ノックビン(ジスルフィラム錠) アルコール依存症治療薬

アルコール依存症治療薬レグテクトから抗酒剤ノックビン(ジスルフィラム錠)に変更。強制的に酒を飲めない体質にする訳だから、抑止力の差は歴然。

アルコール依存症の自己診断

      2016/12/10

アルコール依存症の自己診断

アルコール依存症の末路はわびしい。そんなわびしい最後を迎える前に、何とか逃れる工夫はないだろうか。
自分のアルコール依存度はとこまで進んでいるのか、誰でもが知りたいところだ。そして、その自己診断ができれば、あえて「アルコール依存症」の汚名を着せられるところまで進まずにすむはずだ。
同じ考えを持つ人間はどこの国にもいる。まず、ヘイマン博士のつくった10の質問からあげていこう。
⑴あなたは、過度に飲酒をしますか。
⑵あなたは、自信をつけるためとか、社交上気分を楽にするとかの理由で飲酒をしますか。
⑶あなたは、飲酒によって身近な人を悩ませますか。
⑷あなたは、朝から飲みたいと思いますか。
⑸あなたは、時おり一人で飲酒しますか。
⑹あなたは、仕事の時間をさいて飲酒しますか。
⑺あなたは、これまでに意識をなくしたことがありますか。
⑻あなたは、禁酒したいと思ったり、それに失敗したという経験がありますか。
⑼あなたは、これまでに酪配して逮捕されたことがありますか。
10.飲消しないと、歩行時に時おり身体か動揺しますか。
⑴⑵⑸くらいで止っている人はまだ大丈夫であるが、⑶は異常酩酊の傾向が出ている証拠である。⑷⑹⑺のどれかが加わるとまずアルコール依存、特に精神的依存が成立していることを示すし、⑻⑼10は身体的依存も加わり、アルコール依存症として100%確実な診断がつくことになる。
もう少し複雑なものとなるとMAST(ミシガン・アルコール依存症者スタリーェングニアスト)というのや、アルカド・テスト(アルコール嗜癖者テスト)というのもある。
MASTは25項目、アルカド・テストは61項目あるので、自己診断用には使えない。
病院などに行くとアルカド・テストやMASTで調べてくれる。
そのほか、多くの心理テストもアルコール中毒者のパーソナリティや適応症を調べるのに用いられるか、その代表的なものはロールシャ。ハ・テストである。ロールシャッハ・テストで調べた結果では、アルコール依存症者は緊張・不安の傾向かおり、「孤独飲酒者」と「社会的飲酒者」の間で、さらに区別かある。
孤独飲酒肴は過敏で、対人恐怖、自己放棄的で罪悪感が強い。
社交的飲酒者は、甘え、依存心が強く、幼児的感情かあり、口唇霊的傾向がある。
著者の経験からすれば、
「ひとりで飲む」「朝から飲む」「家族に止められても飲む」「2日酔いで仕事を休む」「記憶が不確かになる」「量がふえる」「飲むと騒ぎまわったりする」「飲んで暴れる」「医師に注意されても飲む」「飲まなければ仕事ができない」の10項目のうち半分該当すれば間違いなくアルコール
症であると自己診萌できる。転ばぬ先の杖として、みずからを反省してほしいものだ。酒仙などといわれて鼻を高くしているとたちまち地獄落ちになること受合いである。

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アルコール依存症は治る、治せる

アルコール依存症者の家族は、口をそろえていう。「先生、本当に治るのでしょうか。もう、家の中は目茶苦茶です。お父さんの入院はこれで3回目なのです。病院の先生は治ったから引きとれとおっしゃるので家に引取ったのですが、もう帰り道で飲むんです。退院祝いというのです。どうしようもありません」
医者の答え、「患者さんが立ち直るには、白分かまず、依存者であると自覚すること。それに家族の方々の理解と協力です。病院に長期に入院させておけば、それで治るというものでもありません」
医師の答えは、なんと白々しく響くことよ。だが、アルコール依存症を治す唯一絶対の方法は「断酒継続」を他からの強制でなく、みずからのコントロールで行うことというのが医者の一致した見解だ。大町桂月のようにかっこうよく節酒しようなどといってもできるものではない。
。依存者であるということの自覚々は、まこと非情のようであるが大事なことで、それができることは治ることでもある。
患者はみずからを「アルコール依存症」とは思っていないから、自分から治療を受けるために病院に来ることはまずない。まれにあるとすれば、「食欲がない」「体がだるい」という身体的訴えで、単なる疲労ではないかと診察に来る。だから、普通は内科の診察券をもらう。みずから、神経科や精神科を訪ねるものはごく少数である。普通はやっと、家族に説得されるか、無理やりに連れて来られるか、である。中には精神衛生渋第29条の強制入院の対象として警察や保健所経由でやってくる。
精神科では、医師と患者の心的交流が精神療法的接近のためには重要だと教科書に書いてあるが、診察を受ける気のない者と無理に診察しようとする者の間によい人間関係が成立するはずがない。
最初から、患者と医師はすれ違いである。家族と患者の間ももちろん信頼関係は失われているから、家族が説明することはすべて患者にとっては不満なことばかりである。このような出発点から、かけ離れたバラバラの関係にある3者を結びつけていかねばならないのかアルコール依存症の治療の宿命なのでもある。
従来、わが国では、精神病院がアルコール依存症の治療を主として担当してきた。精神病院では、精神分裂病その他の治療が中心になるので、アルコール依存症の場合は、目的にかなった十分な治療が行われずに大体3〜6ヵ月ほどの入院で、その間に酒の気がなくなったと思われる時期を見て退院させる方法かとられていた。だから、家族から、「本当に治ったのですか」と反問される結果になる。
最近は、たんに入院させて断酒させることだけが目的ではなく、断酒期間中に本当に酒害を認識させるという。教育的治療法々に変わってきている。また、アルコール依存症を休の病気として依存形成以前の状態に戻す工夫がこらされている。それらのことについて若干触れていこう。

久里浜方式治療法

アルコール依存症の専門の治療施設は日本中に2ヵ所しかない。国立久里浜病院と国立武蔵威民所である。あとは民間の精神病院で一部アルコール依存症者の治療に熱心な医師達によって1 か所50床ほどの病棟が運営されているにすぎない。しかし、それらの病棟に共通する特徴は、大部分が
「開放病棟」であることである。
久里浜病院で、久里浜治療方式を打ちたてた河野裕明博士は、アルコール依存症治療の病院のあり方を次のように要約している。
アルコール依存症治療病院はこうあるべし!
⑴豊かな緑をもつ場所であること、運動、耕作のできること。
⑵近隣に商店、ことに酒屋があってもよい。しかし、バーや飲屋はない方がよい。
⑶大地と接触した病棟であること。高M建築はよくない。
⑷管理は人の心による責任ある体制下で行う。医師、看護婦、PSW、臨床心理士、作業指導員が緊密に結びつき、患者と人格的調和を計る。
⑸退院者、またほ地域断酒会員、家族との交流を深める。
⑹病棟内で自治会をつくらせる。
これらの原則は、アメリカにおいてマッタスエル・ジオーンズ博士が「治療的共同体」として考え出したものと共通する。従来の病院は医師、看護者、患者かあたかも将校、下士官、兵士のような関係にあって縦の支配関係にあった。それは精神的な悩みをもつ患者にはかえって圧迫惑を助長するもとになる。そこで、病院内では医師も患者も平等な立場で話合い、そして同じように一日をすごす。医師、看護者の特権意識を捨てさせて、治療に当たるという方式のことである。
このような病院で、開放を主とする理由は、入院によるある腫の行動の制限はあっても、基本的には「飲む自由」を残した上で、「飲まぬ自由」を確立させることにある。
酒から離れることはもちろんけっして容易なことではない。河野博士は、その際、安易な妥協は禁物であるという。そして、額に汗する労働の価値を強調する。酒でなまくらになっている体に力と生命とを与えるために力仕事はきわめてよい結果を生むという。
久里浜方式を踏襲する病院はしだいにその数を増している。アルコール依存症の治療が開放病相でできるのか?という一般の疑問に対し、われわれの予測もしないことが、この病院の中で起こるのを見ると、アルコール依存症の治療にほのかな望みがでてくるのである。ある患者が病院を抜け出して飲酒の上帰ってきた。他の患者達は自分達は我慢しているのにいい思いをして帰ってきたこの無断離院者に対して、自治会を闘いてどう処分すべきかを討議した。「閉鎖病棟に入れて、反省させろ」たふん、結論はそれであろうと医師達は予測した。だが、自治会の下した処分は「2日間の病院追放」
治療を受ける資格を失った行為である。顔を洗って出直してこいというのである。アルコール依存症者が本当にここまで自覚してくれば、彼らの治癒の日は近い。
特効薬捜し
アルコール依存症者というとやはりひどい性格変化や振戦せん妄、幻覚症などの重い精神障害を呈する者のことが第一に悶に浮ふが、実際飲酒者の数がふえている割には、そのような重い例は必ずしもふえていない。むしろ問題飲酒者といわれる群かふえているのである。
これらの例は潜在群とでもいうべきものである。しかし、それを見逃し放置しておくとやがては重大な障害を起こしてくる。だから、やはり早期治療がこの場合にも重要である。なんとか断酒をつづけさせる方法はないかという間いに答える一方法が嫌悪療法や置換療法といわれる薬物療法である。これは体質を依存形成以前に戻そうとするねらいももっている。

嫌酒の妙薬ー抗酒剤

酒を嫌いにする方法がありさえすれば、なにも酒から遠ざけるために病院に入院させることもない。薬を飲むだけでそれが達せられるのならこれに越したことはない。酒の嫌いになる薬はないかと誰もが考える。
昔から、2日酔いの気分の悪さは格別なものとして酒好きの間では、その防止法か真面目に考えられた。
一方、これを逆手にとって、酒に対する嫌悪感を、2日酔いの症状を再現させることで強化しようという方法があみ出された。吐剤として用いられたアポモルフィンやエメチンをあらかじめ与えておくと酒を吐いてしまう。やがては酒の臭いをかいだだけでむかっとくる。だが、いつもいつもゲーゲーと吐いているのではたまらない。こうした嫌悪療法は結局は一時的なもので長続きしなかった。
今を去る30年前のこと。
場所・デンマータのとあるゴム加工場。
A「俺は酒などに酔ったためしはなかったのになあ、この工場に勤めるようになってから、からっきしだめになった。おめえはどうだ」
B「俺もよ、ウイスキーの一本や2木、何ということはなかったに!今じゃあ2〜3拝でこのありさまさね」
2人の顔ほまっかである。しかも肩で呼吸をしている。さて、その原因は……とさぐり出したヤコブセン博士、これだとばかりに発見したのが、ゴム加工過程に用いるジスルフィラムであった。この薬はアルコールの代謝をアセトアルデヒド脱水素酵素の作用をおさえることでアルデヒドの段階で止めてしまう。博士はこれをジスルフィラム・アルコール反応と名付けた。そして、これぞまさに嫌酒の妙薬ということにあいなった。同じようなことは、石灰窒素の工場でもおこっていた。これもヤコブセン博士らの発見になる。石灰窒素はヂズルフゴフムと少し違い、アルコール脱水素酵素の働きを止めるのである。
ジスルフィラムは「アンタビュース」という商品名で知られるようになり、石灰窒素の方は、純化物かできて、「テンポジール」とか、「シアナマイド」として発売されている。
本人が酒をやめたいかなかなかやめられない。何とかやめようと努めるが意志が弱くて、酒の魔力に負けてしまう、といった例では非常によい結果が得られる。
処方‐‐アンタビュース0・4g一週間、以後0・25g2〜3ヵ月
比較的高年齢でも、一応、社会生活ができている程度のアルコール依存症者は入院を要せず、外来治療の形でこの薬で救われる。
だが、この薬、服用中に大酒をするとアルデヒドが休に大量にたまり、ひどい呼吸困難や頻脈がおこり危険になるので、本人に内緒で服用させるわけにはいかない欠点かある。だから、本人が薬を飲むのをいやかって服薬をしないと、直接の抗酒効果は2、3日しか続かないため、もとのもくあみとなる。そのためなんとか、その効果を長期化(特効化)させようとして、いろいろなことを考える。フランスでは一時、この粉薬を固めた丸薬をつくり腹壁の皮下に埋め込むことまでした。だが、これは残念ながら、あまりよい結果にはならなかった。
石灰窒素の方は、わが国でその後よく研究され、久留米大学の向笠博士がシアナマイドの水溶液を作成した。

成分名:ジスルフィラム(商品名:ノックビン・アンタビュース)
成分名:シアナミド(商品名:シアナマイド)
成分名:アカンプロサートカルシウム(商品名:レグテクト・アキャンプタス)←新商品

抗酒剤には、即効性があるシアナマイドと、遅行型のノックビンがあります。
シアナマイドは、水薬で服用後すぐに効果が現れますが、効果は1日で消失します。ノックビンの場合、効果が現れるのに長い人の場合3日程度かかり、その効果は長ければ1週間持続します。

向笠博士の新治療法
2重投与療法=シアナマイド液を患者に一定量与えておく。1回1cc程度を1日1〜3回飲用させる。一方、本人には気づかれないように家族からも1日量1〜3ccをお茶や味噌汁の中に入れて服用させる。本人が飲み忘れたり、意識的に止めても家族の方から薬が入るので、効果は発揮される。シアナマイドの効果はアンタビュースより弱いが、酒は少量でもひどく酔った感じになるので、かくれて飲んでもすぐわかる。この場合はアンタビュースのように生死にかかわるほ
どの反応は起こらない。1〜3ヵ月の治療期間で成功するものも出る。
嫌悪療法だけでなく、近年は外来で置換療法も行われる。ビタミン剤などと一緒に精神安定剤を投与することで、酒に走る衝動を押え、また、心に生じる不安を除くのである。タロルブロマジンやクロルジアゼポキサイド・ジアゼパムなどの強力精神安定剤と昭和安定剤(抗不安剤ともいう)を用いる。薬だけではなくて、支持療法、洞察療法などの精神療法も一緒に行う。抗酒剤アンタビュースによ
る治療を受けて退院した人221名の追跡・調査を2年9か月から、5年3ヵ月にわたって見たうちで、確実に情報の得られた114名の内訳では、よい状態の者は大略38%となっている。アンタビュースの治療を受けなかったが、億の治療を受けた即(対照群)と比較するとこの治療を受けたものの方が断酒継続率はよい。この表で面白いのは、女性の方が治療成績はよくない。女性のアルコール依存症者は男性より数は少ないか、程度は垂いということにもなろう。こんなことでは、アルコール依存症の治療ははなはだ心もとないとお叱りをこうむるであろう。しばし、待って欲し
い。次のデータを見てから考えよう。

ミンドリン博士は、彼のあつかった治療例から、治療成績のよい群=⑴配偶者がいること。⑵定職かあり、定収入があること。⑶聖職者、販売自営、技術者等の職業人であること。⑷起訴される事件歴の少ないこと。⑸動機づけがあること。それはみずからを変える決意、自己の役割意識に目覚める。治療のために代償を払う意志がある。⑹知能・教育程度の高いこと。哨性格として強迫的傾向をもつもの。
治療成績の.悪い群=⑴未婚者、別居・離婚者。⑵失業者、不定収入者。⑶非熟練労働者。⑷起訴例の多い者。⑸動機づけの乏しい者。⑹平均以下の知能。⑺ヒステリー傾向のあるもの。
ということになるといっている。
だから、治療の成績を決定するのは、ただたんに抗酒剤を服用するだけではなく、「医師との連絡」「家庭内での家族との折合い」「仕事の内容とそれへの取組み」その他もろもろの因子の組合せによるのであって、外科的治療のように、患部を切開すれば終わるというようなものとは本質的に異るのである。ここにアルコール依存症治療の難かしさがある。
したがって、アルコール依存症から立直ることができるかどうかは、やはり、「あなたまかせの依存心を捨てることでしかない」という、はなはだ過酷な結論となってしまう。また、治療を受ける時期か問題で、早いに越したことはないが、職を失わない以前、離婚に追いこまれない以前ということも大前提となる。
医師は回復のための手助けをすることができるだけである。だから、医療に対する過信を捨
て、患者を取巻く社会が、アルコール依存症から受ける莫大な損失に対して、患者とともに目覚めることがなければ、アルコール依存症の治療は進展しないのである。アルコール依存症はしたがって、個人の疾病にとどまらず、社会の疾病としても重大なものである。
そこで、アルコール依存症対策では先輩のアメリカでは、「脱アルコールーセンター」を人口20万につき2ヵ所造る計画をたてている。また、アルコール依存症者の社会適応のためのハーフウェイ・ハウス(病院と社会の中間施設)なども建・設している。アルコール依存症とのための施設はこの外にもたくさんある。
カリフォルニア州のアルコール対策ブログラムの中には
A・A(酒害者匿名会)
A・B・C・D(酒類販売許可コントロール部)
ALCO・PROB(アルコール依存症よろず相談所)
ALCONON(アルコールに悩む夫婦の会)
etcの諸施設がある。
わが国にも一日もいくこれらの施設がのぞまれるが、それまで、アルコール依存症に悩む諸君!しばらく「日本脱出」を試みてはどうか。

更生への道ー断酒会

アルコール依存症の治療については、常々、次のように考える。「⑴医療の関与する範囲1/3 ⑵社会家族の関与する範囲1/3 ⑶患者自身の関与する範囲柘」と。
薬だけでは治らない、治せないのである。
グラット博士は、精神療法やグルーブ療法によって、アルコール依存症者が飲酒の悪循環をたち切り、自己破壊からのがれることができる過程を図29のように示したが、孤独感からの解放が重要で、治療への動機づけのためにもグループの集いは最も効果的といわれる。
グループ療法の一形態で、アルコール依存症者の立直りにとって、大きい力となっているのか、酒害者匿名会(アルコリックス・アノニマス(AA))である。この会は1935年に米国で生れた。アルコール依存症者自身にも、みずからの誇りがある。自分自身をアルコール依存症として認めることにとどまらず、自分を。アルコール依存症者‘として人々の前にさらすことも耐え難い屈辱である。だから、これらの人々はお互に集まることをしなかったし、また、それができなかった。A・Aは患者のその心的抵抗を和らげるものである。
この会の発会の動機–アルコール依存症でニューヨークのある病院に入院していた株式仲買人A氏によると、「1人では、なかなかアルコール依存症から抜けられない。人助けをすると一緒に自分も酒から脱ける方法を」と考え、偶然、同じ考えの一人のアルコール依存症外科医B氏と相談、意気投合した。
匿名であるために恥辱感もなく、また、匿名であるから、社会に知れることもない。本会はロックフェラー財団の援助を受けて、今では世界的に発展している。
A・Aは次の一2の段階をまず進ませる。
⑴私達は、酒に打ち負かされ、私達の生活に破綻をきたしたことを認めます。
⑵私達より以上に偉大な力が、私達を正気に戻せると信じるようになりました。
⑶私達が考える意味での神経の保護に、私達の意志と生活とをおまかせする決心をしました。
⑷眼底的に唸することなく、私達自身を道徳的に吟味しました。
⑸神仏に対し、私達自身に対し、また他の人に対して、私達のどこが間違っていたかを、正しく認めました。
⑹こうした人格上のすべての欠点を、神仏に取り除いていただくように、十分に心構えをしました。
⑺私達の落度を取り除いていただくように、へりくだって神仏にお頼みしました。
⑻私達が損ったすべての人々の表をつくり、その人々すべてに償いをする気持になりました。
⑼そうすることが、その人々、または他の人々を傷つけるのでない限り、できるだけ直接の償いをしました。
(10)自分の吟味を続け、私達が考える意味での神仏とのはっきりとした交わりを進め、私達に対する神仏の御旨と、それを実行する力とをのみ祈り求めました。
(11)祈暗と瞑想とを通じて、私達が考える意味での神仏とのはっきりした交わりを進め、私達に対する神仏の御胸とそれを実行する力とをのみ祈り求めました。
(12)これらの段階を進んだ結果として、精神の夜明けを経験したので、私達はこの音信を酒害者などに伝え、またはこれらの原則を私達の一切のことがらの中に実行しようと努めます。以上のように設定された段階を心の串にきざみ込み、アルコール依存症は、酒害者みずからが進行の阻止をもくろむのでなければ成功しないという原則に立って禁酒をつづけることを誓うのである。A・Aに入会すればその日から24時間禁酒し、次の24時へ移ってゆく。ここで、A・A
の厳しい現実認識を伝えれば、「一旦酒害者になったら、一生酒害者だ」ということを銘記せよとうたっていることだ。
しかし、一方において、A・Aに集まった人々に対し、「気楽にやれ」とも呼びかける。
また、A・Aの「12伝統」という綱領もできている。その内容は、宗数的な戒律に準じるもので、「A・Aの会員たる条件は、酒をやめたいという願望である」「金銭や財産や信望などにより、目的から逸脱することのないように心がける」「A・Aは非職業的なものである」[新間、雑誌、ラジオ、映画に売名的に荷担しない」、etcが並べられている。
A・Aは世界90カ国に一万数千。所の支部をもち、30数万人の会員がある。
週一日以上の例会に出席するアルコール依存症者は、例会から何を得て帰るのであろうか。

日本の禁酒運動と断酒会
日本にもA・Aの支部がある。特定非営利活動(NPO)法人アラノン・ジャパンだ。しかし、日本ではアメリカほどに。アルコール依存症々の汚名をきせられることに罪悪感がないので、匿名である必要はあまりないらしい。現在、全国的組織をもつのが全日本断酒連盟であるが、断酒会も長い歴史の結果にようやくここにたどりついた。なかなかのいばらの道であった。
わか国の断酒会の発足は明治6年と記録されている。明治19年には京都の本願寺善通徹校を拠点とした反省会という団体が本格的禁酒運動をはじめた。明治31年には、各地の禁酒会が連合して日本禁酒同盟ができたのだが、この組織は戦争のために有名無実のものとなった。
戦後、社会党党首の片山哲氏が理事長になって再興したが、これらの活動はいうなれば、外野の応援団的色彩があった。アルコール依存症者みずからの組織は現全日本断酒連盟の大野徴氏によって始められた東京断酒新生会である。
この書を自己のアルコール依存症の治療の参考のために読んでくれた読者は前述した自己診断法に照らして断酒会を尋ねて欲しい。そして、そこで、学習することによって、一日も早く、酒とのくされ縁を断つ積極的な行動にふみ出して欲しい。それらの人々のために巻末に全国の断酒会の所在地を掲げておこう。
また、この本を読んでくれた方の家族にアルコール依存症者と思われる人があれば、医師に相談に行くことも必要だが、次の「アルコール依存症者の家族の心得」を読んで欲しい。自分が患者に対して対応している態度に誤りがないかどうかを反省し、その上で、医師又は断酒会に相談をしに行くことをすすめたい。

家族の心得に関する9ヵ条
(A・A家族会本部)
⑴酔っているとき、またはしらふのときに訓示したり、議論したり、酒を捨てたり、かんしゃくを起こしたり、飲酒の結果をかばったりしないこと。あなたの気分はよくなるかも知れませんが、事態はますます悪くなります。
⑵かんしゃくを起こさないこと。それは、あなた自身と助力の可能性のすべてをだめにします。
⑶アルコール依存症者が自分でやらねばならないことを心配のあまりあなたが自分でやってしまわないこと。
⑷約束を受け入れないこと、これはたんに苫痛をひきのばすのに役立つだけだからです。同じような点で約束を取り替えたりしないこと、もし約束をしたらそれを固守なさい。
⑸アルコール依存症者が、あなたにうそをつくのを許したり認めたりしないこと。もしそれを許すと、あなたはそれを助成していることになるのです。真実は苦しいものです。しかし、それを理解しなければなりません。
⑹アルコール依存症者をあなたよりもうわてにさせないこと。それは彼に責任をのがれることを教え、同時にあなたに対する尊敬を失わせます。
⑺アルコール依存症者にあなたを食い者にしたり、利用したりさせないこと。そうさせることによってあなたは責任の回避の共犯者になります。
⑻以後に、この手引きがあたかも規則集であるかのように従う必要はありません。これは頭を働かせ慎重に吟味しつつ用うべき案内にすぎないのです。結局はもしできたらA・A家教会に出席し適当な専門的な助けを求めるべきです。あなたはアルコール依存症者と同様に治療が必要なのです。
⑼なににもまして、アルコール依存症は進行性の病気であり、飲酒か続いたらますます悪化するという事実を直視するのをなおざりにしないことです。回復について学び、理解し計画することを今から始めなさい。何もしないでほっておくほど、悪いことはありません。さて、家族の人々に最後に告げよう。A・A家族の心得をもってしてもなおいかんともしがたく、どうしても医者に相談したいと思うほどに深刻な状態であったら、
A都道府県立精神衛生センターヘ相談に行くこと。
B本人がどうしても医師の診察を拒むとき、保健所の精神衛生指導員に説得を頼む。
C本人か家の中であばれたりして危険なとき、配剤者規制法(後述)により警官に頼む。保健所を遥して精神衛生鑑定を受け精神衛生渋第29条による入院をさせてもらう。
以上のような方法が最後手段としてあることも知っているに越したことはない。

アルコール依存症にならぬために

断酒会に入会しないで済むことができれば、それがいちばん幸せなことなのだ。それはまたアルコール依存症にならぬために! という予防法でもある。
法律は役立だない
アルコール依存症は法律で規制すれば、予防できるなどと考える人はいないか、アルコール依存症にならぬために国はどんな対策をとっているか知っている人も残念ながらないだろうと思う。
われわれが、高校や大学生に酒に関する意識調査を行った結果でも、「未成年者飲酒禁止法」(大正11年制定)を知っている者はほとんどいなかった。実はこの法律の外に酩酊者規制法もある。「すべて国民は、飲酒を強要する等の悪習を排し、飲酒についての節度を保つように努め
なければならない」という格調高い条文である。未成年飲酒禁止法は、「満20歳ニ至ラサル者ハ酒類ヲ飲用スルコトヲ得ス」とあり、親の監督義務と未成年に酒類を販売または供与したものは科料に処せられることになっている。この法律と類似のものは「未成年者喫煙禁止法」であるが、いずれもそれが効力を発揮しているとは考えられない。
若き20のころなれや
3年がほどはかよひしも
酒、歌、煙草、また女
外に学びしこともなし
佐藤春夫先生も若かりし頃は、未成年者飲酒禁止法など御存知なかったことは、この詩からもうかがわれる。だが、科料には処せられなかったようでその頃から、この法律の法的効力は失われている。
また、酩酊者規制法と略称される「酒に酔って公衆に迷惑をかけろ行為の防止等に関する法律」(昭和36年制定)もあまり知られていない。酪削者が道路上・乗物等で粗野な言動が見られ、公衆に迷惑をかける場合、および住居内で親族等に暴行しようとする場合など保護または立入り等を行い、保健所に通報するか、医師の診察を受けさせる権限を警察官に与えているものである。
罰則もあり、「配剤者が公共の場所または乗物において、公衆に迷惑をかけるような著しく粗野または乱暴な言動をしたときは、拘留または科料に処する」とある。
だから、家族の人も本当に困ったら警察に連絡することもできるのだが、それと知って、出動を依頼した人が何人あるだろうか。
この法律と警察官職務執行法の第3条の保護規定によって保護された者が、泥酔者一時保護所(通称トラ箱)に入れられることがあることは知っている人も多いであろう。だが、国がアルコール依存症者に対して暗てた対策というのが、トラ箱一つをつくっただけというのでははなはだ心も
とない話である。
このトラ箱の利川状況は、5年間に60万人におよふという。その1%くらいが治療施設に送られる。あとは翌日になって、「すみません。きのうのことはまったく覚えていませんので」と頭を下げて帰宅する。翌日も同じことが繰り返される。酔っぱらい天国はしだいに拡大される結果になる。
だから法律では残念ながら、アルコール依存症者の予防はできない。
早期予防教育のすすめ
予防はすでに成人になったものに対して行う教育では遅すぎるともいわれる。
アルコール依存症研究の大家ヘイマン教授は、両親の態度を見て、子供は、自分をその立場において考えるようになる。すなわち、親との同一化は10歳すぎるころにはかなり進んで、その頃にアルコールを受け入れる態度はでき上がる。だから、それ以後の矯正教育ではおそすぎる。たとえば、高校生に喫煙の害を説いても結局は喫煙者の数をふやす逆効果しかない。だから、幼少年期(小学校入学以前から小学在学中にかけて)アルコールに対する健康な態度を植えつけるように指導するのである」と結論している。
アメリカでは、最初の飲酒は12〜14歳で始まるので、10歳以前に教育を始めることが必要だという。依存の予防の第一段階は教育である。
第2段階は早期発見である。高校・大学生の飲酒状況の調査からもわかるようにその頃から予防対策を立てることである。
第3段階は飲酒者に対する積極的な忠告である。そのための飲酒法について最後にまとめておくことにしよう。
理想的飲酒法に関する12条
1条 急いで飲むな。ゆっくり飲みたまえ。
2条 必ず、適当なつまみと一緒に飲みたまえ。
3条 1本目(日本酒一合)が終わったら、30分後に2本目にかかりなさい。もしどうしてももう1本というなら、一時間後に飲みたまえ。けっして4本目に手を出さないこと。
4条 強い酒は水割りで、日本酒は試をつけて飲むこと、冷酒のコップ飲みは厳禁。
5条 連日飲酒しないこと。肝臓にも休みを与えること。
6条 来客時、夕食時、就寝時など理由づけして必ず飲むようなことをしないこと。
7条 空腹時、疲労時、浴槽の中で飲むようなことは絶対避けること。
8条 2日酔いするほど飲まないこと。
9条 もう一杯と思う所でやめること。
10条 儀礼的な盃のやりとり、お流れ丁戴、返杯などはやらぬこと。
11条 うっぷん晴しで飲まぬこと、酔いを殺して飲まぬこと。
12条 億の薬剤と一緒に飲まぬこと、特に睡眠剤・精神安定剤・感冒薬などとの併用は絶対に行わないこと。
以上12ヵ条を守って欲しいものである。

健康を維持しようと思う愛飲家諸君に告げる。晩酌は2合を限度とせよと(ビールなら、2本、ウイスキーなら、グラスニ杯分)。
うまきもの 心にならべ それこれと
くらべまわせど酒にしかめや
それほどに うまきかと人の
問うたらば何と答えん この酒の味
うまいと味わううちで止めるのが、酒のよさであろう。
諸君の健康的飲酒のために
乾盃!

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