ノックビン(ジスルフィラム錠) アルコール依存症治療薬

アルコール依存症治療薬レグテクトから抗酒剤ノックビン(ジスルフィラム錠)に変更。強制的に酒を飲めない体質にする訳だから、抑止力の差は歴然。

女性のアルコール依存症が増えている

      2016/12/10

女性のアルコール依存症が増えている

アルコール依存症者のことといえぼ、大体が男性である。だから、依存者の妻の性格分析などの研究などがあるのに、女の依存者の夫の研究などは残念ながら見当たらない。しかし、アル中(以下はアルコール依存症で統一する)は男性の特権ではないし、女性もけっしてアルコール依存症にならないわけではない。なにぶんにも数か少ないから、重大問題視されなかっただけのことである。しかし、近年は女性依存者の数もしだいにふえている。だから、このあたり
で、女のアルコール依存症のことにも触れておこう。女性に対する差別をなくす意味でも、また。女性アルコール依存症者に対するエチケットの意味でも一言御挨拶申し上げるべきであろう。フィンランドのヘルシンキのアルコール依存症治療センターのペカ・キビランタ博士によれば、アルコール依存症の女性は男性に比べて軽症であること、男性のように社会からつまはじきにされる率は少ないことなどが指摘されている。大体、悪いのは男性で、女をアルコール依存症にするのは夫であり、半数以上は夫がアルコール依存症である。中年以降にアルコールに走る場合は、夫を失ったときなどで、アルコール依存症者の9%は未亡人だという。だが、ドイツにおける男女比が10:1から、最近は7:1になったという報道もあり、女性の飲酒者の増加傾向は否定できない。

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もともと、日本の神話の中に出てくる酒づくりの仕事は、女性の役であったようで、少女が「かんで(噛んで)作った」といわれる。酒づくりに出かせぎに行く人を「杜氏(とうじ)」というが、この字は昔は「刀自」と書いた。「名言通」によれば、「凡そ刀自はもと老女の称なり。されば老女にて酒を作りしならん」とある。少女の役が、老女の役に廻ったのはいつの時代かわからぬが、昔は酒は女のつくるものであった。もちろん、飲む方も昔は男女平等だったろうことは、古代エジプトの壁画にも残っている。また、「天岩屋戸」のアメノウズメノミコトがあの酒宴に加わっていたことでもわかる。しかし、時代とともに男尊女卑の思想が女性の飲酒者を減らしたことは確かでもある。
外国における女性のアルコール依存症者の増加傾向は、女性の社会内での自由や解放と無関係ではないといわれるが、一般的にいって、20代の低年齢層にはアルコール依存症者はほとんどないことから見ても、男性とは異なることは疑いない。
女性の場合は、身体面からすれば、性機能への影響がいちばん心配される。大酒は女性ホルモンの分泌低下を来たし、女性を男性化させる。大体、閉経期の前後にアルコール依存症者が急激に増加するので、その年齢層の心理・身体的不安定がアルコール依存への道をたどらせると考えられる。
女性のアルコール依存症者はでき上がりかはやい。飲酒の動機が、自己嫌悪、性的役割における不安定さなどが多いので、ひとり酒(かくれ飲み)になる。それだけにブレーキがききにくいのである。初老期におこるうつ病との関係を指摘する人もいる。もちろん、水商売に入った女性の場合のアルコール依存症者はおのずから別の動機によることはいうまでもない。
この頃は、正月などには女性の作家や女優さんの飲み比べ大会などがテレビで放映されたりする。横綱は誰、大関は誰という番付まで発表される。現役組について書くのは、さしさわりもあろうか、作家の林芙美子女史などは酒豪から酒仙の域に達していたともいわれている。しかし、同女史は世俗的な意味では薄幸の人であった。酒はやはり、豊かな心、幸せな生活とは縁の遠いものなのかも知れない。
女性の耐酒性は男性とほとんど変わらない。篠原氏の「日本酒仙伝」によれば、「昭和のはじめ埼玉で聞かれた大酒会で、大関は61歳の男子・1斗2升、張出大関は女性で9升5合だった」とある。女性も飲酒の上では男女平等のはずだが、アルコール依存症者の出現率まで平等になることもあるまい。

アルコール依存症の末路

脳の萎縮が起こってしまえば、それは元には戻らない。そして、脳の萎縮が起こりはじめると依存者は急速に社会的立場を失ってゆくし、また、経済的にも困ってゆく。家族の離散、離婚、浮浪、そして犯罪、やかては自殺への道をたどることさえある。アルコール痴呆となって精神病院の片隅で死を待つ身は末路の哀れさのきわみである。
もちろん、急速にそこに至るのではないがアルコール遍歴の旅路の果ては、まさに「死に至る病」への道程でしかない。
私の前に診察を受けに来るアルコール依存症者があるとしよう。その大部分は、父、母、妻、子供達に説得されつくした結果、重い重い腰をあげてやってくるが長時間、診察の時間を待たされていることでいらいらしている。

ある診察室で

アルコール依存症者は医者の前では取りつくろう「別に、そんな中毒になんかなっていませんよ。止めろといわれれば、いつだって止められるんですよ。現にきのうからは一滴も飲んでいませんよ」
〔陰の声〕一彼の吐く息はアルコール臭に満ちている。
「仕事の方も順調にやっていたんですよ。ちょっと風邪を引いて休んでいただけなんですよ。それを会社の連中がとやかくいうんですからね」
〔陰の声〕一家族の話をきけば、もう数回、転職している。どの職場でも、2日酔いでろくに仕事もしないし、休憩時間にも抜け出して酒屋に走る。そして同僚、上司に迷惑をかけている。
「家の連中は大げさなんですよ。ちょっとした夫婦げんかは、先生だってするでしょう。本気で相手にすることなんかないんですよ」
〔陰の声〕‥酒が足りないといって、女房を蹴とばし、うるさいといって台所から包丁をもち出し、女房の背中に切りつけた。
「入院ですって、とんでもない。そんな必要はないですよ。女房も子供も、なんでも私を入院させたがっているようですがね。一体、なんのうらみがあるんですかね。私が食わせてやってきたのに。多少、疲れているから、体むのも悳くはないが、でも、あす、仕事の相談で、Aと会う約束かありますから、それを済ませないと入院は具合悳いですわ。2、3日したら、必ず来ますよ、男の約束ですからね」
〔陰の声〕‥Aとの約束などまったくあてにならない。仕事の方はすっぽかしのままで、誰からも相手にされていない。……
さて、彼の話だけ聞いていたのではらちがあかない。かといって、無理やりに入院させれば、人権問題にもなりかねない。ことによると本人のいうのが本当で、家族が大げさにいっているかも知れない。しかし、このような会話のやりとりだけでは、アルコール依存症とは決めかねるとはいえ、アルコール依存症者の大部分は、医師の前では、このようにとりつくろうのである。
もちろん、そのほかの多くの質問や身体的な諸検査から、結論づけていくのだが、その際、ここまで至った経過をくわしく家族や同僚、先輩から聞いていくとなるほどと納得がいくのである。
やや統計か古いが、1950年代で、アメリカの人ロ1億9500万人のうちの6500万人が過量飲酒者で、800万人は常習飲酒、問題飲酒者は400万人あり、そのうちの半数は企業労働者であったという。これらの200万人は90%か、35〜50歳までで、その能率は平均して半分である。そのために失われる総稼働日は実に2970万口となる。一ロにいって、2日酔い休業で失われた損失額は10億ドルともいわれる。
1965年、カリフォルニア州の統計で、産業従事者の3%がアルコール依存症者で、一年間に20億ドルの生産高減収となったという報告、同じくカリフォルニア州で産業従事者の8.5%がアルコール依存症だという報告もある。
季節労務者、工員、運転手、農業、商店、セールスマン、行商、会社員、官吏等の順にアルコール依存症者数の多寡が並べられるが、産業労働者の中にももちろん多くのアルコール依存症者はおり、生産業務がその飲酒のゆえに停滞することははなはだなげかわしいことである。

山谷・釜ガ崎

季節労務者のすべてではないが、その中の多くが、アルコールから浮浪への道をたどり、そして落着くところは「どや街」と呼ばれるところである。
わが国の東京・山谷、大阪・釜ガ崎はまさにどや街の典型であるか、そこは簡易宿泊所、簡易アパートが密集している地区であり、7000〜8000人の労務者がその日ぐらしの生活を送っている。社会学者は。スラム々と呼んでいるが、山谷も釜ガ崎も不安定雇用、低収入、貧困という点ではその定義にあてはまる。しかも、これに過量飲酒が加わり、生活はいっそうみじめとなる。ただ、諸外国のように麻薬や犯罪の混床にはなっていないで、むしろ、社会からの脱落者、底辺労働者の阪ずまいの色彩が強い点が特徴でもある。
ここに集まる人は、酒で身をもちくずした人もけっして少なくはない。また、ここに入ってアルコール依存症になった者もないわけではない。いずれにせよ、アルコール依存症者の数が多いのである。
山谷の健康相談室で診療をつづけている枡取医師は、山谷の過量飲酒者を大きく2つのタイプに分ける。
「身体合併症型」と「社会不適応型」である。合併症型は、結核、糖尿病、胃潰瘍などの疾患の悪化、ないしはそれによる死への恐怖か酒へ走らせる。不適応型は家庭、社会への適応のできないものである。
釜ヶ崎あいりん地区のアルコール依存症者の健康管理を担当している大阪市立大学の小杉博士は、その特徴を単身労務に求める。そして、この地区のアルコール依存症者は、妻との生き別れが多いという。ここでの生活は3年未満か50%を占めている。そして、飲む酒はウイスキーと焼酎で、ビールはまったくなし。これらのアルコール依存症者は、また低地区へと流れてゆく。
摂取医師によれば、彼等の死因は、
・事故死群-自殺、災害死(高所からの転落転倒による)
・病死群-肝硬変、胃穿孔、脳出血

となる。昭和48年の山谷の死者127名中事故死20名、うち18名はアルコール依存症であった。
アルコール依存症者の旅路の果ての凄惨な最後である。
自殺・傷害・殺人
アルコール依存に流れるのは自己破壊行為だと考えられている。だから、アルコール依存症者の末路は自殺に結びつくのではないかともいわれる。しかし、実数としては必ずしも多くはない。アルコール依存症者はアルコール依存症になることによって仮面自殺(hidden suicide)を企てたものとも考えられる。「依存そのものによって自殺行為をしているものが、新たな自殺を意図することはない」という学者もいる。
だか、イギリスのフォールズ博士の研究では、飲みはじめの年齢と関係しており、若年飲酒開始者(early starter)は、犯罪歴も自殺企図も多いといっている。また、見かけ上は事故死であっても、実際には自殺であるケースもけっして少なくはない。一般的にはアルコール依存症者は外部に向かって攻撃的態度をとるが、外に向けた攻撃性が自己へ向きかねるときに死への衝動が起こるらしい。自殺学の権威の大原健士郎博士は、アルコール依存症者は、自殺末遂に終わる例はけっして少なくはないと結論している。
酔った上のでき心に対して、日本人は割合寛大である。だが、次の図を見ると飲酒を犯行の理由づけに使う率が年々ふえていることがわかる。
罪名別犯行時飲酒率を見よ。傷害、公務執行妨害、放火、殺人、わいせつ・姦淫、詐欺の順となっていて、急性中毒例が多いか、アルコール依存症者もけっして少なくはない。ある外国の統計では、殺人の31%、自殺の36%が飲酒と関係しているというし、また、別の統計では、アルコールは殺人の64%、暴力犯の70%、火器その他の暴力犯の50%にも及んでいるという。傷害、殺人などの例は、複雑酩酊とか病的酩酊の一部が関係するか、わいせつ、詐欺、恐喝、強盗の類はアルコール依存症者の犯罪としてその数も多い。酔っぱらい天国などとほくそ笑んではいられない。
無銭飲食、わいせつ、自動車事故
アルコール依存症者の3大犯罪をあげれば、次の3つだといわれる。
⑴無銭飲食は、酒屋の掛け売りのふみ倒し、飲み屋のつけの不払い、そればかりか食堂での無銭飲食とあいなる。
⑵わいせつ行為の多くは、婦人の前での性器の露出、同性愛行為、獣姦、小児に対するわいせつ行為などで、直接的な強姦などはむしろ少ない。
振戦せん妄症、幻覚症やアルコール性嫉妬妄想のため、他人に対する傷害、妻殺し、子殺しなどもアルコール依存症者の末路として数えあげられる。
⑶もう一つ重大な犯罪行為は、自動車事故である。アメリカの話になるが、自動車事故死の49%、20〜29歳の自動車事故死の66%が飲酒と関係している。わが国では考えられないが、飛行機事故死の50%も酒酔いである。わが国の例では、1975年度交通事故原因別では、酒酔い運転は全件数の3・8%ということであり、違反種別では4位である。

ニューヨークでは、自動車事故後24時間以内に死亡した運転者の51%は飲酒していた。その血中濃度は0・25%を越えていた。さらに飲酒運転者の45%までが、アルコール依存か、アルコール過量飲酒者だったとの統計もある。
1962年に内田亨博士の調べでは、ドライバー1万2311人の中に305名の精神障害者があったが、アルコール依存(中毒)は14名だったと報告している。その調査でいちばん多か
ったのは精神分裂病で213名だった。このデータで安心してはならない。最近の統計では、大きな自動車事故に飲酒か関係していることは明らかである。アルコール依存症者とまではいかなくても、アルコール常用者である場合が多いことは疑いのない事実である。
「飲んだら乗るな。乗ったら飲むな」という交通標語か、今ほど重みをもってせまってくることはない。

アルコール依存症と精神病

アルコール依存症から精神病になることは、アルコール精神病の名があるとおり、たどりうる道である。もちろん、このことは精神病を狭い意昧にとった場合のことである。アルコール依存症は精神障害を伴う疾患である。だから、それ自体、精神医学の対象になっている。一方、アルコール精神病と狭義の精神病の区別の問題にかぎらず、最近はアルコール依存症になる人の中に、うつ病の既往をもつ者が多いという指摘やアルコール精神病で治りにくい人の中に、もともとなんらかの精神病が潜んでいたと思われる症例がふえている。
ジェリネック博士なども、アルコール依存が内因性精神病者の一症状として出ることがあるといい、「分裂病飲酒者」「噪うつ病飲酒者」などという名前までつけている。
ドイツの有名な精神科医のマンフレッド・ブロイラー教授は、
⑴環境・機会的アルコール依存症⑵神経症的アルコール依存症⑶性格異常的アルコール依存症⑷2次的アルコール依存症などにアルコール依存症者を分け、⑷の中に精神分裂病者を加えている。嫉妬妄想などはアルコール依存症者の中でも、分裂病と親和性か強いようでもある。アルコール依存症ということで
精神病院に入院した人について調べると、5〜12%は精神分裂病の合併が認められている。この程度では、分裂病とアルコール依存症の親和性は特に強いとはいえないが、蹄うつ病になるとだいぶ事情が違ってきている。
モーガン博士が1970年に心理テストのMMPIを用いて、100名ずつの男女のアルコール依存症者を調べたところ、次の5つの特徴が見つかった。
⑴躁的傾向⑵うつ的傾向⑶性格異常⑷ヒステリー⑸受動うつ病
⑴と⑶は重症者に多く、⑷は軽症者⑵は中等者に多い。
中等度のアルコール依存症者にうつ病が多いということは、うつ病の研究家として名高いキールホルツ教授も認めている。うつ病者は、不安・焦燥をとり除く目的で飲酒する。それがつい深酒になる。噪病者ももちろん深酒をするが、一般的にいって蹄病者の数はうつ病者よりはるかに少ないし、噸うつ病で両期をもつ者でも、うつ病の病期の方が長いので、うつ状態のときの飲酒がアルコール依存症に向かわせるといってよい。
ただ、統計的な資料では、アルコール依存症者のうちの1〜4%くらいに噪うつ病者が認められるくらいで、数の上では多いとはいえない。しかし、著者の同僚の葉賀弘君の研究では、うつ病者がアルコール依存症になることもあるが、アルコール依存症からうつ病に移行する例のあることを認めている。ついでにアルコール依存症とうつ病について一言付加しておきたい。前にも書いたが、きわめて大胆にいえば、
若年飲酒開始者(30歳以前)アルコール依存症からうつ病になる。
高年飲酒開始者(40歳以後)うつ病が基礎にある。
という公式的な考え方もできる。
アルコール依存症のうちでも特殊な形の濁酒症の場合は、ある日突然に飲み出し、数日酒ばかり飲むという状態になるが、基礎に気分変調がひそむと考えられ、その気分を変化させる疾患かうつ病や、てんかんなどかもしれないともいわれる。
以上から結論めいたことをいうのは無理かあるが、アルコール依存症者の一部には、精神分裂病、躁うつ病、てんかんなどの精神病や神経症との合併もありうる。しかし、全般的にはアルコール自体による脳の変化によって、自己破壊に導くものと考える方が妥当のように思われる。
このようにして、アルコール依存症者は精神的には、多くは性格変化といわれる人柄の変化をきたし、それに身体的な合併症が加わって社会から脱落していくのであるが、その結果がどのように子孫に報いていくかが心配になる。

親の因果は子に報いる?遺伝を考える

アルコールと遺伝の問題は誰もか心配するところだ。しかし、酒飲みの子が酒飲みだという例はあったとしても、逆の例もあり、飲酒傾向か遺伝的に規定されるというほどではないらしい。
前述したようにアルコール依存の成立には、依存者に特有な代謝の型として、アルコールを求める栄養の欠陥があるという「遺伝栄養学説」というのがあったし、アルコール嗜好ネズミの例もあった。ジェリネック博士も4372例のアルコール依存症者の親の、実に52%がアルコール依存症
者であったとも報告しているので、アルコール依存症は遺伝するかも知れない。古い統計になるか、
わか国でも戦前に神奈川県下で行われた調査で、1日5合以上の過量飲酒者は1・5%あり、その9%に酒乱者があり、その子に過量飲酒者が多かったという報告もある。
一般人口の中で、アルコール依存症者の数は2%足らずであるか、アルコール依存症者の子供では25%にもなる。
本当に素質が遺伝するのか、あるいは飲む雰囲気が子供にも影響していくのか「遺伝か、環境か」の議論はたえない。
次の結果か結論になるかどうかは、読者の判断にまかせるが、遺伝か環境かの決め手はなかなかないものだとわかるであろう。

問題
A群:親が確実にアルコール依存症の子供36人。
割合小さい時期に里親に出され、アルコール依存症者でない親に育てられ成人した。(20歳を越えた)
B群:アルコール依存症でない親から離れた里子36人。
▽21歳以後にA・Bを比較し、アルコール依存の傾向はどちらに多かったと思う
か。(ロー博士の調査例)

(答え)両群間に有意差なし
批評:21歳ではまだ依存者が出るか出ないか比較してもわからない。依存者の平均年齢は40歳くらいだから、もう少し先まで見なくては!
アルコールが直接、精子や卵子の発育や、受精に対して重大な影響を与えるという報告は、幸いなことに見当たらない。たとえば、アルコール依存症者の子供に奇形児が出たという報告もない。
ただ、子供の中に性格的な偏りをもった異常児が多いなどという報告を出した人もいるが、これもアルコールの直接の影響というよりは、環境的なものがかなり関与しているらしい。また、大酒家の子供には、精神薄弱か、頭の弱い児が出るというのは俗説であって根拠に乏しい。遺伝説に関しては、それほど深刻に考えなくてもよいのかも知れない。

酒は人も作品もかえる–作家の最期

アルコール依存症者の末路について縷々述べてきたが、この章の最後に、アルコール依存症に悩んだ作家に登場してもらい、その末路の悲哀を代弁してもらおう。
○葛西善蔵の場合
「自分はその狭い植え込みの中に、動く黒い姿を認めた。ゾウーとした感じにうたれた。……とに角にさう云ふ黒い影が、毎晩のやうに私を脅かす。閉めておいた筈の雨戸か開放されてあり、閉めてゐた筈の障子が開いてをって、漠然とした黒い影が蚊帳の外に立たれるには敵はない……。
誇張的に云ふと、自分は毎夜毎日、訳の解らない、さう云った悪魔のやうな者に脅かされて来てゐる沢である。或るオパケは牝馬のやうに小使をたれて人を脅かした」(葛西善蔵、「弱者より)
これはまさにアルコール幻覚症の症状であるが、葛西善蔵は30年におよふ飲酒歴の結果、ここに至ったのである。彼の一日の酒量は一升といわれる。みずからも「日に一升としても年に3石6斗余り、一升5合平均とすればざっと5石、毎月4斗噂一本づつ飲んで来たわけである」と
どいていろ。
彼はついに「酒のカでやうく4時間足らずの睡眠、心気噪朧、鈍頭痛、耳鳴り、そして後頭部半面の筋肉が硬直すると云ふのか浮腫むと云ふのか」という状態から、「この分で行つたんでは、どうしたって狂死と云ふところかな。しかし発狂はいやだなあ・・。気ちがひだけは厭だ」
と苦しみ出す。やがては、夫人を打つ蹴るなぐる。原稿がて2枚でも書けると有頂天になって、室内を裸の四つんばいで、ワンワン吠えなからかけずりまわる。そしてついに酒のために生命を捧げるのである。葛西善蔵の文学の評価は専門家にゆずるとしても、その凄絶な生きざまと死にざまは、アルコール依存症者の記録として貴重であり、また、教訓的でもある。

・ポオ(エドガー・アラン)の場合
酒とアヘンとを常用するようになって、作品を丼くことができなくなった有名な探偵作家のポオも、死の直前になんとか酒から逃れようとして、美しい女流詩人ホイットマン夫人に求愛する。そして、生活をともにする約束までかち得たのに、夫人のもとにむかう途中、旧友と会ったのか運のつきで、ボルチモアの一酒場で、前祝いと飲み出して、酔って夫人を訪れたため破談となってしまう。アルコール依存症の進んだポオは、次々と多くの女性に求愛する。ホイットマン夫人にふられて半年もしないうちに少年時代の恋人に再会し婚約するが、このときも酒場で飲み、意識不明となって路上に倒れ、40歳という若年でアルコールのために生命を失うのである。

・田中英光の場合
この鬼才ともいうべき小説家も「癩顛持ちで酒乱の父」の血を受けて、酒のために生命を失ったのである。しかし、田中英光はたんなる酒のみではなく、睡眠剤をウイスキーとともに服用するというアルコールと睡眠薬の2重の依存のためにみずからの身を苛みつづけた。そして、同棲
した女、山崎敬子といさかいを起こし、口論中に包丁で彼女を剌す傷害事件を起こしたりもした。しかし、それでも懲りずに酒と睡眠薬と女におぽれ、「さようなら」「子供たちに」などの遺書風の小説を残し、自分の生命を敬愛していた太宰治の墓前で絶ったのである。
その死にざまをうたったものではないが、萩原朔太郎の詩に「酒精中毒者の死」というのがある。

あふむきに死んでゐる酒精中毒者の
まつしろい販のへんから、
えたいのわからぬものが流れてゐる。
透明な青い血漿と
ゆがんだ多角形の心臓と
腐つたはらわたと、
(中略)
こんなさびしい風景の中にうきあがつて、
白つぽけた殺人者の顔が、
草のやうにびらびら笑つてゐる。
鬼気せまるアルコール依存症者の最後である。明治大学の校歌の作者、児玉花外も酒におぼれ赤貧のうちに死んだ。酒とパピナール中毒に苦しんだ太宰治の最後は入水自殺であった。酒と睡眠薬と覚醒剤に侵され、ついに脳出血で倒れた板目安否。あげれば枚挙にいとまがない。
そのうちでも、一度はアル中にかかったが、「余所酒すること一年半にして節酒に侈りぬ、……(中略)瓢量以上の酒を飲まぬことを天地神明に誓ひ、家に伝ゑて家宝となす」と手記して、節酒を守った大町桂月は、せめてもの技いであった。

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