ノックビン(ジスルフィラム錠) アルコール依存症治療薬

アルコール依存症治療薬レグテクトから抗酒剤ノックビン(ジスルフィラム錠)に変更。強制的に酒を飲めない体質にする訳だから、抑止力の差は歴然。

アルコール依存症とは何か?

      2016/12/10

アルコール依存症とは何か?

酒と人間とはたえず戦い、たえず
和解している仲のよい闘士のようである   –ボードレール–

嗜癖(依存症)ということ

19世紀の終わりに、アルコールや、ある種の薬物を反復して使っているうちに、はじめ使った量では効果があらわれなくなって、使用量が増加し(これを耐性と呼びます)、その薬物使用を突然やめると、禁断の苦痛がおそってきて、その薬物をどうしても入手し、使用したくなる、という悪循還をくり返すことに対して、「嗜癖」ということばがつくられました。この嗜癖の概念に属する薬として代表的なものが、アヘンとアルコールでした。
この嗜癖によく似たことばに、「習慣性」というものがあります。習慣性というのは、その薬物を田いたいという欲求はでるが、強い意志をもってやめようと思えばやめられる、といった状態をいいます。また、使用量が増加するという傾向はなく、禁断症状もでません。この概念に図する薬としては、バルビツール、覚せい剤などがありました。
約100年間、この嗜癖と習慣性という2つの基準で、向精神作用、つまり、精神状態を変化させる薬を分類してきたのですが、よく考えてみると、いろいろな矛盾に気がつくようになりました。
たとえば嗜癖があるとされていたコカイン。ひかしから中米のインディオには、コカの葉をかむ習慣がありました。この葉っぱをかむと飢餓感(おなかがすいたという感じ)がなくなる、あるいは精神安定作用があるということで、ペルーあたりの原住民が使っていました。
コカインは、医学的には、局所麻酔薬として使われてきました。今日でこそ、ほかにもっと効果のある薬が開発されたので、あまりコカインは使われなくなったのですが、20年ぐらいまえまでは、もっともすぐれた局所麻酔薬とされていたのです。しかし、このコカインは、かなりこわい嗜癖形成作用のある薬と考えられていました。
ところが、よく調べてみると、嗜癖と呼ぶ要件を満たしていないということがわかりました。
つまり、耐性はつかず、禁断症状もないことがわかったのです。
そうすると、コカインは危険な薬ではないのかというと、そうではなくて、やはりやめようと思ってもやめられない薬であるにはちがいありません。この薬を欲しがる強さは、モルヒネ以上という専門家もいるほどです。
したがって、コカインには嗜癖の要件が欠けているからといって、その消費の統制を撤廃するわけにはいかないのです。
同じ性質をもつ薬に、第2次世界大戦以来10年間、わが国でもさかんに用いられた、覚せい剤のアンフエタミンがあります。この薬には禁断症状は認められないのですが、やめようと思ってもやめられない点においては、こわい薬です。それに弱いながら耐性もあります。このように、長いあいだ使ってきた嗜痔と習慣性という2つの概念で、向精神作用のある萌の特殊性を説明しつくすというわけにはいかなくなってきました。
さらにまた、政府、国際機関が、ある種のものの生産と流通を統制する、ということになると「なにが理由で」という根拠を明確にしなければなりません。ところが、この従来の嗜癖という概念でみると、コカイン、アンフエタミン、大麻、幻覚発現物質(LSD-25他)、有機溶剤(シンナーやボンドに合まれるトルエン他)などを、統制することができないことが証明され始めたのです。

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依存ということ

そこで、主として世界保健機構が、1965年(昭和40)に、従来の嗜癖や習慣性という概念をいちおうタナ上げして、あらためて「依存」という概念を使うことを取り決めました。現在では、だいたいどこの国の専門家も嗜斑という言葉は使わず、依存という言葉を使うことになっています。
依存概念の定義ということになると、やはり世界保健機構のつくった概念が、各国で用いられています。それはつぎのとおりです。
「生体と薬との相互作用の結果生じた精神的、ときには身体的をも含む状態であって、その薬の効果を欲するがために、あるいはその薬がない場合おこってくる苦痛から逃れるために、その薬を継続的、あるいは周期的に使用したいという、おさえてもおさえきれない欲求がおきる。そして、そのために特殊な行為や心的反応をあえて示すようになることが特徴である」
もともとこの概念は、モルヒネやコカインなどの、向精神作用のある薬を対象につくられた概念です。
まず、この概念による依存形成性薬物の上位にランクされるものに、バルピツール型と呼ぶ一群の薬があります。鎮痛剤、鎮静剤、ある種の精神安定剤の大半はこのなかに合まれます。
バルビツール型の薬には、心理的にやめようと思ってもやめられないという心理的依存はいうまでもなく、禁断症状も、耐性形成もあって、アヘン型の蔡と同様、依存性のあらゆる条件がそろっている点では、ほかの薬以上に危険です。
そして、このバルビツール型の薬と同じ型の依存形成性薬物がエタノール、つまり飲料アルコールにもそなわっていることが、かなり以前から知られていました。そこで、わたしたち薬物の依存に関心をいだいているものの目が、依存形成性の薬のひとつとして、アルコールに向けられるようになったのです。かなり以前から、バルビツールとアルコールの類似については知られていたのですが、アルコールを薬の一種とみるこのような視点は、正しかったように思います。
もちろん、医療品として使われるその他の依存形成性薬物と、嗜好品として使われるアルコールとでは、社会的にもっている意味はちがいますが、薬としての効果を考えるうえでは、まったく同じです。
ですから、アルコールのある側面を、依存性という概念でみてみようという試みは、ひじょうに大事です。そして、この試みが始まったということは、同時に、アルコール問題への新しい展開が始まった、ということにもなるのです。
しかも、アルコールは手に入りやすい
依存性という問題はいままでの説明でわかっていただけたと思います。各国のこの問題の専門家のなかには、いわゆる依存性薬物のなかに、アルコールとか、タバコ等の嗜好品を合めることには賛成できないという人もいます。ある意味では、それは当然のことでしょう。
医療品として使う依存性のある薬の問題(たとえばアヘンなど)と、嗜好品として人びとの生活のなかに定着してしまっているタバコとかアルコールの問題を、同じ路線のうえで論じていくことには、かなりの無理があることはわたしも認めます。
たとえば、医療品として使う依存性薬物は、市販統制がきぴしく、容易に手にはいらないのにアルコールは深夜になっても、店が開いていれば、また自動販売機があれば手に入れることができる、といったちがいです。
嗜好品ではなく医療品だと、いったん治療を受けて病院をでたあとは、そう簡単にその業は手にはいりません。そんな単純な理由だけでも、その使用をやめざるをえなくなってしまいます。
ところが、はじめ使っていた薬の依存性はとれたけれども、薬一般に対する心理的依存性が残っていると、最終的にアルコールの使用に変わっていくという例は、めずらしくありません。
日本の場合でも、昭和30年ごろには、たくさんの人が覚せい剤のアンフエタミンを使っていました。しかし、覚せい剤は、昭和37年ごろでI応使われなくなって、この流行は終わりました。
ところが、そのころまで覚せい剤を使っていた人たちの多くが、お酒を飲みはじめて、何年かあとにはアルコール依存になるということがおこり始めました。実際、40歳代後半のアルコール依存者のなかには、「むかしは薬をやっていた」と訴える人がかなりいます。
こういったことから考えると、アルコールは、医療品として使われる向精神業と、多少次元のちがう問題として考えなくてはいけないのは当然だと思います。
しかし、これはひじょうにむずかしい問題を合んでいます。というのは、アヘンにしてもコカインにしても、またカバやビンロージュにしても、長い歴史のある向精神薬は、ある集団の日常生活のなかには、ちょうどわれわれにとってのアルコールと同じように、定着してきたものだからです。

コーヒーやタバコにも依存性がある
たとえば、われわれの日常生活に深く組みこまれている依存性薬物といえば、アルコールのほかにカフェインとニコチンがあげられます。いうまでもなく、お茶、コーヒー、タバコです。
コーヒーとタバコには、やめると禁断症状がでるといった身体的依存はありません。しかし、だんだん量がふえていくという耐性と、やめると精神的にいらいらするといった心理的依存性があります。
このカフェインとニコチンがもつ心理的依存性が「タバコをどうしてもやめられない」、「コーヒーを飲まないと、どうもいらいらする」といったことの原因になっています。よく「タバコをやめられないのは、意志が弱いせいだ」といわれますが、これは塾の作用が影響しているのであって、意思蒔弱とはきめつけられないのです。カフェイン、ニコチンの両方とも覚せい的ですが、カフェインのほうが党せい力は強く、慢性中毒性はニコチンのほうが強いとされています。
アルコールは、初老期にはいると、自然に飲む量がへってきますが、お茶やタバコは、とくに健康上の理由がないかぎり、老年期に達しても、その使用をやめる人は少ないと思います。ですから、からい漬物をお茶うけにして煎茶を一日に何回も飲む習慣をもつ初老期の方々の健康も、カフェインヘの依存注という視点から考えると、問題がないわけではありません。
このように、日常生活に根ざした依存性薬物という考えかたで、ほかの国々の現状をみると、いくつかの問題にぶつかります。さきに述べた中米地方のコカ葉、北アフリカのカート、ポリネシアのカバ、メラネシアからインドにかけてのピンロージュ、これらにはいずれも依存形成性をもつ抑制作用があります。インドやパキスタン地方には、大麻を吸う習慣が古くからあり、ビルマでは大麻喫煙のほかに、アヘンを食べる習慣すらあるということです。タバコ喫煙は、北米大陸の原住民の習慣がヨーロッパにもちこまれて、世界中に広がったものであり、メキシコでは、むかしメスカリンという、サボテンからしぼった幻覚発現剤を使っていました。
おもしろいことに、ここにあげた地方では、アルコールを飲む習慣が最近までなく、欧米等の飲酒習慣をもつ地方の人々と接触するうちに、飲む習慣をまねるようになったのです。飲酒習慣は遅かれ早かれ世界中に広がるでしょうが、ほかの向精神薬物の使用の習慣も、また広がることでしょう。かつてのタバコ、現在の大麻について考えれば、これらの習慣の伝播力の強さがわかります。
このように考えてくると、依存形成性薬物は、習慣として使われる薬と、医療品として使われる薬の相違点と類似点を明確にしたうえで、依存形成性薬物全体としてとらえる必要のあることがわかります。

アルコール依存とはなにか

さて、アルコール依存という言葉は、さきに述べたとおり、新しいことばなので耳慣れないかもしれません。ここで、アルコール依存を簡単に定義づけておきます。
アルコール依存とは、ある期間、ある量のアルコールを頻繁に飲んだために、やめようと思ってもやめられなくなった状態をいいます。
アルコール依存には、ほかの依存形成性薬物のアヘンやバルピツール等と同じく、「心理的依存」と「身体的依存」があります。
「心理的依存」とは、べつにお酒をやめたからといって、身体的な苦痛、たとえば極端な禁断症状がでてくるわけではなく、精神的に圧迫されたり、焦燥感におちいったりして、また飲んでしまうという状態です。心理的依存の段階でも、お酒を手に入れるためには、うそをついたり、場合によっては人のものを盗んだりすることがあります。そんなふうに、やむにやまれない状態が心理的におこるのです。これを強迫的と表現します。
この心理的依存でだいじなポイントは、自分でも飲ひことをやめようと思うことがあるにもかかわらず、やめられない点です。
そして、体内のお酒の量、つまり血中アルコール濃度が日常より少し低くなってくると、頭痛がしたり、手足がこわばったりし始め、冷汗がでてきます。最後には、ケイレンや、譫妄(せんもう)といって手足のふるえとともに、幻覚があらわれる禁断状態にまでいたります。このような著しい身体的苦痛がおそってくるから飲酒がやめられない、という状態を「身体的依存」といいます。ことばを変えれば、アルコールがはいっている状態で、はじめて生体が機能するという逆適応の状態です。ですから、しょっちゅう迎え酒をやるのです。
苦痛がおそってくるから、またお酒を飲む、そして肝臓を中心にした内臓器官が侵されてしまう。こういうÅうになった状態が慢性アルコール中毒です。
終末的には、脳をやられてしまいます。記憶力がダメージを受け、そして、うそをつくようになります。いうなれば、人間性喪失です。
われわれ精神科医の役割は、身体的依存にいたらぬうちに、心理的依存の段階でストップをかけることです。
しかし厳密には、慢性中毒という概念は、ある薬を継続して使っているうちに、その使用目的とは異なる症状があらわれ、生体の侵害が認められることをいうのですから、依存の段階も中毒の一種ということになるでしょう。
依存におちいる条件は、ただひとつです。つまり、いま述べた、ある期間、ある量のアルコールを頻繁に飲み続けることです。
ある期間、ある量のアルコールを頻繁に飲む、つまり自制せずにお酒を飲むことを「アルコールの乱用」といいます。したがって、乱用の段階なしに依存にはいることはありません。
これを図式的に考えると、

アルコールの乱用(乱用をある期間続ける)

心理的依存(やめようと思ってもやめられない)

身体的依存(頭痛、ふるえるなどの禁断症状)
(依存の状態が長く続くと内臓器官が侵される)

慢性アルコール中毒
ということになります。
この乱用から心理的依存にいたる期間は、はやくて5年前後です。もちろん、飲む量、それに飲む人の体質との関連によります。また飲む目的のちがいで個人差がひじょうに大きくでます。
どうして個人差があるかというと、アルコールを飲んだご利益は、人によってちがうからです。アルコールに助けられたと思う人ほど、アルコール依存にはやくおちいります。お酒のおかげで眠れた、お酒の力を借りて、他人と話せるようになるというように、お酒に感謝する人ほど、はやいのです。これに対して、お酒は食欲を増す程度にと思っていたり、人と会うとき、場をなごやかにするという軽い目的であれば、さほどお酒に頼る気持ちはないでしょう。
ですから、何度もいうとおり、不満を酒でごまかすとか、ヤケッパチで酒を飲むとかは、あまりよろしくないということになります。そういう人は、はやければ一年強で、心理的依存におちいります。

たしなみからアルコール依存症ヘ

はじめから、お酒をひじょうにおいしいと思う人は、めずらしいと思います。味がいいと思った人もなかにはいるでしょうが、「こんなもの飲めたものではない」と、たいていの人が最初に
感じたものと思われます。そのうえ、最初の酩酊は、多くの人たちにとっては苦しいものです。
しかし、2度、3度とお酒を飲んでいくうちに強くなる、つまりいわゆる耐性ができてきて(これはアルコールをこなす力が強くなっていくわけですが)お酒を同じ量飲んでも苦しくなくなってきます。また、自分に適した量の目安もつくでしょう。そして、むしろ楽しく酔えるようになって、「また飲もう」という気持ちがおきてきます。
アルコールは回数を重ねて飲めば飲むほど、はじめは強くなっていきます。逆に一時的に数週間ぐらいやめていると、またもとへもどってしまって、すぐに酔っぱらってしまうという状態にもどります。こういうことをくり返しながら、ある人はだんだんお酒の借一がふえてくるわけです。
やがて、おいしいから欽ひとか、酩酊の初期の状態が楽しいから飲むとか、酩酊後の睡眠作用が自分の生活にとって役に立つと思うから飲む、などのいろいろの理由から習慣がついてきます。
それをくり返していくうちに、一日に、清酒にして3合から5合、というふうに量がふえていく人がなかにはでてきます。こういう人を「酒飲み」とか、あるいはそのうえに大をつけて「大酒飲み」、″飲んべえ‘という呼びかたをします。
そういう人たちは、やがて「あまり酒を飲みすぎると体によくない」とか、あるいは「経済的にそんなにお酒を買うゆとりがない」というところから「お酒を少しひかえよう」ということを自分でも考えるし、人からもいわれるようになるでしょう。
ところが、アルコールのもつ依存性のために、そうは箭単にやめられないわけです。やめようと思ってもやめられない状態は、さきほど説明したように、はじめのうちは心理的な依存になって、やがて身体的依存になります。つまり、お酒を飲まない、あるいは日ごろの量より少ない量しか飲まない日には、なんとなく精神的苦痛がおそってきます。いらいらして落ち着かない気分にとりつかれ、一日中なにもできずにぼんやり過ごしてしまうようになります。やがて、体がだるいとか、頭が重いとかいう身体的な苦痛をとなってきます。これが、身体的依存の状態です。
なお、この本でアルコール依存という場合は初期の心理的依存の段階から指しています。
さらに進んでくると、慢性アルコール中毒によるところの、肝臓を中心にした内臓の諸機能の障害がおきてきます。中毒の内科的な問題については、内科の先生がたがいろいろ書いておられるのでそちらをみていただくとして、精神的な面では、体内にはいったお酒の量が日ごろより少ない日には、幻覚といって見えるはずのないものが見えてきたり、あるいは錯覚をおこしたりします。そのために、外から見るとおびえているようにみえたり、異常なくらい、いらだちを示す行動をおこしたりということになってきます。だから、乱暴するようにもなるわけです。奥さんに対する乱暴には、嫉妬、妄想によるものが多いようです。奥さんがほかの男をみつけて出て行くのではないかと妄想し、おそれるために乱暴するのです。

意志が弱いからだと、非難するなかれ
アルコール依存者は、べつにいけないものを飲んでいるわけではないのです。お酒は、社会的に認められた飲料です。おとなは自由に飲めるのです。それを飲んだために、酒びたりに近づいてきただけなのです。酒を常飲すれば、まちがいなく、だれでも依存への道を歩みだしていくのです。
これはきわめて明白なことで、熱を下げる薬を飲めば熱が下がるように、薬(アルコールという)と人間のどうしようもない関係なのです。アルコールという薬を飲めば、さらにアルコールを求めるようになるという絶対的な関係です。
しかも、アルコールには、気分の高揚といったご利益があります。そして、同じご利益を味わうためには、耐性のためにだんだん量をふやしていかなければなりません。現代社会においては、アルコールに親しんだ個人だけを責めても、いっこうに問題は解決しないのです。

古典的なアルコール依存
ヨーロッパのように水がよくないところでは、水がわりにアルコールを飲む習慣があります。
つまり、ワイン、あるいはビールを、生水のかわりに飲むということになります。そうすると、アルコールですから遅かれ早かれ依存性がついてしまいます。けれども、水がわりに飲んでいるわけですから禁断症状はでません。なぜかというと、アルコールが切れるということがないからです。
この種の慢性アルコール中毒の人たちは、50歳とか60歳になって、なにか病気になった場合、医師からアルコールを禁じられて飲まなくなります。すると、禁断症状がでてくるのです。
これが古典的なアルコール依存と呼ばれるものです。とくに、ワイン圏にこういう現象がひじょうに多くみられます。ワイン圏とは、フランス、イタリア、ポルトガル、寒い国ではフィンランド、ロシアなどです。わが国でも、第2次世界大戦前のアルコール依存者は、数は少なかったのですが、この型でした。ところが、20世紀にはいって、主としてアメリカでみられ始めたのは、20代の若さで、アルコール依存の症状をだす人が、急激にふえてきたことです。

アメリカ型のアルコール依存
アメリカ大陸には、もともとアルコールはありませんでした。いいかえると、そこに住んでいた原住民はアルコールをもっていませんでした。そこへ、ョーロッパから白人が移住してきて、その白人たちがアルコールをもちこんだわけです。そして、白人たちは、自分たちの故郷のアルコールを、アメリカ大陸でつくろうと努力をしたようです。けれども、そう簡単にいいアルコールをつくることはできなかったでしょうし、そのうえ、1920年(大正9)代の禁漕法が旅行
されていたあいだ、アルコールをつくる技術はひじょうに低下しました。
そこで、彼らが考えだしたものが、カクテルというお酒の飲みかたです。カクテルをつくるときの基調になるのは、いうまでもなくウィスキー、ジン、最近ではウォッカという強いアルコールです。ですから、どうしても飲みすぎてしまう。つまり、深い酪訂にはいる危険が高いわけです。
だいたい、艮い歴史をたどって到着したアルコールでないかぎり、その飲みかたは、生活のなかに定着していません。アルコールの飲みかたが定着していないところに、こんな強いお酒、しかも口あたりがいいものをつぎつぎにつくったものですから、どうしても飲みすぎてしまいます。
そうしたところへ、本来農業国であったアメリカでは、100年ぐらいまえから急速に工業社会化が進み、人々の生活のパターンが突然変わるという事態がおきました。そして、そのなかで現実に適応できなくなった人は、現実を忘れるために、強いアルコールを求めるようになったのです。ですから、すぐ手近なところにカクテルのもとになるジン、あるいはウィスキーといったものがあれば、はやく深い酪厨にはいりたいために、カクテルで口あたりのよさを楽しむという余裕もなくなり、ジンやウィスキーをそのまま飲むということにもなりました。
さらに、第2次世界大戦の少しまえに、よりアルコール濃度の高いウォ。力がもちこまれると深い酪町を求める人は、弱いお酒をちびりちびりということをやめて、この強いウォッカを飲むようになりました。こういったことが原因して、アメリカでは、アルコール依存におちいる人が急速にふえたわけです。
また、アルコールをまったく知らなかったアメリカの原住民は、移住した白人からこれを学びました。しかし、飲みかたを知らないので、ぐい飲みします。そのうえ、彼らには白人によって自分たちの土地が奪われていく、あるいは、民族的な差別を受けるという現実の苦しさがありました。そうした苦痛から逃れるために、彼らはアルコールをあおりました。そして、こういう飲みかたをしているうちに、白人の3位もアルコール依存者が生まれるというぶ庖にもなったのです。
以上のような現象はアメリカ特有のことだということで、アメリカ型アルコール依存と呼ばれています。しかし、このような型のアルコール依存に関する研究は、ごく最近になって始められたので、現段階では、各集団ごとに対策をたてるというところまでにはなっていないと思います。
なぜ、わたしがこのように、アメリカのアルコール依存者の社会的背景を例にとって、くわしくのべるのかというと、依存性の問題を理解するには、依存性がつくまえの状況(なにを目的に酩酊を求めるのか)を、十分につかまなければいけないからです。

強いアルコールは、急速に依存者をふやす

アメリカとはちがって、わが国は古くからアルコールをもっていた民族で、その歴史は、おそらく2000年以上もまえにさかのぼるのではないかと思います。そして、宗教的な儀式に用いられたことはまえに述べましたが、そういう意味から、日本人の飲みかたは古典的であるといえます。
また、清酒は日本人の大事な主食の米からつくられるということから、庶民はお祭り以外にお.酒を飲んではいけない、といったような政策もとられたりして、最近までは、アルコール依存者が各国にくらべて少なかったわけです。
ところが、第2次問界大戦後は高度経済成長政策がとられるようになり、日本でも急速な工業社会化がおこり、5、60年まえのアメリカと同じような現象がおきてきました。それでは、アメリカの場合と同じように、強いお酒を急速なスピードで飲むという飲みかたを日本人もするようになったのかというと、あんがいそうでもないようです。
日本人が圧倒的に多く飲むのはビールで、つぎに多いのが清酒です。ビールのアルコール濃度、はだいたい4パーセントぐらいで、清酒は16パーセントぐらいです。いずれにしても、日本人、はあまり強いお酒は飲んでいません。これに比べてアメリカ人が飲むのは、ウオッカとかジンというアルコール濃度が40〜50パーセントほどの強いお酒です。日本では、そういう強いものをストレートで飲んでいる人は、ひじょうに少ないようです。ですから、日本のアルコール依存者の増加は、急速ではありません。じわじわと増加しているのは事実ですが、対策にひじょうに悩まされるという事態ともいえません。諸外国と比べると増加のカーブがゆるい背景には、このように、日本人が強いアルコールを欲していないということが原因のひとつにあると思われます。

アルコール依存者は、経営者、管理職にふえている
さきごろの余暇開発センターの調査では、経営者、管理職の50・8パーセントが、毎日飲酒しており、男子全体ではそれが3分の1であるのに比べて、かなり高い比率を占めていることがわかりますが、これは興味のあることです。
さらにタバコ喫煙の量も経営者、管理職集団では、ほかの集団に比べてかなり高い比率を占めていることがわかっています。
このように、経営者や管理職の人たちが向精神作用のある依存性薬物をもっとも多く使っているという事実は、この集団の精神的緊張がもっとも高いことを意味しています。
また、アメリカでも同じようなことがいえるようです。1971年(昭和46)に、アメリカで、日本の厚生省にあたる健康・教育・福祉局から国会に「アルコールと健康」という報告書が提出されましたが、この報告書のなかでも、浮浪者タイプのアルコール依存者は3〜5パーセントにすぎず、大部分の依存者はふつうに働いている人のなかにいる、と指摘しています。この報告書には「アルコールは、アメリカ合衆国において、もっとも乱用されている薬である」ということばがありますが、わたしのいいたいことも、この一言です。緊張の連続するわたしたちの日常生活で、緊張を緩和するのにアルコールは有効な薬なのです。しかし、ほかの薬と同様、使いかたをまちがえると、依存という慢性毒性に侵されるので、注意してほしい、ということです。緊張緩和の一方で、心理的依存、身体的依存がつくという、という、アルコールはまさしく両刃の剣なのです。さらにまた、長い伝統のなかで、簡単に入手できる流通機構がてきているので、いまのところ、自主規制以外に、この剣をうまく便う方法はありません。

どういうタイプの人がなりやすいか
まえに、アルコールに求めるものが大きければ大きいほど、アルコール依存になるのが早いといいました。では、どういう人がなりやすいかといえば、アルコールにはけぐちを求める人がなりやすいわけです。
それを具体的にあげてみますと、まず、ささいなことにくよくよする人、ものごとにこだわりやすい人、ちょっとしたことでしょんぼりする人があげられます。一言でいえば、ゆううつになりやすい人です。この人たちは、生まれもったというよりも、育てられかたに問題があります。幼児期に、十分甘えた経験がなく、常に理想像を与えられて、かくあるべしと強制されたり、ミスを許されないきびしい育てられかたを経験していることが多いようです。その結果、その性格的欠陥として、他人への思いやりが欠けたり、他人の感情の動き、変化を読みとれないといった傾向があります。つまり、感受性が乏しいのです。
こうしたタイプの人が、不幸、不運にして、人生でつまずいたり、他人よりも遅れをとったりしますと、アルコールヘ逃げ場を求めるのです。そして、アルコールにひたるようになっていきます。
このタイプの人は、心理的依存におちいりやすいのですが、身体的依存になることは少ないようです。というのは「かくあるべし」という教育を受けたため、身休的依存になろほどには、アルコールを乱用しないからです。どちらかといえば、インテリに多いタイプです。しかし、ノイローゼやゆううつ症になる危険を秘めています。
成長期に、十分な配慮を受けてこなかった人も、なりやすいタイプです。配慮というのは、この場合、物心両面をいいます。経済的に貧しく、精神的にも暖かいものにふれずに育った人は、対人関係に欠けるところがあります。しつけや、社交の訓練を受けていないから当然なのかもしれません。そして、自分が囚ったときに、他人に相談するということがヘタです。人間は、因っているときには、助けてもらえばいいのだ、人が困っているときは、助けてあげるものだ、という社会性を身につけていないのです。つまり、社会のなかの自分に気がつかないのです。ですから、酔っぱらって迷惑をかけても、いけないことをしたという気持ちが乏しいのです。彼が頼りにするのは、お酒。酒に甘える、酒にしか甘えられないのです。
このタイプの人は、十分な教育も受けていない場合が多いので、心理的依存から身体的依存ヘー直線です。救ってくれる人もおらず、最終的には放浪者となります。
両タイプに共通していえることは、他人が自分に甘えるのを幄うことです。一言でいえば、おおらかさに欠けています。
さらにつけ加えますと、若いとき(一5歳前後)から、飲酒が当然のごとくされている家庭で育ち、自分も同じように味わっていると、心理的依存にはなりにくいのです。なぜかといえば、
その人にとってお酒は、苦痛から述げだすためのものではなく、楽しいから飲む、おいしいから飲む、というだけだからです。ただし、この場合は、身体的依存になります。これは、ワイン圈に多く(なぜなら、子どものときから籾しんでいる)、日本では少ないのです。
同じ理屈から、現在、お酒を心から楽しんで飲んでいる人は、心理的にも、身体的にも、そう

やすやすと依存性はつきません。少なくとも、十数年はかかるでしょう。とにかく、酒量のピッチをあげないことが肝心です。

「アルコール依存症恐怖症」と思っている人ヘ

ジャーナリズムが騒ぐわりに、総合病院の精神科外来を訪れるアルコール依存の患者さんが、ふえてこないことを話しあっていたある日、われわれの教室主任である土居健郎教授が「慢性中毒は少ないが、アルコール依存症恐怖の来院は少なくないのではないか」といって、数日前に面接されたつぎのようなケースを話してくれました。
主人公は50歳をこえた、日本で代表的な商社の上級幹部。
「若いころから酒が好きだったが、ここ3、4年のあいだに酒量が上がり、毎晩、3、4合の清酒、あるいはウィスキーのオンザ・ロックを飲んでいる。酒量をへらそうと思うのだが、飲み始めるとへらせられない。自分はすでにアルコール依存症になったのではないかと思う」という訴えで訪ねて
こられた。しかし、さらにたずねたところ、
最近1年以上のあいだの酒量は上がっていない。日中の飲酒癖もいもおうない」という。
そこで、土居先生は、この人は、どうして自分が「アルコール依存症ではないか」と心配するのか、という点に注意を向けられたのです。
その結果、この恐怖感にこそ、この人の。病い’があり、その背景には、ある種の挫折感がみられること、基底には、挫折感を促進する完全擲が流れていること、そして、それは幼児期から失敗を許されない育てられかたをしており、ご本人もその期待に答えて、一流企業の幹部への道をまっしぐらに走りぬけてこられたことなどが、この人のアルコール依存症恐怖を中心とする心理構造の背景として浮き彫りにされたわけです。
わたしにいわせてもらえば、この人の’病い’には、さらにいくつかの側面があります。
精神衛生学でいう初老期うつ状態として、アプローチすることもできるでしょう。土居先生のように、生育史に深く根ざした完全痔の病理にメスを入れないかぎり、根本的治療にはならないかもしれません。それはそれとして、わたしには、どうも、この人の飲みかたには、アルコールヘの心理的依存がすでにあるように思われます。「酒量をへらそうと思うのだが、へらせない」という訴えが気になります。
そして、この人が自分の挫折感を訴えず、「アルコール依存症になった」という言葉にたくして精神科外来を訪ねた(それはけっして意図的ではないでしょうが)ところに意味があると思います。
わたしも、何人か似たかたの相談にのっていますが、周囲の人が、あまりにも「アルコール依存症」と騒ぎすぎるためか、その背景にある挫折感と自分の飲酒癖を結びつけて自分の精神全体の問題として考える人は、意外に少ないのです。
自分の挫折感と飲酒癖を結びつけて「アルコール依存症」と呼ばれることを完全癖が許さないのでしょう。アルコール依存症は自認しても、挫折感は認めたくないのです。
多くのかたは、土居先生を訪れた人ほどには、エリートコースをまっしぐらに走り通ってこられたわけではなく、初老期にはいるまえにも、何度か挫折体験はあり、それをほんとうに克服して強くなったというよりは、心の奥につつみかくしてこられているだけに、さらに「アルコール依存症」という、社会的評価を含んだレッテルをはられることには、強い抵抗を感じるのだと思います。精神科受診自体にも、同じ理由での精神的抵抗があるでしょう。
いっぽう、社会的に一応の地位にあるかたは、奥さんからは非難の言葉をあびせられ、上司からは軽蔑の目でみられ、「精神科医を訪ねなさい」と強要されれば、プライドが高いだけに抵抗感が高まることは当然でしょう。
とくに、傷つき、ぼろぼろになってはいるものの、基底では完全辨や社会的上昇欲求の強いかたがただけに、自己の挫折感をすなおに認めることが困侭だろうことは、むしろ当然と考えられます。しかし、精神科医であるわたしが、この抵抗感を切り開くことはできない、とあきらめてしまうわけにはいきません。なんとかして……とくふうするのです。が、この場合、ご本人を見捨てずに、一生懸命に本人を激励したり、忠告したりする奥さんや上司のかたがたの努力が、かえって逆効果になるものです。
本人は、ほんとうは泣きたいほど自分がいやになっているのです。けれど、親しいものが自分にいまだに期待し激励してくれるかぎり、「おれはもうダメだ」と泣きだすわけにはいかないでしょう。
「ダメなヤツ」という視線で見られれば、過去に一度はあった栄光の時代を思い出して、「何を!」と思うことでしょう。そして、そのたびに、酩酊によって一時的に現実から逃避して忘却するか、幻想の世界で強がったり、泣いたりしているのです。
したがって、ある期間は、わたしどもにおまかせいただきたい、と願う場合が多いのです。社会生活のうえで、利害関係にないわたしどもになら、泣くことも、ぐちをこぼすことも、怒りを表明することもできるからです。その感情の表出から、本人の心理のなにがアルコールと結びついたのかを見つけだし、それに対応する手だてを考えるのが、精神科医の仕事なのです。
アルコールによる肝機能障害等を治すのは、内科の先生の仕事です。また、アルコールの、体内における代謝過程を調べるのは、薬理学者、基礎医学者の仕事です。ましてや、離婚問題がおきれば家庭裁判所の出番でしょう。酩酊して法律違反をすれば、それは警察の仕事になるでしょう。心理的依存の病理こそ、精神科医の専門分野であり、また、それを誘発するアルコールの乱用に対しては、精神衛生家が、防ぐ方法を考えなくてはならない義務を負っています。
以上は、土居先生のもとに、「わたしはアルコール依存症ではないでしょうか」と心配して訪ねてこられた人があり、幸い身体的依存はまだついてなかった、という例をめぐって話し合ううちに考えたことでした。
酒におぼれていった、「サダカツ」さんの例
ここで、アルコール依存におちいって、わたしを訪れてこられたかたを一人ご紹介しましょ

サダカツさん初診時40歳
サダカツさんをはじめて診たのは、いまから10年ほどまえになります。30歳ごろから、毎日5合以上の晩酌をしていましたが、しばしば一升をこえることもあったそうです。
ある夜、酩酊するうちに、だれも訪問者がいないのに、「義姉さん(奥さんの姉)がきた」といい、「あいさつをしなくちゃ」とか、「どこへかくした」とか、落ちつきのない態度で奥さんを責め、ついには暴力をふるいました。
一ヵ月ぐらいまえから「会社で自分の悪口をいうものがいる」、「近所の人が自分を好奇の眼でみる」、「自分は疑われている」などと被害妄想を訴えていたので、翌年、奥さんと、奥さんの兄姉が、ある精神病院へ連れて行きました。
初診の医師は、ただちに入院治療が必要と判断して、奥さんの同意を求め、即日入院させました。入院の夜から、5日ばかり禁断症状が続いたそうですが、その後は平静に経過したようです。
ご本人は、しつこく退院の要求をくり返しましたが、肝機能障害や高血圧等の身体症状が治っていなかったので、主治医は。再び飲み始めたら、生命の危険がある″と告げて、4ヵ月のあいだ、退院に同意しませんでした。そして、ようやく退院する際に、わたしの外来診療へ通うように助言したわけです。
サダカツさんは、横浜市のある現業職員の息子として生まれ、高等小学校をでて機械工に就職しました。敗戦で工場が閉鎖になりましたが、幸いべつの工場に移ることができた、ということ
です。飲酒習慣は16歳ころからで、軍需工場の工員でしたから、当然のように飲むことができたようです。
毎日飲むようになったのは25歳ごろで、これはようやく酒類が自由販売になった昭和24年から2、3年たった時期と推定されます。彼は「徹夜で仕事をするときにはどうしても飲まずにおれなかった。そして、一升酒になるのに1、2年しかかからなかったように思う。深酒すると、翌日は体がだるくて仕ぶにならないので迎え酒ということになる」と説明していましたが、昭和25年後半から始まった、いわゆる特需景気を背景に考えると、その状況は理解できるでしょう。
28歳で結婚し、一時は酒量がへったようですが、お金がいるので、つい他人の残業の日までかわって残業するうちに、酒量は数カ月でもとにもどった、といいます。残業にはいるまえに1、2本飲む。深夜、あるいは朝早く帰宅すると、はやく眠りたいのでまた飲む、という悪循環だったようです。
「儲けるだけ儲いているのに、生活は楽にならない。当時は副職長だったが、早く職長になりたかった。副職長というのは、現場の要望と会社の指示のあいだにはさまって、つらい思いをする。一生懸命にやっているのに認めてくれないのは死ねといわれているようなものだと感じた。だけど、だれにも認められないまま、自分でわけがわからないまま、死ぬのはいやだ。世のなかには、わからないことが多すぎるけど、自分が死んだら、妻や子供はどうなる。兄弟も、むかしの仲間も自分から離れていく。みんなと話し合いたかった。静かなところで本を読んだり、人と話し合ったり、考えたりしたかった・・」低い声で罰り続ける彼の話には、さすがにアルコ
ール依存から脱却して、自己を洞察し始めた入らしく、迫力があります。
奥さんと上司にあたる職長さんも、彼の将来を心配してたずねてきましたが、彼のことを、温和だが非社交的で、繊細であるが、くよくよする人、と評していました。
そして、彼自身は「わたしが死んだら、妻子はどうなる」と訴えていますが、実際は3年ばかりまえから酒びたりの生活で、副職長からもはずされ、退職寸前の状態にあり、奥さんが2人の子どもをおいて、ビルの清掃婦をしながら生活を維持している、ということでした。
サダカツさんは、現代社会の管理機構の非人間性を肌で察知しているといえます。「一生懸命にやっているのに、認めてくれないのは。死ね‘といわれていることだ」と怒り、「みんなと話し合いたい」と願うがゆえに酒を飲んでいたのでしょう。酒がはいると、みんなが親しく彼に接してくるように感じられたのでしょう。そこで、彼は安心して疲れをいやし、眠りにつくことができるのです。
しかし、そのような飲みかたをしていると、ものの5年もたてば、自分から飲酒を断つことが、たとえ半日でもできなくなるのが、アルコール依存の特徴なのです。また、彼自身も,この世界が荒涼としていて、自分には住めないのなら、この世界で自己を消耗しつくすよりは、酩酊
の世界へ出奔してしまおう、と考えたかもしれません。そして、自分ひとり出奔しようとすることの妻子に対するうしろめたさが、「義姉さんがたずねてきた」という幻覚のなかに投影されているのかもしれません。
サダカツさんのようなアメリカ型大量飲酒を自殺とのかかわりで説明する専門家が少なくなく、事実、大量飲酒者の自殺は、一般人の58倍もあるという資料もだされています。このような人たちに、ただ「酒をやめなさい」と忠告してみても、あまり意味がないことは理解していただけると思います。
しかし、その反面で、彼の奥さんや、子どもたちの生活も考えなくてはなりません。サダカツさんが酩酊して夢の世界に出奔しているあいだ、家族は地獄の生活を送ってきたことでしょう。
アルコール依存者の周辺には、しばしばこの奥さんのように、盲目的といいたくなるほど、本人をかばう人がいます。それは、無理解で冷たい家族以上に目につきます。そして、相談を
受ける側としては、無理解で冷たい家族よりも、世界中でわたし一人はとでもいったような姿勢で彼をしっかりつつみこもうとする奥さんやお母さんとの対応に、むしろ苦労するのです。ところで、サダカツさんは、わたしの外来に半年ばかり通ったあと、断酒会にはいりましたが、その後は、わたしに連絡がありません。どうか、お酒はやめていてほしいと願っています。

心を開いてくれないアルコール依存症患者たち

わたしがサダカツさんを忘れられない理由が、もうひとつあります。アルコール依存におちいった人は、一般病院、ましてやその精神科を訪れることを嫌います。実際、アルコール依存者は局囲の人たちが説得しないときません。
さらに、せっかくみえても、自己防衛の構えが強くて、大量飲酒にいたった自己の内界については語ってくれないものです。
中央官庁の課長で、奥さんにやっと連れてこられたのに、健康保険の使用をがんこにこばんで奥さんといさかいをおこし、わたしと一時間ばかり面接するうちに、少し心を開いて、自分がアルコール依存者であることは認め始めましたが、次回の約束には来院せず、そのままになってしまった人。ある会社の部長で、家族の説得でようやく来院しながら、次回の約束を「娘の見合いが終わるまで」と1カ月さきまでのぱし、結局こなかった人。
苦い記憶のほうがはるかに多いのです。また、数カ月の入院治療のあとできたかたでも、妙にペダンチィックで、ほんとうに心を開いて語ってはいない、と感じられる人が多く、飲酒はひかえるようになったが、家族の苦労は、かたちが変わっただけで、なおも続いている場合も少なくありません。そのようななかで、サグカツさんは、それほど教育は受けておられないのに、現代の社会状況と自己のかかわりを洞察し、新しい生活を真剣に模索しておられることに感銘を受けたわけです。

〔まとめ〕
⑴「依存」という概念は、1965年(昭和40)に、世界保健機構(WHO)が使うことを取り決めた比較的新しいものである。
⑵アルコールは、薬物であり、嗜好品であるという2つの側面をもった、依存形成性薬物である。
⑶依存形成性薬物で、アルコールのほかにわれわれの日常生活に慣れ親しんでいるものに、お茶、コーヒー、タバコがある。
⑷アルコール依存とは、ある期間、ある量のアルコールを頻繁に飲んだため、やめようと思ってもやめられなくなった状態をいう。
⑸アルコール依存には、心理的依存と、身体的依存がある。
⑹慢性アルコール中毒とは、依存におちいったうえに、肝臓を中心にした内臓器官が侵された状態をいう。
⑺水のかわりに、ワインやビールを飲んでいる国の人びとは、50歳とか60歳とかになってアルコール依存になる。
⑻アメリカ特有の社会的背景によって、アメリカ型アルコール依存と呼ばれるものが生まれた。
⑼アメリカの場合のように、ウォッカとかジン、ウイスキーのような強いアルコールの消費量がふえると、アルコール依存者はそれにともなって急逮にふえる。
(10)アルコール依存者はヽ精神的緊張度がもっとも高い人たち、たとえば、経営者とか管理職の人に多い。また、つきあい酒が多いのも、彼らにわざわいしている。
(11)アルコール依存におちいりやすいタイプは、ささいなことにくよくよする、ゆううつになりやすいといった人である。
(12)アルコール依存症でないのに、「自分はアルコール依存症ではないか」というアルコール依存症恐怖の人が、病院によくくる。

 

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