互いの相違が前より気楽に受け止められ
るのが分かると思う。あなたは他の人に対しては責任がない。言い換えれば、いかなる関係もそれ
は自分だけの単独責任であることが分かるだろう。あなたは他の人たちをその人なりにさせておけばよい・そうなってもまだヽ時々友達があなたに頼みごとをしたり嫌なことを言ってきたらドキッ
とするかもしれない。たぶんあなたは、長い間し慣れてきたように自分を抑えるだろう。そのよう
な反応は長年の習慣から当然の反応である。しかもそれは、問題の核心を見つめ、もう少しそのこ
とで努力し、まだ成長中であり変化中であり学習中である自分自身を受け入れる機会をもう一度与えてくれる。信頼する人間関係のなかでは、「今ここで一休みさせてよ。自分に起こっていることを
見極めるのに少しの時間が欲しい」と言える。
対人関係で葛藤が生ずると、切り抜けねばならないことが頻繁に起こるものだと分かるだろう。
しかしアルコール依存症の家庭における葛藤とは違って、意見の不一致は建設的な方法によってう
まく解決される。この段階ではあなたの親や兄弟との人間関係はすべてがまだ望むようにはならな
い。彼らはまだ回復するほうを選んでいないからだ。「問題への直面化」は、あなたが行なってもよ
いアプローチのIつかもしれない。しかし最初は、親をいかに取り扱うかについて、この本の始め
のほうで触れた設問の再読を勧めたい。うまくゆかないと決めつけないように。家族内の人間関係
をどのようにすべきかあなた一人で決定したり、コントロールしたりはできない。この点であなた
は自分の期待を放棄すべきかもしれない。捨てることが寛容さを生み出す。
統合への途上では、アルコール依存症の親を持つ成人した子供たちは、昔は人間関係がうまくい
かなかったものだとよく思う。彼らは、回復していない友達との時間はできるだけとらないように
しながらも、親密で支援してくれる友達も決して得られないのではないかと恐れることが多い。本
当のところ、あなたの心の内部が幸せでないように思えても、実に人間関係はどんな場合も中国料理のようである。つまり一時間後には腹がすく。だからあなたがだんだん自分に好感を持ちだした
ら、もっと満足のいく人間関係を発展させる良いチャンスが得られる。もし新しい友達がまだ得ら
れないならば、ゆっくりと深呼吸をして、勇気を鼓舞しなさい。(あなたが恐れていないとしてもそ
れは勇気ではないということも忘れないように)そしてまた良いことは待つだけの値打ちがあると
いうことを思い起こしなさい。それから自己認識と生活向上への関心を分かち合える人たちと接触
を取れるような活動計画を立てなさい。今やあなたは充実した健康な友人関係を作る準備ができて
いるし、それはたぶん実現するだろう。新しい人間関係を発展させるには、あなたは思慮深く思い
やりを持たねばならないが、時には恐れを感ずる必要もある。人間関係には時間と努力が必要だ。
友達は育てられるが、見つけられるものではない。これからは、自由に本当の自分の希望を表現す
る必要がある。時にはあなたにとって重要なことを守るために人間関係を危険に曝さねばならない
こともある。
人と人との間のコミュニケーションに関する学級やワークショップに出席したり、周囲に人間関
係の良いモデルを見つけようとすることは、あなたにとって役立つだろう。例えば幸せな結婚をし
ている人とか、しっかりして人柄の良さそうな人をもし知っているなら、その人の人間関係がどのようなものかを観察し話を聞きなさい。その人のパートナーがどのようにして幸せな立場を得てい
るか注目し、特に楽しい時間の過ごし方に焦点を当てなさい。怖いものでも、些細なものでも問題
や悩みをどのように処理するのかに注目しなさい。彼らなりの時間や習慣、それから二人だけの
ジョークがどのように展開されているのかにも注目しなさい。良い関係の中では、関係している人
たちはお互いを価値のある骨折りがいのある人間として扱っていることに気づくだろう。以前のあ
なたの人間関係ならほとんどは、はたしてあなたがよく扱われ、愛され、面倒をみてもらえる値打
ちがあったかどうか、さっぱり分からないようなものだったことを思い出しなさい。あなたの内側
から送られてくる「私はあまり良い人間ではない」というメッセージに用心しなさい。それは子供
時代の傷や喪失態が尾をひいている痕跡だと思いなさい。友達やそのパートナーに自分が良くない
影響を与えるのではないかという不安態をいつまでも持たないように注意しなさい。あなたの旅で
このような感情が生じる時には、それを話題にし検討しなさい。
健康的な人間関係のシナリオは次のように進むかもしれない。例を挙げてみよう。
あなたは特別なプロジェクトについて作業をすることになっているある人に紹介される。面談を始め、その作業について相談が進むにつれて安心感が増し、二、三の個人的な
問題を話す機会ができる。その人は時間をかけて、あなたのやり方の説明に聞き入って応
えてくれる。あなたの関心事につい,てもあなたを力づけ、その人自身のことについても少
し話してくれる。ある日、あなたは「私は今、心の中で他のことを考えていて神経が集中
できません」と打ち明ける。たぶん心の中で考えていたことは、この本を読んで学び感じ
ていたことに違いない。その人は作業を一休みして、自分の判断をはさまずあなたの話に
聞き入ってくれる。後になって、あなたがその計画のために再度話し合いをする時、この
人はいろいろ話をしてくれたことをあなたに感謝し、たぶんあなたに自分の個人的な感情
まで話すことだろう。
しかしながら、ある日、あなたは仕事で集まった時、そのプロジェクトプランの中での
大きな過ちは自分に責任があったことを知る。そのため二人はかなりの時間を犠牲にする
ことになる。その過ちがいかにその人を怒らせているか、他の人から伝わる。でもこの共
同作業者はあなたを悪いとは一言も言わなかった。あなたは、たぶん恐怖感を持つだろう。
かの古くてすべて過ちへと方向づけた「すべてか無かの感情」があなたを圧倒する。あなたはこれにまいって泣きだしさえするかもしれない。あなたは、共同作業者に今ではなく
て後でこのことを話し合いたいと言う。あなたは自分を許せるようになるまで一人で時間
を待つ。再びその人と一緒に座った時、あなたはその人の立腹を知り、謝る。そしてその
過ちを一緒に修復するために計画を立てる。その二人の人間関係には今なお、ある種の尊
敬と気配りがあることにあなたは気づく。この相手の人は、今なおあなたを有能な価値の
ある人間と見なして扱う。あなたは、批判を処理できること、その人との関係は不一致が
あっても生き残っていることを理解したこととなる。
核心的問題が次々と解決されていく時、あなたは変化と統合を通じて右に書いた例のような状況
をこれから何回も経験することだろう。それを楽しみなさい/

アルコール依存症の親を持つ成人した子供としての私の権利にはどのようなものがあるか?

あなたの権利は、他のすべての人と同じである。心の中に、あなたの目の前に立っている最も称賛すべき人を思い浮かべてみなさい。さあ、どんな権利がその人にあるのかを言ってみなさい。そ
れを列挙してみなさい。さあ、それらの同じ権利や同じ特権があなたのものでもあると考えなさい。
あなたは、たとえ家族の誰一人としてあなたが今していることを分かってくれなくても、幸せな
生活を求める権利がある。あなたは自分のすべての感情に権利がある。あなたは混乱する権利があ
る。答えが分からなくともよい権利がある。自分のプライバシーを持つ権利がある。あなたは、自
分にその気がなければ、誰にも何事も言う必要がない。あなたはまた、選ぶ権利がある。
私が関わった最初の頃の精神療法グループの一つにスーという名の女性がいた。数人の同胞の中
の長女である。彼女が自分の権利の一覧表を詳細に作り、グループで分かち合おうと思って持って
きたものがある。それは非常に解放的で力強いので、その中から選んで利用できるようにここに掲
げておく。

私の権利一覧表

1.私には、長年求めてまだ実現できていない、楽しく過ごす時間をすべて求める権利がある。
2.私には、この生活を、まさにここで、まさに今、楽しむ権利がある。それも一時にどっと来
て終わるような幸福感ではなくて、もっと実質的なものである。
3.私には、アルコール依存症的でも破壊的でもない方法で、リラックスし楽しむ権利がある。
4.私には、良い生活を達成するために、助けになってくれる人々、場所、状況を積極的に追い
求める権利がある。
5.私には、何かで危なっかしいと思われる時や準備ができていないと思う時にはいつでも、
〃ノー〃と言う権利がある。
6.私には、両親や兄弟やその他の人の。常軌を逸した〃行動には、積極的にも受動的にも参加
しない権利がある。
7.私には、計画的に危険を冒したり、新しい戦略を試みる権利がある。
8.私には、自分の調子ややり方や自分なりの愉快な方程式(解決方法)を変える権利がある。
9.私には、混乱したり、過ちをしたり、ばかばかしいことをしたり、自分に失望したり、的は
ずれの失敗をする権利がある。
10.私には、故意であってもなくとも、私を見下し、私をつまずかせたり、私を操ったり、恥をかかせたりする人々の集団から立ち去る権利がある。それにはアルコール依存症の親、アル
コール依存症でない親、家族の他のメンバーも含まれる。
11.私には、自分を馬鹿にしたり恥をかかせるような人との会話を終わらせる権利がある。
12.私には、自分のすべての感情を尊重する権利がある。
13.私には、自分の感情、判断、直感、洞察力を信頼する権利がある。
14.私には、全人として、情緒的に、霊的に、精神的に、身体的に、心理学的に自分を進歩させ
る権利がある。
15.私には、破壊的でない方法で、安全な時間と場所で、自分のすべての感情を表現する権利が
ある。
一掬.私には、ここで得た新しい情報と新しい考え方を用いて実験し、生活を変えるのに必要な時
間を十分とる権利がある。
17.私には、親が私に売り込んだ品物の請求書を整理する権利がある。受け入れられるものは取っ
ておき、そうでないものは投げ捨てるために。(親の「つけ」を全部自分が負う必要はない)。
18.私には、精神的に健康で健全な生活をする権利がある。たとえ、それが私の親の定めた生活哲学から部分的にあるいは全面的に逸脱しようとも。
19.私には、この地球上に自分が生きるための場所を作りあげる権利がある。
20.私には、右に掲げたどの権利にも従い、私の望む方法で自分の人生を生きる権利があり、ア
ルコール依存症の親が良くなり、幸せになり、助けを求め、問題があると認めるまで待たな
い権利がある。

アルコール依存症の親を持つ成人した子供たちにとつて治癒はあるのか?

治癒はない。しかし、回復はある。子供時代の経験は常にあなたのものであるがゆえに、治癒は
ない。遺伝的な、身体的な、心理的な傷つきやすさは常にそこにあり続ける。だからあなたは自分
の薬物使用や自分のアダルトチャイルド問題を批判的に観察しそれを継続することが重要なのであ
る。人間には同じ習慣やパターンを繰り返すという傾向がある。従って、あなたも時々かの古い「私
はオーケーじゃない」という感情のパターンを繰り返すだろう。また、かの古い「わたしは自分の
面倒をみるつもりもないし、誰かに相談するつもりもない」という行動のパターンを無意識にとる
かもしれない。このようなことが起こる時は、再びあなた自身を奮い立たせる必要がある。鏡を覗き込んで、あなたの回復に有意義であったもろもろのことを言いなさい。この本を読み返しなさい。

アラノンの集まりに出席し手を差し伸べなさい。
自己観察は、これからのあなたの生活では不可欠な極めて重要な部分になる。一つの大きな傷が、今なおあなたを孤立させ、毎晩酒を飲ませ、むちゃくちゃに狂わせ、気分を落ち込ませる原因になっているかもしれない。うまく対処できない時、自分自身の面倒をみきれない時のサインとして、その時の考え、感情、行動に注目しよう。物事がとてもうまくいく時もあって、その時にはあなたは本当にそれこそリラックスしたり、旅の景色を楽しんだりできる。情緒たっぶりのスナップ写真を撮り心のアルバムを作りなさい。その時々の楽しみを重要視しなさい。トラブルや危機や傷つくこ

とがあると古いあなたのやり方をきっと招くだろうが、悩んでみてもそれらは止まるものではない。だからあなたは楽しい時に心からリラックスし、そのなかに喜びを見出すほうが良い。やがて
それも過ぎ去る—それからは次にトラブルがやってきてもヽ過去の喜びと幸せが強化されて心を満

たし、今役立っているすべての資源で武装して、そのトラブルと対面できる。憶えておきなさい。
回復への道程ではヒッチハイクも近道もない。

私はここからどこへ行くのだろうか?

あなたはここからどこへも行かなくともよい。逆にどこへなりと行くこともできる。自尊心と確
信が増していくと、生活上の主な限界は自分の心の中の限界でもあるということが分かり始める。
私たちには、あなたが特にどの方向に進めばよいかは分からない。あなたの人生はあなた特有のも
のである。一般に、アルコール依存症の親を持つ成人した子供たちが回復のこの段階に到達すると、
「私は本来の自分自身になった」「私は今、自分が変わることのできる許しを得たし、人生を方向づ
ける機会も持てた」などのような言い方をするものだ。彼らは、スーさんの「権利一覧表」のよう
なものを書く。私たちの精神療法のグループのあるメンバーは最近、「このグループ始まって以来の
ことだが、私たちのうち三人が長年求めていた仕事に就けた」と述べている。あなたが、過去の鎖
からひとたび自らを解放すると、暗黒を光明に変えて新しい方向へと自由に進むことができる。
どこへ行くかは、実にあなた次第である。あなたはこの本を始めから読み直し、もう一度それを
通して自分の道をゆっくり充実させていきたいかもしれない。あるいは、あなたは回復の最初の二、
三の段階を通過して、もう困難な旅をやり遂げたように思い一休みしたいかもしれない。あなたがどこにいてもそこで楽しみ、どこから来たのかその方向を見てみなさい/ あなたが座ってこの
ページを読んでいる時でも、もっともっと椅子に深く腰掛け、一瞬の間遠くを見つめ、これまでの
すべての変化を振り返ってみなさい。次の章は手をつけるまで何年でも待てるし、それはあなたに
全く適していないかもしれない。そんなことはどちらでも結構、それはあなたの選択の問題だ。ソ
ロ‐(Thoreau アメリカの詩人‥訳者注)が次のように述べている。
もし、人が夢に向かって確信して進み、
自分の想像するまま人生を生きようと努力するなら、
平凡な時間では思いもつかぬ成功に出会うだろう。

創始

創始とは、最も基本的な意味では、体、心および霊的なものの成長と、「より高められた自分
(higher self)」についての気づきの発展である。それは、積極的なもの、創造的なもの、霊的なも
のを十分に理解させるように私たちの洞察力を増す。神秘主義、哲学、神学および現代科学などの
すべてが、今や通常の日常の意識を超越する包括的な気づきという考え方を支持している。創始
は、私たちが意識面でも幸福な生活の面でもより高いレベルに到達できる力を持つことを約束する。私たちは制限付きで現実を受け入れる必要はない。つまり、私たちは自分の霊的な発達を積極
的に推し進めることができる。「創始の段階」を通して、私たちの主観的な体験全体の質的変化が可
能であり、生活への新しい、変化に富んだ反応が後にやってくる。
アルコール依存症という病気からの回復は三つの部分からなる。身体的なもの、精神的なもの、
霊的なものである。A.A.は、アルコール依存症の回復に第一番目の有効なプログラムであるし、
明確な霊的な基盤も持っている。回復の霊的な面はアルコール依存症の親を持つ子供たちにも同じ
ように適用できると私たちは信じている。
私たちは、回復の霊的な部分についての考えをいくつか分かち合いたいと思う。私たちもまたこ
の旅の巡礼者であり、あなたと同じなのだということをこの際知っておいてほしい。自分の回復に
は自分なりの時間の枠と速度があると信じてもらいたいのはともかくとして、私たちがこれまで学
んできたこともまた分かち合いたい。もちろん特異な信仰のシステムを提案する訳ではない。そう
いう訳で、私たちはあなたが今までに辿ってきた全行程にともかく気づいてくれるよう求める。あ
なたが回復の旅を始める前に経験していた生活と今の生活を比較して、その違いのすべてを今思い
起こして欲しい。あなたは、善良でしかも値打ちのある人間だ。あなたが成し遂げたことは注目に値する。そのことを自覚してこの章と創始の段階を始めることが重要だ。

創始に似た体験を深めるため

霊的な発展につながる道はたくさんある。A.A.とアラノンあるいはアラティーンの12ステップ
プログラムの道を歩んでいる人々は、霊的な道を旅しているし、そのこと自体が創始の道を歩いて
いることになる。回復の霊的な道についての広範な記述については、チヤールズ・フィットフィー
ルドの示唆に富み綿密な「回復途上のストレス管理と平安』という本を読むよう勧めたい。
フィットフィールドはいくつかの原則について考えるべきことを示唆している。一つの原則は「こ
こで今を生きる」ことである。「ここで今を生きる」ということは難しいことが多い。なぜなら、私
たちの心は、過去(しばしば罪責感情のような不快感を伴う)や未来(しばしば不安のような不快
感を伴う)のなかで生きるように私たちを絶えず押しやるからだ。今という時に深く入り込むこと
は、より高い意識のなかに身を沈めることになる。
フィットフィールドによって認識されたもう一つの指標になる原則は、コントロールに関したこ
とである。現状を受け入れること、コントロールを放棄すること、必然の運命へそれを明け渡すこと、そしてそれから分離すること、これらは幸福を高める技術である。受け入れと放棄を説明する
A.A.の標語は、「思い切って手放し、成り行きにまかせよ」「気楽にやれ」「自分を生き、他も生か
せ」そして「信頼して他の人に譲れ」である。分離は期待を捨てることを含んでいる。すなわちそ
の期待とは否定的な非現実的なものであり、それが満たされない時の失望と苦痛につながっていく
からである。
フィットフィールドはまた、回復の全段階で役立つ一連の訓練について記述している。その多く
はこの本でも至るところで触れられている。あなたのユーモアの感覚を広げ、音楽に聞き入り、他
の人と交流し、独断的であったり、肯定的に考えたり、あえて危険に挑戦してみることがフィット
フィールドが勧める技術のいくつかである。一部の人たちは瞑想が霊的な訓練には欠かせないとし
ている。彼らは瞑想が精神を平静にし、心をより高いレベルまで解放すると考える。祈りと運動が
瞑想のなかで結びつくこともある。
多くの技術は霊的なものの発展に役立つ。選択はあなた次第だ。私たちが回復のすべての段階で
言ってきたように、あなたにとって適切と感じることをしなさい。

 

 

ノックビン(ジスルフィラム錠)の通販は、こちら→お薬館

 

 - アルコール依存症