ノックビン(ジスルフィラム錠) アルコール依存症治療薬

アルコール依存症治療薬レグテクトから抗酒剤ノックビン(ジスルフィラム錠)に変更。強制的に酒を飲めない体質にする訳だから、抑止力の差は歴然。

アルコール依存症からの回復

      2016/12/10

アルコール依存症からの回復

回復とは何か

回復とは3年くらいの断酒の継続
アルコール依存者の回復は、医療では一応3年くらいの断酒の継続を目安としています。断酒の方法にもいろいろあり、多くの人が断酒会やAAに参加することで断酒を継続していますが、自助グループに関係なく断酒を継続している人もいます。
回復した人たちの話を聞くと、彼らの多くが飲酒していたときから見ると、別人のようになっていますが「何が原因でアルコールをやめられたかはわからない」と言います。最終飲酒時から、回復するまでにいろいろな出来事や不安を乗越えてきたことは確かなことと言えます。
断酒をすると多くの人たちが治療の中で、対人関係の問題に気づいていくことになります。しらふでの生活は新しい発見の連続となり、アルコール依存症の人たちが「社会には、飲んでいない人が意外と多くいますね」と驚いたように語る姿は本当に長い間酔いの中で生活を送ってきたのだと改めて感じます。
彼らの多くがある年齢から成長が止まっているのではないかと思われることがあります。それは彼らの生活史を語ってもらえば理解できることが多くあります。アルコール依存症者の人の多くが生育歴の中で親との関係をうまくもてなかった人が多く、機能不全家族の中で育った人とも言えます。つまり対人関係の学びの基本である、親子の関係が学習されていないのです。そのような状況で社会に出た多くの人たちは、対人関係のもちようで苦しむことになります。ある人は閉じこもり、ある人は薬物にはしり、ある人はアルコールに逃げることで生活を営もうとします。それはさらに対人関係の学びを放棄することになり、その人の人間的な成長を阻害することになります。例えば、毎日のような二日酔いでの出動、終業時の飲酒の繰り返しは、社会生活の中でのしらふの対人関係の学習を放棄することになります。飲酒時での社会生活は記憶も定かでなく、社会学習が積み重なることがありません。例えば、アルコール依存症者の多くの人が過去のことで一番思い出せるのは、学生時代と話します。しらふで生きていた時代なのです。
そのような彼らの対人関係のもちようは断酒をしただけで解決するものではありません。彼らの多くが断酒をしても、「生きづらさ」を抱えて生活することになります。この「生きづらさ」を解決してこそアルコール依存症者の回復と言えるのではないでしようか。

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「生きづらさ」の解決

アルコール依存症者の「生きづらさ」を理解してくれる人はほんの限られた人たちです。それは医療者、自助グループのメンバー、それと勉強をした家族くらいではないかと思います。しかしそのような人たちが理解したからといって「生きづらさ」が改善されるものではありません。「生きづらさ」の改善は理論的に理解しただけでは困難であり、多くの人と関わることで少しずつ学習していくしかありません。しかし、多くのアルコール依存症者がしらふでの人間関係が不得手です。もしカルチャーセンター等に参加できたとしても、何も話さなかったり、行動がぎこちなく、結局は馴染むことができなくてやめることになります。そして馴染めずにやめた原因を自分の問題とはとらえず、「嫌な奴がいるから行きたくない」「あんなことをやっても仕方ない」などと場やメンバーの問題とし、けっして自分に問題があることを認めようとしません。
そんなアルコール依存症者を受け入れられる集団は、アルコール専門の医療関係と自助グループしかありません。特に自助グループはアルコール依存症者の言動は病気ということで受け止めてくれます。アルコール依存症者の、周囲にとって違和感のある言動も「まだ病気が治ってないよ」とか「まだ回復してないね」などと自助グループでは先行く仲間が新しい人に言っています。これは「そのような言動では社会では通用しないよ」ということを忠告しているものです。周囲の人たちは彼らの違和感のある言動に対し忠告もしないし、忠告したとしても本人がそれを受け入れることはないでしょう。むしろ忠告されたことに腹をたてるのが関の山です。
自助グループに参加している人たちから「アルコール依存症者は子どもだから」ということをよく聞きます。彼らの多くは自分の対人関係が未熟であることに気づいていますが、解決の術もなく、かみ合わない人間関係に疲れ、飲酒を繰り返したとも考えられます。対人関係の学びは多くの人に関わり、忠告などを受けながら成長していくしか方法はありません。

回復と再飲酒

再飲酒は回復のプロセス

アルコール依存症の人たちは一度のアルコール医療の受診や自助グループの参加で回復する人は少なく、再飲酒を何度か繰り返して時間をかけながら回復することが一般的と言えます。ということは彼らがアルコール依存症を認識しても、再飲酒は回復の途上で当然のように起こるものであって、家族や周りの人たちが再飲酒に一喜一憂するのでなく、アルコール依存症の回復過程において起こる一つの出来事ととらえることが必要です。
結果的に回復した人たちにも最終飲酒があります。何度となく、最後の一杯にしようと努力した体験をもっている彼らは、絶対に飲酒しないと思っていても不安がつきまとうものです。当然回復するまでに、いろいろな心の動きが生じます。不安の表現の仕方はさまざまですが、断酒に対して過剰な自信を示したり、他人を非難したり、抑うつ的になったりすることがあります。しかし多くの場合、こんな不安の続くのも一年位で、その後は次第に飲酒欲求も薄れていきます。
しらふの社会生活に乏しかった彼らは、飲酒のない社会生活を学習することになり、しらふで社会に適応するようになっていかざるを得ません。当然、今までとは違った生活リズムとなり、彼らが変わったように周りの人たちには思えてきます。それは彼らのアルコールにとらわれていた生活が、しらふの生活を大切にする生き方に変わろうとしている姿でもあります。アルコール依存症の回復は彼らの生き方そのものを変えることになります。生き方が変わって、社会でしらふの生活を楽に過ごせるようになったとき、それがアルコール依存症からの回復と言えるのではないでしょうか。

医療におけるリハビリテーション

社会復帰プログラム

アルコール依存症は長い年月をかけて身体的、精神的、社会的に病気に陥っていきます。しかもなかなか病気を認めることができないため、治療場面に訪れる頃には病状が悪化しているケースが少なくありません。また、いつから病気になったのか明確にできないことが多いものです。しかし、障害からの回復という視点で病気をとらえると、保健所や医療機関に相談に来た段階から治療、リハビリテーションが始まっているといえます。何故なら、この病気から回復していくためには、単に酒を飲む、飲まないということにとどまらず、さまざまな状況における数々の障害をしらふで乗り越えていかなけれぱならないからです。元の「健康な」酒飲みに戻ることができないので、しらふの心と身体で新しい生き方を確立していく必要があります。そのため相談から入院治療、外来デイケア、自助グループまで広範囲にわたり、リハビリテーションを主軸とした治療プログラムに身を置くことが大切になります。
現在アルコール依存症の専門治療を行っている多くの医療機関が、ARP(アルコール・リハビリテーション・プログラム)を主体とした治療ベースをもっており、一定の成果を確認し合える段階にきています。では、医療現場においてどういう視点で取り組みがなされているのか、アルコール依存症治療の医療機関実際にで行っていることを中心に述べていきます。

医療現場におけるARPの取り組み

料理教室
単身者の栄養面に関する問題はとても重要です。好きなものばかり食べる傾向にあるため、栄養の偏りが生じます。また、作ることの手間を嫌うためカップラーメンのみの生活となること、コンビニエンスストアの弁当ばかり食べるといったことが起こり得ます。こういう方々を対象に誰でも手軽に作れ、食事を楽しむ目的で料理教室を行っています。数人のメンバーと看護者、作業療法士が相談してメニューを決めて買い物に行き、全員で調理して会食をします。入院からデイケアまで継続して参加される方がほとんどで、単身生活を送る上での問題解決に役立っています。

夜間例会
医師、臨床心理士の司会により、外来通院されている方々と退院が近い入院中の方々が集い、ざっくばらんに語り合う会です。「例会」と名がついていますが、言いっぱなし聞きっぱなしの自助グループスタイルではなく、外来通院されている方々の話をもとに「飲酒欲求が起きたときどう対処したか」とか「飲み仲間の誘いがあったときどう断ったか」等の酒に問することや、「家族が病気に対して理解をしてくれない」「子どもの問題」等の酒以外の問題について、また「お金や時間の使い方、友人との付き合い方」等生活の計画性などの具体的な対応について実践的に話し合い、理解を深めていきます。そういった意味ではSST(社会生活技能訓練)的な要素も含んでおり、入院中の方々に対しては退院前の漠然とした不安の解消や、退院後の問題解決の方向づけに役立っています。

石橋病院潮会
石橋病院の外来、入院などのARPを受けた人を対象に、社会復帰後も自分の病気を忘れず、学習したことを確認しながらより良く生活することを目的に、グループ活動を行っています。このグループ活動を行う場が「潮会」です。潮会の活動は自分の回復のためと仲間への援助活動でもあります。より多くの仲間が互いに協力し合うことで断酒を基盤に社会性を回復し、自分や仲間の精神的豊かさを求めるなど、各自の納得のできる回復を目指しています。つまり、単なる親睦団体ではなく、社会復帰後も病状を悪化させないことや、自分の回復を目指した治療団体です。また、家族の方々の回復も同時に支援しており、奥さんや子ども、孫を連れて参加される方々も毎回数多くいます。
現在は以下の活動を行っています。

(1)断酒研修会
年一回、市内の宿泊施設にて開催します。北海道内の自助グループのメンバーが150人くらい参加されています。入院中の方は20名前後参加しています。初めて参加される方々は、自助グループのメンバーのエネルギーに圧倒されるようで、自助グループに否定的だった方も、この研修会を通してその見方が変わったという話をよく耳にします。内容は講演、体験発表、分科会、パネルディスカッション、デスマッチ(徹夜で語り明かす自由例会)が中心となっています。
「この研修会から生まれたデスマッチという言葉は、その後北海道内の自助グループに広がりをもたらし、各地での別の研修会でも夜を徹して語り明かすことが今や定番となっています」。

(2)雑煮会
毎年の元旦に当院外来ロビーにて開催します。50人くらいの外来メンバーと20人くらいの入院者が集い、雑煮やそぱを食べ新年の決意を固めて、会員間の親睦を深めます。飲んでいたときの新年とは違い、各自正装し酒のない新年を迎えることは、新しい一年の始まりという良い意味での区切りになり、生きていることの実感を高めることにつながっているようです。一緒に参加するスタッフも新たなエネルギーをもらい気持ちが引き締まっていきます。

(3)ソフトボール大会
春と秋に近郊の小学校のグランドで行います。外来メンバーと入院者、職員が混合でチームを作り、トロフィーを争います。もともとは当院を退院された方々の中に野球をやっていた方が多く、その方たちと職員とで朝野球をやっていたのが始まりで、回復者の増加に伴い、もっとみんなが参加できる競技を、ということで現在はソフトボールになっています。酒で苦しんでいたときの嫌な汗ではなく、スポーツを通したさわやかな汗を流すことで、理屈ではない健康の良さを感じることができます。

(4)断酒会初心者例会・AAビギナーミーティング
当院に入院されている方々を対象として回復者の方に、体験談を通し「断酒会とは」「AAとは」の紹介をしていただいております。これにより、自助グループに対する疑問や不安がとれ、地域の断酒会やAAに参加する上での心構えをもつことができ、退院後自助グループに気楽に行けるような関係作りがなされています。
その他、病棟行事への参加、酒害相談業務等も行っています。

共同住居「木蓮荘」
共同住居「木蓮荘」は、酒を飲まないで生活したいと思う人で同じ病気の仲間と一緒に生活してみたい、という方向けに作られた社会復帰のための住宅です。将来の丁人暮らしの準備をするための場所と考えて、酒を飲まないで一人で暮らしていくために必要な健康管理、金銭管理、人付き合いなど、自分自身でしなければいけないことを訓練する場所となっています。最初から何もかも一人でやっていくのはとても大変で、不安やストレスがつきまとうものです。仲間とともに暮らすことで、困ったことがあればお互いに相談し合い、励まし合い、力を合わせて困難を乗り越えて行くことができます。共同住居での生活は、地域の人たちとの交わりも増えていきますので、忘れかけていた一社会人としての自覚や責任感を、日常生活を体験しながら取り戻していくことになります。
この共同住居のメンバーがさまざまな問題に直面し、その都度相談して乗り越えていく姿を見ていると、回復していく段階が治療者には良くわかります。また、メンバー自身も問題を乗り越えたという実感と自分にもできるという自己肯定感が育まれ、飲まないで生きていくことへの自信と勇気をもつことに役に立っています。
アルコール依存症からの回復を考えるとき、リハビリテーション抜きでは何も始まりません。なぜなら、飲んだ結果による身体的な問題は解決しても、長期間の飲酒による社会適応障害があるため、断酒したからといってすぐにバラ色の日々が訪れることにはならないからです。断酒生活は、健康な社会生活を営むために最低限必要な方法であり、回復には時間がかかります。思考プロセス障害(否認、自己中心性、劣等感、全能感、他責他罰)や感情障害(抑うつ傾向、被害感情)、ストレスヘの脆弱性、二不三慢(不安、不満、我慢、自慢、傲慢)、対人関係障害等の問題への対処や、しらふでのさまざまな出来事に向き合う勇気を高めること、また、何よりも傷付いた自分の心を癒すためには、自分一人だけではなかなか乗り越えられません。自助グループの中の回復者たちとの出会い、多くの仲間との出会いがあるからこそ、自分の問題に真摯に向き合っていく力をもつことができるのだと思います。そういった意味では、医療におけるリハビリテーションでは、いかにして安心できる人、安心して語れる場が提供できるかということ、また、そこから仲間の必要性、分かち合いを感じ自助グループに参加していけるような接点をもてるかということが重要であると思います。

生活技術とは「社会の中で生活を維持し、それを容易なものにするのに助けになり、互いに助け合える対人関係をつくり上げ、維持し、深めていくのに役立つ対人関係のすべて」(リバーマン)と定義されている。social skills training(SST)を直訳すれば、社会的技能訓練となるが、一般的には生活技能訓練と呼ぱれている。精神障害の憎悪・改善は障害者の生活と深い関係があり、生活の改善がリハビリテーションとして有効であるというのが、生活技能訓練を行う基本的な前提となっている。

自助グループとその特徴

AAとは

AAの目的は、単に酒をやめることだけではありません。ですが、酒をやめたいという人であれば、どんな人でもAAのメンバーになれます。名前も住所も職業も家族のことも何も言う必要はありませんし、だれからも聞かれません。酒をやめたいからAAに来たというだけで、あとは何も必要ありません。入会金も会費もありません。運営に必要な経費は自分たちで自主的に出し合っています。
AAには一二ステップというプログラムがあります。このプログラムは酒をやめる方法が書かれてあるものではありません。私たちAAのメンバーが酒を飲まないで生きていくための指針が示されているプログラムです。私たちは素人の集まりですから、AAとはこういうものだという学術的、あるいは専門的な説明はできません。ですが、「酒を飲んで自分がどうなったか、そして、AAにどのような状態で来たのか、今の自分は飲まないでどのように生きているか」をお話しすることはできます。私たちAAメンバーには、この経験をAAのメッセージとして、「いま苦しんでいるアルコホーリク(アルコール依存症者)」がどこかにいたら運んでいく責任があるのです。このメッセージを運ぶことは、AAメンバーのみに与えられた贈り物として、自分たちが飲まない生き方を継続していくために必要不可欠な行動となっています。

このようなわけで、本筋では自分が過去どのようであったか、そして、何が起こって、今どのようであるかを明かすことで、少しでもAAのことに関心をもっていただき、私たちと一緒に回復の道を歩いていただく決心のお手伝いができれぱと思っています。

AAミーティングとは
AAのメンバーは、この病気は肉体的、精神的、社会的、霊的に病んでいる病気だと言います。私自身、酒をやめようとどんなに固く決心しても飲んでしまい、最後は、泣きながら酒を飲んでいました。
(当時はまだコンビニなどなかったため)早朝、お酒の自販機の電源が入る時間になると、身体が落ち着かず、母の目を盗んで毎朝ワンカップを飲むのが私の一日の始まり。お金を入れる。ガチャンと音がする。ビクッとして周りを気にしながらふたを開ける。一気に酒を喉に流し込む。ハアーと大きく息をする。
ほっとする安堵感。このくりかえしの最後が、電車が来るたぴに、こんどこそ、こんどこそ飛び込もうと泣きながらも、死ねない自分になっていました。母も、自分が産んだ子が、なぜこんな状態になってしまうのか、育て方が悪かったのかと苦しみ、ひどいうつ病になり、弟に助けられ、田舎の病院に入院。私の兄弟は親戚中から非難され、付き合いを断られる状態になってしまいました。
この病気は、「トルネード(竜巻)のようだ!」とAAのステップに書かれてあるとおり、母親、兄弟、友人と周りの人をどんどんと不幸に巻き込んでいきました。加害者の私自身も被害者意識がひどくなり、親を恨み、兄弟・友人を憎む。最後には生まれてきたそのことを恨んでいました。気がつけば、住む家もお金も仕事も失って、屍のような状態で病院のベッドに横たわった丁人ぽっちの自分となっていたのです。
私は、半年間の入院後、福祉事務所の方の勧めで、アルコール依存症者が入寮する施設に入り、その日からAAミーティング通いが始まりました。AAにはいろいろなスローガンがあります。その一つに「第一のことを第二に」というスローガンがあります。まず、私たちは雪でも嵐でも、どんなに寒くても暑くても酒を飲んできた。だから、酒を飲まない行動をすることを優先しなければならない、という教訓です。365日毎日酒を飲んだのだから、毎日AAミーティングに行く。このことを徹底する言葉として「90日90回のミーティング」「自分たちの脳味噌は足の裏にある」といって、徹底してAAのミーティングに行くのです。3ケ月後、私に不思議なことが起きていました。まったく、酒を飲むことを忘れている自分がいたのです。無我夢中でAAミーティングに通ううちに、もっと不思議なことが起こりました。ミーティング場が近づくにつれ、顔がほころぶ自分になっていたのです。早く仲間(AAのメンバーたちは互いを仲間と呼び合います)に会いたい、そして、正直な話を聴きたい、という感じです。

AAのプログラムとは

AAの12ステップの第一ステップは、100%アルコールに無力であることを認めることを要求します。私は、自分だけの力では酒がやめられないんだ! ということをAAミーティングに通ううちに納得していました。しかしそのとたん、「飲んでしまうのではないか」という不安が襲ってきたのです。この感情は、まったく予想できないものでした。それまでは、もう酒が飲めなくなったという恨みへのとらわれが頭から離れなかった自分が、それとは180度違う、「飲んでしまったら」という不安をもつように変わっていたのです。AAに「今日一日」というスローガンがあります。私は、このスローガンが言っているのは、飲酒をコントロールできていたころの自分に戻りたい感情を捨て、先のことを考えず、「今を生きる」ことだと思いました。なにもない今の自分の現実を直視する必要があったのです。そして、今の自分ができることは、「毎日AAミーティングに行くことだ」と意識的に思い込んでいくようにしたのです。
不思議がまたきました。どんどんと明るく笑っている自分になっていたのです。私は、AAのプログラムが魔法のように感じられました。「徹底して、このプログラムを実践して回復しなかった人を私たちは知らない」とAAのビックブック(AAの原典)に書いてあるとおり、徹底的に実践すれば回復できるのだ、という希望が湧いてきたのです。
AAの第一ステップは私にとって敗北のステップではなく、希望に向かうステップだったのです。仲間と一緒に行動することが、12ステップの1、2、3のステップとなっていたのです。するとどうでしょう。本当の自分を知りたい感情が湧いてきたのです。「自分はどんな人間なのか?」「どのような人間になりたいのか?」という感情です。これが、ステップ4の始まりでした。子どもの頃からAAに来るまでの仕事のこと、お金のこと、セックスのこと、そして飲酒のこと、思い出す限りをノートに書き綴っていきました。自分が依存的体質をもっていたことがわかっていくのです。飲酒の問題が深くなればなるほど、自分の不始末を周りの人に尻拭いしてもらっていた自分がいたのです。自分の足で立てない自分であったことが鮮明にわかってくるのです。ステップ5は、そのことをもう一人の人に話します。AAでこのことを「棚おろしをする」と言います。
2年が過ぎていました。その間、母や兄弟は私が回復することを信じて待ってくれていました。自分の弱さを受け入れるステップ6、7の準備ができたのです。私は、アルコール依存症という病気から逃げることをやめようと心に誓いました。「はずかしい病気ではないのだ!」今の自分がしっかりと自立して生きていけば、社会の人たちは受け入れてくれるのだということを。

ステップ8、9は自分が傷つけた人たちに機会あるたぴに埋め合わせをしていくステップです。アルコホリズム(アルコール依存症)は治ったわけではありません。ですから、私たちはどんな条件の下でも飲まない生き方を守っていくために、日々の生活の中で起きる怒り、恨み、ねたみ、羨望、自己憐懲、傷ついた誇りといった負債を毎日スポットチック(棚おろし)して、自分が間違ったと気づいたときは直ちに認めるというステップ10を実践していきます。
母の死、兄弟・親戚との付き合い、友人との再会、職場での人間関係とAAのプログラムを歩いて20年が経ちました。この間、AAの仲間と一緒に「いま苦しんでいるアルコホーリク」にメッセージを運びつづけています。
ステップ11、12は霊的な目覚めを目指します。私が感じているこの目覚めとは、正直に生きること。すると恨む感情が薄れ、感謝の気持ちを大切にできるようになります。他の人たちが回復する姿を自分のこと以上にうれしく思うのです。
最後のステップは、これら人間が生まれもった、生きていく上での大切なもののすべてを実感できる生活に向かって努力することだと思っています。母は死ぬ前に、「もう一生飲まないでおくれ。そして、今までお世話になった人たち、これからお世話になる人たちは、おまえが生きていく上で大切な人たちなんだから大事にしなければならないよ」と言い残して旅立っていきました。ステップ11、12の主題は「生きる喜び」です。霊的な目覚めとは、決して見えないものの中にあるのではなく、自分の生きていく中で実感する喜びの中にあるのだと私は思っています。これが、おおまかな、私が理解するAAの12ステップです。
AAの一二ステップの提案は、抽象的な理論に基づくものでなく、草創期のAAメンバーが飲まない生き方を実践し、回復してきた実体験を提案しているものだと言われています。100人のAAメンバーがいれば、100通りの回復があり、100通りの喜びが与えられるのです。この喜びをもたらす「ふしぎな力」をAAでは「ハイヤーパワー」と表現します。あなたもAAできっとハイヤーパワーに出会うことができます。私たちと一緒にAAのプログラムをやってみませんか。

断酒会とは

断酒会の組織
断酒会の正式名称は「社団法人・全日本断酒連盟」(以下全断連)と言います。
1963年11月10日、高知市はりまや橋の土電会館で、高知県断酒新生会と東京断酒新生会のたった二つの断酒会が高い理想に燃えて結成大会を開いたのが、全断連誕生のルーツとなりました。
以来、全断連の祖織はめざましい発展を続け、全国47都道府県別に断酒会が存在しさらにその中に各地域支部単位の断酒会が点在するという、水も漏らさぬネットワークが築かれています。日本のどこに居ようと、酒をやめたい人のすぐ近くに断酒会の入り口があるわけです。
全断連の人口統計を見てみましょう。全国の断酒会に所属する会員の総数は約6万人です。年齢別に見ると、一番多いのが50代(35%)、次いで60代、40代と続きます。入会時の年齢は40代と50代が約半々ですので、断酒を決意して入会するまで長い時間がかかっているのがおわかりでしょう。
近年、女性の飲酒人口が増え続けていることもあり、以前と比べると女性会員も多くなりました。全国平均で女性会員は5・9%です。女性会員だけで作る「アメシスト」例会が全国各地で開催されています。
また単身者の会員は全国平均で26%を占め、さらに細かく見ると5%から60%とかなりの地域格差があります。女性会員と同様、単身者の集いとして「シングル」例会も各地で活発に開かれています。もう一つ当事者例会として身体障害者の会員が集う「虹の会」があります。
このように断酒会には、それぞれの立場でさらに自己洞察を深めたり、生活に役立つ情報を得る目的で当事者例会が間かれていますが、同時にこれらの会員は一般の会員が集う日常の例会にも参加して断酒継続の実をあげていることは言うまでもありません。
全断連結成の原動力となった東京断酒新生会の組織の現況にも触れておきましょう。1953年9月12日に発足した同会は、1999年11月にNPO法人を取得。2003年4月現在、中央・渋谷区を除く都内21区と都下3地域をあわせて24地域断酒会で構成され、会員数は約700人です。後述のように東京断酒新生会は全断連の中でもきわだって活発な地域活動を展開しています。

断酒会の理念
(1)断酒会の目的と綱領
全断連の存在理由である目的については、定款の第3条で次のようにうたっています。「本連盟は酒害に関する啓蒙を行うとともに地域の断酒組織の結成を促す等により酒害の及ぼす社会悪の防止につとめ、広く社会福祉に貢献することをもって目的とする」。

断酒会綱領
1)断酒運動は他からの強制による禁酒や、健全飲酒まで否定する排酒とは異質のものである。
2)酒害者民主主義の団体であるから、自由平等を尊重し合い、独断専行を戒め合う。
3)特定団体の運動は認めない。

(2)断酒会の規範
広大な組織と会員を擁する断酒会の運営にあたっては、全会員の意思統一と団結を高めるために全断連「断酒会規範」が制定されています。

断酒会規範

1)断酒会は酒害者による酒害者のための自助集団であると同時に市民活動団体である。
2)断酒会には酒をやめたい人なら誰でも入会できる。
3)断酒会員は姓名を名乗ることを原則とする。
4)断酒会員としての活動は原則として無償である。
5)断酒例会はあらゆる条件を超えて平等であり、支配者はいない。
6)断酒例会は体験談に終始する。
7)断酒例会は家族の出席を重視する。
8)断酒会は酒害相談はもとより、啓発活動を通して社会に貢献する。
9)断酒会は会費によって運営される。但し補助金、善意の寄付金等は受けることができる。
10)断酒会は政治、宗教、商業活動に利用されない。

(3)回復のプログラム
アルコール依存症者である会員が、断酒の継続によって回復していく過程はすぐれてメンタルなものであって、数量に価値基準を置く絶対評価的なプログラムはありえません。
この点を踏まえて全断連には「断酒新生指針」という名の回復のプログラムがあります。

断酒新生指針
1)酒に対して無力であり、自分ひとりの力だけではどうにもならなかったことを認める。
2)断酒例会に出席し自分を率直に語る。
3)酒害体験を掘り起こし、過去の過ちを素直に認める。また、仲間たちの話を謙虚に聞き自己洞察を深める。
4)お互いの人格の触れ合い、心の結びつきが断酒を可能にすることを認め、仲間たちとの信頼を深める。
5)自分を改革する努力をし、新しい人生を創る。
6)家族はもとより、迷惑をかけた人たちに償いをする。
7)断酒の歓びを酒害に悩む人たちに伝える。
指針という言葉のとおり、会員に強制するものではなく、会員自身の自己啓発によってクリアされる回復の到達点と言えるでしょう。

断酒会活動の実際
アルコール依存症者の自助グループである全断連は、全国の断酒会の連合体であることはすでに述べたとおりです。この項では東京地区の断酒会「NPO法人・東京断酒新生会」の活動を例にとって、断酒会活動の実際を紹介しましょう。
(1)断酒例会の開催
断酒会員にとって例会は、断酒継続のための生命線ともいえる不可欠なもの、というよりも絶対的なものといったほうがよいでしよう。
例会は東京の二4地域断酒会がそれぞれの地域内で毎月定期的に主催しています。第一例会、第二例会、懇談会、家族会と呼ばれるこれらの例会は、原則として平日の午後6時30分から約二時間聞かれています(日曜日の午後に開催する断酒会もあります)。東京断酒新生会の会員、家族はもちろん、他会の会員や未入会の見学者も自由に参加できます。会場はほとんどが各自治体の公共施設です。小は20人から大は160人も集まる例会は、司会者の指名により順次出席者が発言しますが、ほとんどが飲酒時代の酒害体験談です。
断酒会の仲間はお互いがお互いをコピーしたような体験をもつ間柄なので、誰かが流す反省の涙は、みんなの涙となり、回復しつつある誰かの笑顔はまた、みんなの笑顔となって全員の心の琴線に触れ、断酒継続のエネルギーに転化されます。医療関係者も認めるこの例会がもつ断酒への絶大な効果は、断酒会では「摩阿不思議な力」と呼ぱれています。ただし、この力は例会にでなければ与えられないものであり、したがって一回でも多く例会に出席することが断酒継続の決め手となるのです。例会は毎日数ケ所で開かれていますが、なかには月に30回以上の出席を誇る猛者もいます。年間延べ例会参加者数は4万8489人で、会員一人あたりの例会出席回数は75回でした。
また毎月末、東京断酒新生会本部が主催する本部例会は、全地域断酒会の合同例会で、当月入会者への周年表彰式が行われます。断酒一周年の会員には「初段」の表彰状が贈られ、断酒したての頃の苦しさを知る参加者からひときわ大きな拍手が送られます。この年度の最高段位者は断酒37周年の「37段」でした。

(2)酒害相談活動
酒害相談は酒害に苦しむ他者への救済活動であると同時に、自分自身の断酒にもプラスとなる重要な活動です。
両国の本部事務所には「酒害110番」が開設されており、月曜日から土曜日と毎月第一日曜日の午前10時から午後4時まで、酒害相談員が電話、ファックスなどによる相談や連絡活動を行っています。ここには年間150件の相談がよせられています。また各地域断酒会で日常的に行われている酒害相談は、断酒会の裾野を広げる基盤活動であり、会長やベテラン会員などが対面相談を行って新入会員の誕生に寄与しています。

(3)研修会の開催
会員、家族のアルコール依存症に関する知識の向上や断酒継続のノウハウ取得のために、本部主催で「新生研修会」が開かれています。
この研修会の特徴は、いわゆる専門家による講演形式ではなく、あらかじめ選ぱれた会員、家族が研修テーマに沿って体験談を発表し、フロアの参加者が自己の体験を重ね合わせて発言することで、テーマを掘り下げて理解と共通認識を深めるところにあります。研修というより自己啓発の場といったほうがよいかもしれません。年二回の開催で300人が参加しました。
また地域断酒会が独自のプログラムで実施し、研修の実績をあげています。
このほか東京断酒新生会では、会員相互の親睦を兼ねて日帰りピクニックの開催や他県断酒会とのソフトボール大会、年末の名物「酒なし忘年会」など多種多様なレクリエーションを実施することで、会員の断酒継続の一助としています。

家族の自助グループ

アラノンとは
(1)アラノンの概要と目的
アラノンは家族や友人・関係者といった身近な人のアルコール問題や薬物問題から深刻な影響を受けている人たちが、自ら抱える問題を分かち合い、相互援助する仲間の集まりです。
アラノン家族グループは、AA創立者の妻であるロイス夫人らにより、1951年にアメリカで設立されました。日本ではセシリア・Mさんが同じ境遇で悩む女性と出会い、1979年に日本初のアラノン家族グループをスタートさせました。1880年にはアラノン・ジャパンGSOが設立され、1999年10月には非営利団体である特定非営利活動(NPO)法人アラノン・ジャパンとして法人化されました。
2002年8月現在、主に配偶者、親、兄弟、友人の立場の方のアラノングループは全国で122グループ、子ども時代に両親あるいは身近な人からアルコール(または薬物)依存の影響を受けた人の集りであるアラノンACグループ(15歳以上が対象)は全国で39グループが活動中です。

アラノン家族グループの目的
○グループメンバー自身が12のステップを実践することによってアルコールまたは薬物依存問題をもつ家族や友人を相互援助すること
○アルコールまたは薬物依存の影響から自身が回復し、人間としての成長を図ること
○新しく参加する家族や友人を受け入れ、安心感を与え、力づけ、また、アルコールや薬物に依存している本人について理解できるよう助けること

(2)アラノン家族グループに参加できる人
アルコールや薬物問題をもつ本人が現在飲酒や薬物の使用を続けているかいないかは問われません。アルコールや薬物問題をもつ人のために自己の生活や生き方に影響を受けた、または現在影響を受けている家族・友人・関係者は誰でもアラノン家族グループヘ参加が可能です。

(3)アラノンのプログラム
機関や団体にはそれぞれの目的と、目的を遂行するための方法が存在します。自助グループにも同様に目的とその目的を遂行するための方法があります。
アラノン家族グループの目的は、参加メンバーそれぞれが傷ついた心を癒し、問題を理解し、人間としての成長をすることにあります。このような目的を遂行するためには精神医学や心理学、社会学、教育学などを基礎としたプログラムを作成し、実践することが有効な手段の1つとなります。
アラノングループではAAグループと共通のプログラムである「12のステップ」をもっています。この「12のステップ」を実践することにより、傷ついた心を癒し、問題を理解し、人間としての成長を遂げようとしています。

白菊会とは
昭和34年12月、央を酒害から守る婦人の会として、大野卓子初代会長のもと、「東京白菊禁酒婦人会」が東京断酒新生会の中で独立した会として結成されました。昭和41年「東京白菊婦人会」と名称を変え活動を続けて現在に至っています。会の名称は、酒害に苦しむ家族の方々が、酒害者本人の協力者として、断酒と断酒継続のために、庭に咲く白菊のように凛とした姿勢でその取り組みを続けてほしい、との願いをこめて命名されました。
(1)東京白菊婦人会の目的
まず断酒の実行、そして断酒継続のための努力をしている東京断酒新生会会員の家族のよき協力者であること、酒害に苦しむ家族のよき相談相手になることを目的としています。
(2)東京白菊婦人会の対象者
東京断酒新生会会員の家族(婦人)、及び趣旨に賛同する方々を幅広く対象としています。現在の会員数は約50名です。
各地域で催される「断酒例会」は、「言いっぱなし、聞きっぱなし」を原則としています。白菊婦人会では、何でも話すことができアルコール依存症についての質問や疑問をもっている方々の身近な相談相手になり、会員家族の体験や学習をもとに少しでも問題解決の糸口になるよう努力しています。同じ悩みをもつ新しい家族の方々を歓迎しています。

(3)東京白菊婦人会のプログラム
会場はいずれも豊島区立勤労福祉会館です。長い間アルコール問題を抱えて酒害に苦しみ心身ともに疲れはてた末、やっと辿りついた家族の会、婦人会です。心にある苦しみを、同じ体験をくぐりぬけてきた仲間に聞いてもらうことで、心が癒されるはずです。
例えば、アルコール症の親をもって育った子どもの問題は、私たちには心の痛むものがあります。酒害者に振り回されて子どもに愛情をかけてやることができず、心に傷をもつ子どもがずっと我慢をしていることに気づかずにきてしまった方も多いのです。
断酒を継続していくための工夫は自分たちがしなくてはなりませんが、家族として、やってはいけないこと(悪い方に手を貸しているのではないか等)、家族にとっては何が大事かを理解できるようになりました。

東京白菊婦人会の毎月のプログラム
例 会 第2水曜日午後1時〜4時
第3火曜日午後6時半〜9時
家族会 第4木曜日午後1時〜4時

(4)例会で得たこと
順調に断酒できることが何よりの希望ですが、なかなか思い通りにはなりません。例え飲み続けていても、必ず断酒につながって欲しいという姿勢を崩さずに、医療、自助グループのミーティングに参加することです。辛いけれど、家族としてやるべきことを学んでいけば、心の健康を取り戻すことができます。やりなおすのではなく、新しく出発するという気持ちで、生き方を変えるために出席し続けることです。酒害はもちろん、それに関わる人間関係の問題を抱えた方々を受け入れて、心
の支えになれるように私たちは努力しています。

例会で得たこと

○酒害者の尻ぬぐいは一切やらない。
○酒害の知識を学習して気づいた人が行動をする。
○入会後夫の飲酒が9年も続いたが、やっと断酒ができて断酒会に入会した家族がいます。
○断酒していても、本人が断酒会を拒否して10年の歳月が過ぎ、ある機会から入会してずっと断酒継続している家族もいます。
○夫が断酒していても不満や注文がつもり、夫との戦いが続いていたが、ある機会に問題は夫ではなく、自分の問題、自分との戦いであることに気づいた、自分が変ってきたのではないか、と話す方がいました。
○同じ体験をもつ会員の話を聞き、酒害者に、酒が悪いこと(節酒では無理なことも)を、チャンスをつかんで伝えることができた方もいます。

(5)東京白菊婦人会の行事等について
年間行事として次のことを行っています。
○白菊教室
毎年二月に会員の体験発表があり、専門の先生をお招きして「家族の役割り」「酒害者との関わり」「共依存について」等、テーマを決めた講演があります。講演の後、必ず質疑応答の時間を設けています。
○一泊研修
毎年5月にヌエック(国立婦人教育会館)で行います。テーマを設け、時間をかけて話したり、聞くことによってお互いを理解し、これからの人生の糧としています。

○レクリエーション
会員相互の親睦を図るために旅行会、食事会、バザー等を随時行っています。

自助グループはなぜ有効なのか

一番飲酒しやすい時間帯(夕方から夜)に自助グループに参加することで飲まずに過ごすことができる断酒会やAAなど自助グループの集まりは通常は平日の午後7時から午後9時まで開かれます。この時間帯は一般の人でも仕事が終わって一番飲酒するときです。アルコール依存症者にとって最も危険な時間帯であると言えます。この時間帯に自助グループに出席すれば、アルコールのない「安全な場所」で守られることになります。
アルコールから守られている場所があるということは、特にやめたてのアルコール依存症者にとってはホッとする場所です。アメリカではアルコールをやめたての人に対するアドバイスとして、AAに「90日90回」、つまり、最初の3ケ月は毎日参加して、安心感を得るようにという勧めがあります。自助グループの集まりは週単位や月単位で行われています。毎日参加することができなくても、そうした週・月というサイクルで参加することにより、生活の中にリズムができます。リズムができることによ
って、精神的な安定や計画性も生まれてきます。アルコール依存症にとって、自助グループに定期的に参加することは回復の基礎作りです。

アルコール依存症で酒をやめなければいけないのは自分ひとりでないことで安心する
アルコール依存症は孤独になっていく病気です。当初は一緒に飲んでいた飲み仲間も「ペースが合わない」「毎日遅くまで付き合っていられない」「酒癖が悪いからあの人とはもう一緒に飲まない」といったような理由で離れていき、依存症者の側からも「店で飲むより自分の部屋で飲んだほうが安上がりだから」といったような理由のために1人で飲むことが多くなります。
飲酒問題が進んでくると肝機能障害を指摘されたり、内科などへ入院したりしたことを契機に、職場などでは表向き「酒をやめた」ということになっている依存症者もいます。こうなってくると、「あいつのほうがたくさん飲んでいるのに、なんで自分だけ酒をやめなきやいけないんだ」といった不満や「酒ぐらい上手に飲めないなんて、自分は本当にだめな人間に成り下がった」といった自己憐惘の気持ちが強くなってきます。こうしてますます飲酒を繰り返し、アルコール依存症のアリ地獄に陥っていくのです。自助グループに参加してみると、そこには酒をやめなければいけない人が大勢参加しています。やがては「酒をやめなければいけない」という幾分消極的な姿勢ではなく、「酒をやめたい」「飲まない生活をしたい」という気持ちで積極に参加するようになります。「自分ひとりではなかった」「ここにつながっていれば酒をやめていけるかも知れない」という思いから安心感が生まれます。

酒をやめていることを喜び、励ましてくれる仲間がいる
アルコール依存症者の自助グループは、アルコールを飲まないことを目的に集まっていますので、何よりも飲まない状態を続けていることを喜び、励ましてくれます。
アルコール依存症者が飲酒している時期には、周囲の人たちからは、非難をされたり、無視されたり、嫌われるといういやな経験をたくさんしています。そのため、自尊心がズタズタになっています。自助グループでは飲まないでいるだけで(だけと言っても、これがアルコール依存症者には難しいのですが)賞賛と励ましが与えられるのです。
依存症者の周囲の人たち、例えば家族も本人が飲まないでいることを喜び励ましてはくれるでしょうが、同時に長年の飲酒からくるわだかまりや再飲酒の不安も抱えているので、素直に喜んでくれないこともあります。
例えば、依存症者がふと「飲みたいなあ」と言ったとしますと、家族の心の中にはその一言で不安が巻き起こり「まだ、そんなこと言っているの!」というように本人を責めてしまうことがあります。その点、自助グループの同じ経験をもつ仲間たちは、「無理もないよ。まだやめて1年じゃ」「俺は3年やめていてもまだ飲みたいよ」といったような共感した答えが返ってきます。非難されることはありません。こうした雰囲気の中でこそ、依存症者は自分の正直な気持ちを吐露でき、ストレスを解消できるのです。職場や近所の人でも本人が飲まないことを喜び、励ましてくれる人はいるでしょう。しかし、アルコール依存症についての理解が十分でない人からは「もうそろそろ飲んでもいいんじゃないの」「少しなら大丈夫だから飲みに行こう」と誘われる危険もあると思います。
自助グループにはよい意味での楽天主義があります。「飲まないといらいらする、眠れない」といった訴えや、「飲んでいたときのほうが人ともうまくやれた。ストレス解消できた」などという不満にも「私もそうだったけれど、飲まないでいれば何とかなるよ」と励ましてくれます。

長年、酒をやめている人から、自信と勇気が得られる
自助グループに出席すると長年アルコールをやめている人に出会います。5年や10年、あるいはそれ以上やめている人も珍しくありません。初めは信じられないかもしれません。
そうした人たちが定期的に自助グループに出席している姿に接すると、アルコール依存症という病気からの回復の難しさとすばらしさとを同時に感じます。その人たちも自分と同じような飲酒問題があり、病院に入院し、自助グループに最初はおっかなびっくり出席したという話を聞く申で、アルコール依存症からの回復の自信と勇気が得られるのです。

自分のアルコール問題を素直に認めることができるようになる
アルコール依存症が他の病気に比べて回復が難しい理由として否認の心理があります。「自分は飲酒の問題はない」「たまたまストレスがたまって飲みすぎただけで依存症ではない」といったような否認が、特に治療を開始した当初の依存症者にはよく聞かれます。こうした否認を取り除いていくには、無論、医学的な説明や専門家の行うグループセラピーやグループワークも有効です。それにも増して有効なのは、同じ問題を抱えている人たちの集まる自助グループの受容的な雰囲気の中で、回復している人たちが率直に語り合う体験談を聞くことです。
自助グループに出席している人たちはすでに否認を自覚し、克服しつつあるプロセスをたどっているので、どうして否認したいのか、否認していけばどうなるのか、素直に飲酒問題を認めればどんなに清々しい心境になるのかを身をもって示してくれます。

アルコール依存症者にとって節酒が不可能なことや再飲酒がいかに危険かについて教えてくれる
アルコール依存症になると飲酒のコントロールが効かなくなるということは、医学的な知識としては、治療教育プログラムの中などですぐに教えられる事柄です。しかし、アルコール依存症者は先に述べた否認のために「自分だけは上手に飲める」とか「これだけやめて元気になり、勉強したのだから今度は上手に飲んでみせる」といった気持ちにすぐなってしまいがちです。この点についても自助グループは有効です。自助グループの参加者が繰り返し節酒は不可能なことについて話してくれるだけではありません。中には自助グループに出席している人でも「節酒する」と断言して、その結果入院してしまうような実例までも見せてくれる人がいるからです。再飲酒の危険性についても自助グループは豊富な経験をもっている人の集まりと言えます。いろいろな理由があるにしても医学的な治療や自助グループヘの出席など、治療する行動をやめてしまった人が再飲酒した話がよく話されます。
さらに、職場や家庭など酒をやめてからも残る飲酒時の傷跡をどう解決していくかについての適切なアドバイスがないと、日常の些細なことから再飲酒に走ってしまう危険をうまく回避できません。自助グループの仲間からの生活に密着したアドバイスと専門的な見地からの専門家のアドバイスとを合わせれば、再飲酒を防ぐ最良の方法となります。

日常生活で起こるストレスを話したり人の話を聞いたりすることで解消できる
アルコール依存症になる過程で多くの依存症者は、ストレスに対して弱くなってしまっています。アルコールには確かにストレス解消の効果があるのですが、依存症まで進んでしまうと、アルコールによる心身の不調がストレス解消よりもストレス増大の要因になっています。その上、それに気がつかない(先ほどの否認もある)ことがさらにやっかいな事態を引き起こしてしまいます。また、ストレスに対処する方法を安易にアルコールに求めることにより、元来は多様なストレス解消の対応方法(運動、休息、趣味、人との交わりなど)を狭めてしまっていることも加わります。そのためアルコールをやめてからの依存症者は、ストレスを以前よりも感じやすくなっているのですが、アルコールをストレス解消の手段として使えないという苦しい立場に匿かれてしまいます。

自助グループに出席すると、家庭や職場で感じるストレスを率直に話すことができ、胸のつかえを取る
ことができます。また、他の出席者の話に共感し、ときには同じような経験に対して共感的な笑いも出ることがあります。笑いはストレスを解消する最もよい手段の一つです。笑いのあるのが良い自助グループの目安ということもできるでしょう。
自助グループの中で人の話を聞いたり自分の話をしたりすることで対人関係の練習ができるアルコール依存症者の中には病気の進行に伴って、人としらふで対話することが苦手になってくる人たちがいます。人との対話の中で大切なことは、話すことよりまず聞くことです。
アルコール依存症者全体に見られる傾向として、人の話を聞かないということがあります。話をじっくり聞かずに、早飲み込みや早とちりの傾向があるのです。これは酔っ払い同士でお互いが自分の話しかしていない状態の延長であるとも、アルコールをやめた後のイライラなど落ち着かないためであるとも説明されます。人の話をろくに聞かずに対話はできません。
自助グループでは自分が話している時間より人の話を聞く時間が長くなります。人の話を聞くという習慣が身についてきます。アメリカではアルコール依存症者が人の話を聞かずにしやべってぱかりいるので、「耳に詰まっている綿を取って、口につめろ」というようなせりふがあります。
話すことが苦手な人もいます。「元来、はにかみ屋で人と話すときには緊張した」「飲むと気が楽になり、よく話せるようになった」という声をしばしば耳にします。そのため「アルコールをやめたら、仕事でも人前で話すようなときに、とても緊張して思ったように話せなくなった」「以前はよくけんかをしてやりあったのだが、今は女房と話したくてもまともに話せなくなった」「結婚式などでスピーチを頼まれたが、飲まないでやれるかととても心配した」というようにアルコールをやめてからのコミュニケーションがうまくいかないことを強く意識するようになり、ときにはそれが再飲酒の引き金になることもあります。
自助グループでは自分の体験を語ることが活動の中心ですので、しらふの状態で人前に出て話す機会が多くあります。その積み重ねによって人とのコミュニケーションを円滑に行うことができるようになります。また、自助グループの決められた時間の中でどのような話をしたらよいかという勘も働くようになり、回りくどい話をしていた人が要領よくまとまった話をする訓練にもなります。ときには、見事な体験談をユーモアもたっぷりに話す方が「私は以前、口下手でしらふでは人前で話せなかったんです」というので信じられないこともありますし、そうしたときこそ自助グループのもつ効果を実感するのです。

自助グループの仲間の体験談から、自分の過去を見つめ直すことができる
アルコール依存症からの回復にとって自分の過去や現在をどう見つめ直すか(専門的には「自己洞察」と言います)ということは大変に肝心な点です。最近では「ナラティヴ・セラピ—」の考え方が端的に述べているように「自分とは自分についての物語である」という言い方まであります。ナラティヴ・セラピーとは「自分」は「自分についての物語である」という考え方に基づき、その物語を援助者やグループの中で書き換えていくことによって治療・回復を図る治療法であり、近年注目を浴びている。アルコールで失敗してしまったという人生についての絶望的で投げやりな考えをどう克服していくかが大きな課題です。
自分の失敗してきた過去を率直に見つめることは難しく苦しい作業です。家族から「ああだった、こうだった」と言われると本当のことであると思ってもカチンとくるものです。その点、自助グループでは各人がそれぞれ自分の話をするのですが、それがアルコールというテーマで重なり合い、鏡を見るように自分のことが見えてくるという不思議な効果を生み出します。その中から今までの問題がアルコール依存症ということによって引き起こされたことや自分の責任はその病気から回復することにあると気づくことで自己洞察を深めていくことができます。そして、自分の人生の失敗を嘆くことから説して、その失敗も成長の一部であったという肯定的な見方ができるようにもなるのです。

自助グループに助けを求めに来たアルコール問題に悩む人を助けることで、人の役に立つことができる
アルコール依存症は、内科疾患や離脱症状の苦しみに加えて、生活や人間関係を破壊し、自尊心もズタズタにしてしまう病気です。依存症者本人は他人からも非難されて、心の中は、怒りや恨み、後悔や自己憐憫といったマイナスの感情で満たされてしまいます。
自助グループに参加して、アルコールを飲まない生活が2〜3年経って安定するようになると、アルコール依存症によるそうした数々のマイナスの体験が、新たに自助グループにつながってきた人たちに対しては、今度は仲間意識を呼ぶものとなり、問題を克服しつつある人としてのモデルとなってきます。人の役に立つことは大変心地よい経験ですし、ある意味ではマイナスが大きければ大きいほど役に立つとも言えます。
このことは自助グループの効果の中でも特に「ヘルパー・セラピー原則」と言われています。「ヘルパー」とは言うまでもなく「助ける人」という意味です。専門的な援助は万万通行です。例えば「ホームヘルパー」は、高齢者の家庭に行って、高齢者のために身体介護や家事の援助をして高齢者を助けます。自助グループの中ではこのヘルパーとなること自体が治療(セラピー)にもなるわけです。初心者として自助グループにつながった当初は助けられる側であった人(ヘルピーとも言います)も、時間が経って経験を積めばヘルパーになれます。また、3年間自助グループでアルコールをやめた人は一年目の人に対してはアドバイスをするヘルパーとなり、10年目の人からはアドバイスをもらう側(ヘルピー)となるといったように両方の役割を同時に経験することもあるでしょう。このヘルパー・セラピー原則は自助グループによる回復を促進する大変貴重な経験です。
実際の自助グループの断酒会では会長をはじめとした役員の仕事がありますし、AAではAAのサービスやAAにつながってまだ充分になじんでいないメンバーの相談相手となるスポンサーの活動がこの原則の生きてくるところとなるでしょう。

 

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