ノックビン(ジスルフィラム錠) アルコール依存症治療薬

アルコール依存症治療薬レグテクトから抗酒剤ノックビン(ジスルフィラム錠)に変更。強制的に酒を飲めない体質にする訳だから、抑止力の差は歴然。

アルコール依存症へのアプローチ

      2016/12/10

アルコール依存症へのアプローチ

保健所に相談に来たのは、本人ではなく奥さんでした。一目で大変な悩みを抱えているとわかります。面接が始まると、相談員に堰を切ったように夫のアルコール問題について語り出しました。「30代で結婚したが、酒とギャンブルばかり」「最近は酒を飲むと暴力をふるうので、毎晩いつでも逃げ出せるようにして床につく」「夫から浮気をしていると責められることが多くなった」等々。
奥さんは、そのような生活に20年間耐えてきました。ある日何気なく自治体の広報誌を見ていると、保健所で酒害相談を行っていることを初めて知り、急いで駆け込んできたのでした。奥さんは、相談に行った事実を本人に告げるように求められ、次回の相談の予約を入れて帰宅しました。
一ケ月後、奥さんは約束の時間に保健所を訊ねました。Aさんは隠れて奥さんの後を付いてきましたが、奥さんが相談室に入るのを見届けるやいなや逃げ出しました。かなり動揺したらしく、あっちこっちぶつかり、奥さんにも姿を見られてしまいました。

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奥さんは、約束どおり酒害相談に行ったことを本人に伝えたこと、この1カ月Aさんが相変わらず飲酒を続けていること、毎日不安が募っていくことを切々と語りました。相談員は奥さんのうっせきした不満を吐き出させる時期と考え、話を聞くことを優先し、いつでも相談員に相談できることを伝えました。
数日がたったある日のこと、保健所の相談員から病院の看経師に「夫のアルコール問題で悩んでいる奥さんが暴力に耐えかねて夫に刃物を向けたらしい。今から自宅を訪問してみますが、その後受診についての相談にのってもらいたい」と連絡が入りました。数時間後、相談員は本人と奥さん、本人の弟2人とともに病院へ来ました。相談員と家族は、本人に受診を説得しましたが、うまくいかなかったことを告げました。
そこで相談にのっている看護師も加わり説得しましたが、Aさんは、「飲酒したのは悪いが、アルコール中毒ではないので受診する必要はない」と言い張ります。そこで奥さんに繰り返し暴力をふるったこと、警察に何度も保護されたこと、子どもがおぴえていることなどをじっくりと説明しました。また、その場に居合わせなかったAさんの長兄にも電話で直接説得してもらうことにしました。
翌日、相談員からAさんが受診に同意したとの連絡があり、早速10時に診察の予約をしました。家族だけでなく、相談員も付き添うそうです。
10時になり、Aさんが、奥さん、相談員とともに病院へ来ました。相談員が「がんぱってね」と励ましてもAさんは小さく頷くだけでした。看護師から、「受診に同意したのですか?」と聞かれると、うつむき加減で「はい」と小さく頷きました。家族はその間も、「何とか入院させてください」としきりに訴えかけてきました。看護師から連絡を受けた医師は診察の結果、Aさんを「アルコール依存症」と診断し、入院治療を勧めたこともあり、Aさんは入院することになりました。入院して数日が経過しました。この頃になるとAさんは、「入院には納得したが、酒をやめるとは言っていない」と病室で公言するようになりました。飲酒欲求が出てきたのです。看護師がアルコール治療のオリエンテーションを再び行いましたが、Aさんは「俺はアル中ではない」と繰り返し叫びました。
このとき看護師は、Aさんの離院の危険があることを相談員に伝え、相談員は奥さんと話し合い、その場合には、どんなことをしても帰院させることを確認しました。
それから1カ月後、心配が現実のものとなりました。奥さんから「夫が無断外出して家に帰っている」と病院に電話が入ったのです。しかも、酒を飲んでいるとのこと。看護師は奥さんにAさんを説得して病院へ連れて来るようにもとめ、相談員にも連絡をとっておくことを伝えました。Aさんが暴力をふるわないかとても心配しましたが、数時間後、奥さんはAさんと連れ立って病院の詰め所のドアをたたきました。
Aさんはろれつが回らないほど酔っ払っていましたが、頑として飲酒を認めませんでした。医師の指示は、自治会の規約どおり、3泊4日個室への入室でした。丁万で、その間に今後の対応を話し合う必要がありました。相談員と奥さんに集まってもらい、病院でケースカンファレンスをもちました。奥さんは一時から比べると精神的にも落ち着きを取り戻しており、今回もAさんを帰院させています。奥さんの役割は図らずとも大きくなり、Aさんの同様の行為には家の敷居をまたがせないなど、断固とした
対応をしていくことにしました。
Aさんは個室から出ると、身体症状を訴え、飲酒問題に直面することを避けていましたが、一週間後やはり無断外出をしました。看護師から奥さんに連絡があってすぐ、Aさんは自宅に姿をあらわしました。しかし、絶対に家に入れないという奥さんの毅然とした態度に、Aさんは遠巻きに大声で怒鳴るだけでした。その後Aさんは、「女房が家に入れてくれないんだよ」と照れくさそうに帰院しました。Aさんが酒を飲んでいなかったことにスタッフー同は驚くとともに、その後の回復の期待が膨らみました。
しかし、その期待とは裏腹にAさんはその後も隠れて飲酒を続けていました。退院が近づいたある日、検査の結果、肝機能は明らかに悪化していました。ところがAさんは、飲酒を認めないばかりか、職員があらぬ疑いをかけているとして、「俺を疑っているのなら退院する」といきまいたりもしました。
二日後、Aさんはまた無断外出し飲酒して帰宅しました。奥さんが止めるのも聞かずに、酒に酔ったAさんは、強引に自宅に上がりこみ、奥さんの同情を買うために、あらん限りの病院批判をしました。
連絡を受けて訪問した相談員に対しても、最初は病院の批判を繰り返しましたが、次第に冷静さを取り戻し、明日帰院すると約束したので、病院との話し合いの結果、今夜一晩だけの外泊が認められることになりました。
翌日Aさんは、一人で帰院し、自ら個室に入ることを申し立て、酒も飲んではいませんでした。数日後病院では再びケースカンファレンスを開き、「当分個室から出さないでほしい」という奥さんの意見を汲んで、肝機能が改善するまでAさんは個室で過ごし、奥さんが定期的に面会して支えていくことになりました。
次にAさんが個室を出たのは二週間後となりましたが、個室での生活が長期にわたったことが、かなり不満のようでした。そしてその不満はまた、無断外出しての飲酒という形をとってしまったのです。
しかも自宅に戻ると、奥さんに拒否されて家に入れてもらえず、その後Aさんは行方不明になってしまいました。
次の日、奥さんから警察に保護されているとの連絡が入り、ほどなく奥さんに連れられて、Aさんは帰院しました。昨晩は、一晩中歩き回って、かなりの酒を飲み、明け方警察に保護されたとのことでした。
無事に見つかってほっと胸をなでおろしましたが、奥さんはAさんの退院の延期を涙ながらに訴えたので、とりあえず退院は1カ月ほど延期されることになりました。一方Aさんは、個室で眠り込んでいましたが、目覚めたときのAさんの態度は、これまでと明らかに違っていました。
数日後、相談員が来院し、看護師と話し合った上で、個室でAさんと面会をしました。Aさんはこの面会ではじめて、「酒をやめる決心をした」と語り、最初からやり直すので3ケ月の退院の延期を自ら希望しました。数日後に行われた病棟スタッフによるミーティングでも、Aさんの言葉を信用してみようという意見が大勢を占めたため、退院の延期が認められました。
その後Aさんは、以前とは異なり、積極的に治療を受け入れて、問題を起こすこともありませんでした。むしろ、退院が近づくにつれて、断酒の継続への不安をのぞかせるようになりました。そこで、ケースカンファレンスをもう一度開き、就労よりも断酒を優先し、断酒会へ参加することになりました。
Aさんも、足に静脈瘤ができるなど身体的な不安を抱えていたため、この方針を了承し、七ケ月の入院生活にピリオドが打たれることになったのです。
Aさんは、その後自助グループの例会に通い、3年間断酒を継続しています。現在は、「就労せずに断酒しているだけでよいのか」ということが一番の不安のようですが、配管工しか仕事の経験がなく、
以前は職を転々としていたため、いざ就労しようとするとまごつくことも多いようです。一方奥さんは、「結婚して以来こんな生活が来るとは思わなかった」と話し、就労よりも断酒の継続に満足していることがうかがえます。

アルコール依存症の相談について

先ほどの話は奥さんが保健所へ相談に行ったところから始まります。アルコール問題についての相談機関は保健所の他に都道府県・政令指定都市に設置されている精神保健福祉センター、専門医療機関、民間相談機関、自助グループなどがあります。その他に生活保護の受給者などの場合には生活問題の一環として福祉事務所でも相談が可能です。物語では相談員は奥さんを見て「一目で大変な悩みを抱えているとわかります」と述べていますが、アルコール依存症者の家族は、家庭内の恥をさらすのではないかとのためらいや近所の人に病気を知られることへの不安をかかえています。また、本人の社会的な立場や会社での立場を心配し、こうなったのは自分の責任などと考えなかなか相談できずにいることがとても多いのです。
ですから我慢の限界を超えてから相談をすることがしぱしぱです。実際はじめて相談に訪れた家族から「家族の恥をさらすようですが・・」とか「この相談は絶対に会社には伝わらないですよね」とか「私がし
っかりしてないからこんなことになってしまって・・」などの言葉をよく聞きます。物語では奥さんが堰を切ったように話している様子が最初に描かれていますが、実際多くの家族が今までの苦労を一気に話し安堵の表情を浮かべながら涙を流して帰ることはよくあることです。物語ではAさんの問題点として飲酒のほかに暴力とギャンブルをあげていますが、アルコール依存症者が引き起こす問題にはその他にも経済的な問題、家事や育児の放棄、約束の反故、子どもへの虐待、近隣への迷惑行為、借金、飲酒での身体疾患などさまざまです。
次に相談員は奥さんにアルコール問題について保健所へ相談したことを本人に告げるように勧めています。これはアルコール問題に対する奥さんの決意をAさんに示す意味があります。多くの家族は相談機関での相談に至るまでに飲酒をコントロールするために、アルコール依存症者に対して飲酒をいさめたり、おどしたり、きげんを取ったり、泣いて頼んだりしています。この結果、アルコール依存症者は家族が断酒への努力を新たに決意しても、その決意を安易に受け止めて深く考えようとせずに飲み続ける傾向にあります。家族が飲酒問題を保健所に相談したことを本人に告げることは、飲酒問題がすでに家族だけでは解決できずに第3者の介入を求めて行動化したという家族の強い意志を本人に伝えることを意味します。
家族の勉強会や家族会では、しばしば家族がアルコール問題に巻き込まれないようにと教わりますが、家族がアルコール依存症者へ何も告げずに飲酒問題の尻拭いをやめたり、飲酒問題から手を引くと、本人は家族がなぜそのような行動を取るのか理解できずに困惑するだけで終わってしまいます。ですから家族は適切な機会をとらえてアルコール問題を解決したいという意志を本人に伝える必要があります。物語では初回相談から1カ月後に行われた奥さんの相談を確認するためにAさんが保健所まで付いていっています。Aさんは奥さんの決意を疑い、確認のために保健所まで来たのでしょう。そして奥さんの決意が事実であることを知り動揺した様子がうかがえます。
相談員は奥さんへいつでも相談に応ずることを伝えています。家族にとってアルコール問題と立ち向かうためには、アルコール依存症者へ冷酷な対応をせざるを得なかったり、周囲の批判に耐えなければなりません。そのためには家族を支えともに回復への道を歩む協力者が必要となってきます。この物語では相談員や病院の看護師、主治医が奥さんを支える協力者となっています。物語では数日後相談員は「奥さんが暴力に耐えかねて夫に刃物を向けたらしい」ことを知り、奥さんの忍耐も限界に近づいていると判断してAさんの受診を急いでいます。

先ほどの事例ではここまでは家族の教育と相談を通して飲酒環境を変化させ、Aさんが自らの飲酒問題に直面することで自らの問題を洞察させ治療に結びつける方法が採られていました。しかし時間的なゆとりがなくなったことを考慮して説得による受診へと相談方針を変更しています。そして奥さん、Aさんの兄弟、相談員がAさんに治療の説得に当たっています。この方法は一見するとAさんを治療へ結びつけることに成功しているように見えますが、Aさんは自らのアルコール問題に十分直面しておらず、入院中も飲酒を繰り返す原因となっています。

アルコール依存症の治療について

先ほどの話ではAさんは奥さんや相談員に付き添われて受診し、診察の結果医師から「アルコール依存症」という診断を受けて入院をしています。ただAさんは周囲の人々から入院を説得され、しぶしぶ入院を了承した様子が読み取れます。病院は治療機関ですが、病気に関する教育機関でもあります。しぶしぶ入院したアルコール依存症者が病気について学ぶことにより積極的に治療を受けるようになることはしばしばあることです。
入院をして数日が過ぎた頃からAさんは「酒をやめるとは言っていない」「俺はアル中ではない」と言い始めています。飲酒欲求が出てきたことを指摘していますが、アルコール依存症者が断酒をした場合に飲酒欲求が出現することは回復の一過程であり当然なことであると言えます。物語では飲酒欲求の出現にともない看経師はAさんが病院から無断離院をする可能性があることを相談員に伝えています。相談員は奥さんと話し合い、Aさんが無断離院した場合にはそのまま受け入れることをせずに帰院させることを確認しています。アルコール問題の解決のためには関係者が一堂に会して問題の解決を話し合う事例検討会がよく開催されますが、それに加えてここに示されているような日常的な連携が大きな効果を生み出します。一ケ月後にAさんは予想通り無断で外出し飲酒をしていますが、奥さんに説得されて病院へ戻っています。これは奥さん、相談員、看護師の連携が効を奏した結果だと考えられます。
Aさんが飲酒をして病院へ戻ると医師は個室へ入室させています。入院中のアルコール依存症者が飲酒をした場合に個室を利用することがありますが、それは次の理由によるものです。第一は飲酒したアルコール依存症者のアルコール臭が、他のアルコール依存症者の飲酒欲求を刺激して飲酒を誘う危険があるからです。第二は静かに飲酒に至った経過や原因、周囲に及ぼした影響などを考え、断酒への決意を新たにする機会を提供するためです。Aさんは個室から出て一週間後に再び無断外出をしています。しかし奥さんの毅然とした態度を見て帰院しています。家族がアルコール問題の解決への意志を本人に伝えるためには言葉によるだけではなく、行動により示すことも必要です。また、家族が毅然とした態度を取れるかどうかは周囲の人たちの支援に掛かっています。ですから関係機関の職員はじめ、周囲の人は問題を解決しようとしている家族を十分に支援することにより問題の解決を図る必要があります。退院が近づいたある日、飲酒の疑いをかけられたAさんは飲酒して帰宅して、自宅へ上がりこんでいます。そして次の日に一人で帰院し個室へ入ることを希望しています。入院治療を受けているアルコール依存症者の多くは退院が近づくにつれて断酒継続への不安や家族関係への不安を募らせていきます。Aさんも退院を前にしていろいろな不安をもったのかも知れません。そして不安を解消する手段として従来からの習慣である飲酒行動が出てしまったのかもしれません。一般に断酒して間もないアルコール依存症者は不安や困難に直面したときや、逆にこれらを克服して気が抜けたときなどに従来とってきた飲酒行動が出やすくなります。帰院したAさんは個室への入室を希望しています。酔いから覚めて冷静さを取り戻したAさんは妻の対応の変化や病院での治療教育の結果、自己のアルコール問題や飲酒行動が理解できるようになっていたのではないでしょうか。しかし、予想に反して個室で二週間を過ごしたことに不満をもった
Aさんは再度飲酒により不満の解消を図っています。これは不満の解消を飲酒によって行う習慣が身に付いているからです。習慣を変えるためには習慣を変えようとする努力と長い時間が必要です。ですから、家族をはじめ周囲の人たちも本人の変化を長い目で見守ることが必要です。
警察に保護された後に帰院したAさんは数日後の面会で「酒をやめる決心をした」と語り、3ケ月の退院の延期を申し出ています。ここにAさんの断酒への決意が見て取れます。アルコール依存症者にとって酒を媒介とした行動は生活の基本的な様式となっています。ですから、断酒をすることは酒を媒介とした人間関係を失うことになるかもしれませんし、従来からのストレスの発散方法を変えなけれぱならないことになるかもしれません。このように断酒は飲酒を始めてから今日までの長期にわたって培われてきた生活様式を根本から変えるに均しい大変な勇気と決断がいることなのです。ですから多くのアルコール依存症者は酒の嗜癖作用と相まってなかなか断酒への決断がつかないのです。

アルコール依存症からの回復について

物語では、Aさんは病院を退院した後、自助グループの例会へ通いつつ3年間断酒を継続していることが述べられています。酒は強い嗜癖作用を伴う飲み物ですから、酒の魔力に一人で立ち向かうことはなかなか困難なことです。ところが居酒屋は街の至る所に見られ、コンビニエンスストアでは深夜でも酒を販売して再飲酒という魔の手を広げています。このような生活環境の中では、同じ目的をもつ仲間と互いに励まし合いながら酒の魔力に立ち向かうことができれば1人で断酒を継続するよりずっと楽に断酒を続けられますし、その成功率も高まります。
また、アルコール依存症からの回復とは単に断酒を続けていることだけではありません。自らの意志で判断して行動しその責任を負うことや、感情をコントロールして適切に表出すること、周囲の人を巻き込まずに適切な対人関係をもてることなど社会生活や人間関係の円滑化に向けて成長することです。このような人間的な成長にはモデルとなる多くの回復者が必要になります。アルコール依存症という病気を抱えている場合には同じような問題をもつ人の集まりである自助グループの中だとモデルとなる人たちと出会うことも容易です。ですから、自助グループヘ参加することはアルコール依存症から回復する上で、きわめて重要なことなのです。
最後に奥さんは「結婚して以来こんな生活が来るとは思わなかった」と述べており、Aさんが順調に回復へ向かっていることをうかがわせます。

あなたの飲酒はだいじょうぶ?

飲酒テスト
酒を飲んでもたまにほろ酔いかげんで帰宅する程度なら家族や友人も飲酒を問題にすることはないでしょうが、毎晩飲んで帰宅したり、朝から飲んだり、二日酔いで会社に遅刻することを繰り返すと飲酒は家庭や会社で深刻な問題となってきます。その結果、家族や友人や会社の同僚などから「もう少し酒を控えろ」とか「酒を飲むな」などと忠告を受けることになります。多くの酒飲みはこの忠告を受けると飲酒回数を減らしたり一回の飲酒量を減らすなど飲酒をコントロールしますが、中には飲酒を上手にコントロールできない人たちがいます。「自分でも酒を控えようと思っているが、つい飲みすぎてしまう」とか「飲むのは夜だけにしようと思っているが、休みの日にはつい朝から飲んでしまう」という人たちです。このような飲酒形態になると多くの家族や周囲の人たちはアルコール依存症を疑いだします。アルコール依存症は「否認の病」とも言われるように、初めから自分がアルコール依存症であると認める人はまれです。
しかし本人が飲酒問題を口では認めなくても再3問題を指摘されると次第に不安が募り、自己の飲酒問題の有無を確認しようとします。このようなときに目にするのが「久里浜式アルコール症スクリーニング・テスト」です。
このテストはアルコール依存症の自己診断のために開発されたテストではありませんが、自己の飲酒問題の有無の目安にしたり、飲酒が家族をはじめ周囲の人たちに及ぼしている影響を振り返るためには有効なテストです。

久里浜式アルコール症スクリーニング・テスト

「久里浜式アルコール症スクリーニング・テスト」とはどのようなテストでしょうか

欧米では我が国より古くから飲酒問題を社会問題ととらえる風潮がありました。そのために飲酒に対するリスクを負う人を抽出するためのスクリーニング・テストがいくつか作られています。しかし、飲酒に対する歴史や文化の違いから、欧米で作られた既存のスクリーニング・テストをそのまま我が国へ導入することに疑問がもたれました。そこで1977年に我が国の飲酒文化を考慮したスクリーニング・テストが創られました。それが「久里浜式アルコール症スクリーニング・テスト」です。このテストはアルコール依存症を自己診断するテストではありません。一定の集団の中から飲酒に対するリスクを負う人を抽出するテストです。このテストの実施結果から実施者は4群に分類されています。

久里浜式アルコール症スクリーニング・テスト

久里浜式アルコール症スクリーニング・テスト

久里浜式アルコール症スクリーニング・テストの使い方
久里浜式アルコール症スクリーニング・テストは最近六ヶ月間の飲酒行動に対し14項目の質問に答える形式となっています。各回答には得点が設定されており、その合計点により、属する群がわかるようになっています。久里浜式アルコール症スクリーニング・テストを使用して1131名の調査をした結果、80パーセントほどは正常飲酒群、重篤問題飲酒群は3.6%ほどでした。

久里浜式アルコール症スクリーニング・テストで示される4群の特徴は以下のようなものです。

重篤問題飲酒群‥アルコール依存症と診断される確立がきわめて高い群です。この群に属する人はなるべく早く専門医療機関へ受診することをお勤めします。

問題飲酒群  ‥飲酒形態に問題があり、飲酒形態を変える必要がある群です。努力をしても飲酒形態を変えることができない場合には専門医療機関を受診することをお勤めします。

問題飲酒予備軍‥最近六ケ月以内では飲酒に関してあまり問題となることが見られない群です。しかし油断は禁物です。飲酒量はほどほどに、そして週に二日は飲まない日を作りましょう。

正常飲酒群  ‥最近六ケ月以内では飲酒に関して問題となることがないと回答した群です。

久里浜式アルコール症スクリーニング・テストを自己評価するために使う場合にはアルコール依存症は「否認の病」と言われるように、アルコール依存症者には自身のアルコール問題を否認する傾向があります。したがってこのテストを実施した際にも家族をはじめ周囲の人たちの認識より低い得点となる傾向があります。テストの実施に際しては自己の飲酒問題を客観的に評価することが求められます。
久里浜式アルコール症スクリーニング・テストは一定の母集団の中から飲酒問題をもつ人を抽出するためのテストであり、個人のアルコール依存症を診断するための検査ではありません。飲酒形態に不安をもつ人や、このテストの結果が高得点だった人は専門医療機関で受診してください。

 

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