ノックビン(ジスルフィラム錠) アルコール依存症治療薬

アルコール依存症治療薬レグテクトから抗酒剤ノックビン(ジスルフィラム錠)に変更。強制的に酒を飲めない体質にする訳だから、抑止力の差は歴然。

アルコール依存症の治療方法(精神医学的処方)

      2016/12/10

アルコール依存症の治療方法(精神医学的処方)

早朝に起き出でて、強き酒を追い求むる
者どもに災いあれ
ー旧約聖書ー

飲酒をやめれば治るのか

じつは、肝硬変やコルサコフ症状(脳障害)にでもならないかぎり、身体的依存を治療するのには、むずかしい薬を使わなくていいし、長期間治療する必要もないのです。ただ飲酒さえやめれば、数週間で一応は治るものです。
ところが心理的依存だけは、そうはいきません。身体の中毒症状がとれたあと、もう自分は元気になったのだから、再び飲んでもよいだろうと、すぐに手を出し、また治療を受けなければならなくなる、というようなことをくり返してしまう人のほうが、むしろ多いのです。

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心理的依存の問題をタナ上げにして、身体の治療をくり返していると、思考のほうは、逆に、治すことに慣れてしまい、「慢性申毒なんかたいしたことない」とタカをくくってしまうことがあります。「ちょっと病院にはいってくるよ」というくらいの気持ちで入院して、ものの2、3週間いて、アルコールを体から追い出し、気分をすっきりさせる。
これで、内臓諸器官の機能も、一応もとにもどることが多いものだから、食事もおいしくなって、もとの体力をとりもどすと、サッサと帰って行って、また飲み始める。そして、中毒症状がでるまで飲み続けて、二度、三度と入院することをくり返す。このくり返しを、あまり悩みなく続ける人も、めずらしくないのです。またある人は、逆に、一応入院し治療を受けて治したにもかかわらず、数週間以内にまた飲んでしまった、ということで、強い自責の念にかられてしまう。あるいは、自分はダメな人間なんだと思いこんで、投げやりな生きかたをするようになってしまうということもあります。
自分は、もう社会で一人前の顔はできない、と思いこんで、むかしからの友人との交際などをことわって、自閉的になってしまう。そして、こういった人たちが、そんなこだわりや挫折感から逃れるために、また酪町を求めるという悪循環におちいってしまうことになります。
入院治療の後、再び飲んでしまったために、自暴自棄になり、結局は酒びたりになってしまう人も少なくありません。
なかには、自分の生きている状況、状態のつらさにたえかねて、死んだほうがましだと思い、自殺してしまう人もいます。
もともと、生きているのがつらくて酒を飲みはじめた人は、大酒の原因になった状況を解決せずにおくと、治療からの挫折感も相乗して、自殺してしまう場合が少なくありません。
こういうことから、心理的依存と、依存を形成した動機を明らかにして、治療者とともに、その解決に向かう姿勢をつくっておかないと、再び飲み始めるでしょう。過度なまでに強いコントロールを受けて、根底にある問題が解決されていないのにもかかわらず、飲酒だけはやめる、ということになりますと、その人がつぎにどんなことになるかわかりません。たとえば、ほかの精神病をおこすかもしれないのです。
アルコール依存者には、もともと神経症やうつ病が基盤にあることも、まれではありません。
基盤にある精神的なひずみや障害を解決しないなら、アルコール依存を治療したことにはならない、ともいえます。
日本式特効薬
アルコール依存者と、どうしたら酒ばなれができるかを相談することは、わたしの医師としての生活の多くの時間を占めています。
一般的にいうと、「自分は、なぜ酒を飲むのだろうか」ということを、つらつら考えてみればよいのです。そして、酒を飲むようになったきっかけをみつけ、果たして、それは酒のカを借りなければできないことなのかどうか、反省してみるのです。
うさ晴らしに飲むくせがついたとすれば、うさ晴らしの方法は、ほかにもあるのではないでしょうか。
ゴルフでもいい、ランニングでもいい、マージャンでもいい、なんでもいいのです。酒以外の遊び、レジャーを試みることが大切です。
そして、反省するコツとして、わたしは、両親や先租の墓参りをすすめています。どうしてかというと、墓参りに行ったときは、自分の現状だけではなく、自分の氏、育ちや、自分がどうしてこうなったのかを、歴史的にふり返ることができるからです。
敗北主義といえるかもしれませんが、うさ晴らしの原因が、自分の高望みにあったのかもしれません。一流の家柄でもない、財産もない、エリート教育を受けたわけでもないとすれば、そうそうガツガツしたところで……と、自分を納得させることができるかもしれません。
日本式特効薬は、じつは、「墓参り」なのです。

身体的依存は、酒をやめればとれる

身体的依存の症状に、禁断症状があります。
アルコール依存の思考が、しらふで病院へくることは、ほとんどありません。もし、しらふできたなら、依存はそれほど深刻な状態にまでなっていないといえましょう。むしろ、こういった時期に治療を始めたいのですが、多くの人は、もっと進んだ状態、身体的依存の状態におちいってからきます。したがって、医師は、まず、アルコールを体のなかから出してしまうという治療から始めます。
アルコールが体内から排除されるにつれて、身体的依存、つまり禁断症状がでます。そこで、体内のアルコールの排除を確認するとともに、全身の状態を十分にチェックして、もし必要なら精神安定剤を使うという手順になります。精神安定剤の使用によって、はげしい禁断症状はおさえられますので、禁断時にたいへん苦しむのではないか、とおそれる必要はありません。
精神安定剤が開発される(昭和30年ごろ)まえと比べて、最近ははげしい禁断症状をみせる患者があまりみられなくなりました。それというのも、医師がかなり的確にこういった処置をすることが一般にも知られ、患者のほうも過度な恐怖をいだかなくなったということが影響しているからかもしれません。
しかし、さきにも述べたように、本質的にはアルコール自体が抑制効果をもっている、ということを忘れないようにしないと、目のまえであばれているから、あるいは興奮しているからといって、安易に精神安定剤を使うと、とんでもない事故を招きかねません。ですから、これを使用時機の選択は医師にゆだねるという習慣を、かたく守っていただきたいと思います。身体的依存がとれたあとの処置
つぎに、身体的依存がとれたらどうするのか、ということになります。
第一に、慢性アルコール中毒者は、肝臓をはじめとして、内臓諸器官が侵されています。ます、この治療をしなくてはいけないわけですが、じつのところ、よほど強い内臓障害でないかぎり、アルコールを断つだけで自然に回復するものです。ですから、かならずしも、内科的な治療を内科の専門医がやらないと、中毒症状は治らないというものではないのです。とにかく、アルコールの摂取をやめることが先決で、アルコールがはいっているかぎりは、どんなに内科的治療をやっても、内臓障害は治らないということになります。
第二の問題は、お酒を飲み続けていると、とくに日本人の場合、すきっ腹に飲む、あるいは、軽いおつまみで飲むという習慣があるために、栄養のバランスを失っていることが多いことです。
とくに、何年ものあいだ飲み続けて、慢性アルコール中毒の状態になっている人たちは、なにも食べずに酒だけを飲んでいる人が少なくありませんから、栄養失調の状態になっているわけです。
また、アルコール自体の作用で、ビタミンB1を中心にして、各種ビタミンの欠乏になっていることが多いので、ビタミンをはじめとする各種の栄養を与える必要があります。具体的には、生野菜やくだもの、肉類、それに十分な主食を用意することです。すきっ腹で飲む習慣のない外国でも、慢性アルコール中毒者への栄養補給は、いろいろとくふうされています。ですから、日本人の場合ですと、より以上に重要視しなくては、なかなか体力がもとにもどらないと考えるべきでしょう。
ただし、外国人の場合でもなんにも食べずに、ウォッカなどの強いアルコールのピンをぶら下げて、グイグイ飲んでいくようになりますから、慢性アルコール中毒の末期状態は、日本も外国もそんなに変わりはありません。日本人の場合は、比較的はやく栄養失調になるといったほうが正しいかもしれません。これで、身体的依存は治ったということになると、残る問題は心理的依存をどうするのかということになるわけです。
心理的依存の治療は多彩なプログラムで
心理的依存は、身体的依存の治療のあとに残ってしまううえに、その治療はなかなか困難です。依存にいたる過程は、人によってちがいますから、どうしてこの人はこんなにお酒を飲んだんだろうかという過程を、ひとりひとり具体的に検討したうえで、心理的依存の治療計両をたてていかなくてはならないのです。臨床の心理的依存の治療対策はいまのところ、日本では、外国に比べていろいろな試みがつぎつぎに新しくだされ、各病院、各地域で、アルコール依存に対する多彩な治療プログラムが組まれている、という状況ではありません。
外国べことにアメリカでは、アルコールの心理的依存を治すために、いわゆるA・A(Alco‐holics Anonymous)という、もとアルコール依存者だった人たち自身の手でつくられた組織や、州や市の公的機関、病院、あるいは教会とか在郷ボ人協会とかが、いろいろな治療プログラムを組んでいます。そして、それぞれが、特殊なやりかたを独自にあみだしていて、医師はこの人に対してはこのプログラムがよかろうと、いくつかのなかから選べるほど多彩です。
さきほどもいったように、日本の場合、それほど多彩なプログラムはありません。しかし、そうだからといって、日本はアルコール問題に関して、ひじょうに遅れた国だ、と悲観することはないと思います。なぜならば、欧米諸国では、日本よりアルコール依存者が多く、そのためにどうしてもプログラムの数も多くなり、個性的なものになるからです。
よく、日本はアルコール依存対策が遅れているとか、対策がないとか嘆かれる人がいますが、わたしはそう悲観はしていません。いまのところ、家族や職場のケアがあるから、プログラムは単純にならざるをえない、と理解したほうがいいと思います。そうすると、日本の場合、どういうふうにやればいいのか、ということになるわけです。わたしは、外国でいろいろなことをやっているのを学ぶ必要はあるけれども、まねる必要はないと思います。というのは、日本人に適した心理依存の治療を、われわれ自身の手であみだしていくことが大切だろうと考えているからです。
ひとりひとりが、アルコール依存におちいっていくプロセスがちがうということを無視して、単調なプログラムに全部を組み入れてしまうこと、つまり、ひとつの病院で、ひとつのアルコール依存治療チーム、あるいはひとつのプログラムがあって、自分のところへ入院してきたすべてのアルコール依存者を、自分のところの依存治療プロジヱクトに入れることを原則にする考えかたには、賛成できないのです。
各病院がもっている特殊性を、おたがいに情報交換して、身体依存の状態からは脱出した、これから心理的依存の治療にはいる、というときには、この人はA病院のプロジ匹クトにむいている、この人はB病院のプロジェクトにむいている、この人は退院してもらって、地域の断酒会に送りだそう、というように、多彩さは少ないながらも、おたがいのプロジェクトを上手に利用しあえるようにネットをはることが大切です。
心理的依びの治療の目標は、一言でいえば、「彼が、彼らしく生きる」ことであり、「現実を見すえて、現実的に生きるカをもつ」ということです。それには、こうでなくてはいけないという治療法があろうとは思えません。
その人が、その入らしくなっていくプロセス、あるいは現実に直面していく力がもてるプロセスとは、その人その人でちがっているわけですから、同じように考えてしまうと、大きなまちがいをおかすでしょう。
諸外国のやりかたをみていても、依存者を同質に考えているんじゃないのか、二群か三群とかいうふうに、わりに単純にアルコール依存の型をとらえすぎているのではないか、と思います。
こういったところは、これから改めていかなくてはならないでしょう。

心理的依存のないアルコール依存者もいる
ごく極端な例をあげてみますと、まだいまでも下町や地方の農村などにはいるかもしれませんが、わりに若いころから日常の生活習慣として、清酒あるいは焼酎を飲み続けて、40歳か50歳になって、気がついてみたらアルコール依存の症状になっていた、というケース。この依存を入院治療によって治したという人の場合、彼に心理的依存はあるのでしょうか。たぶんこのようなかたには、心理的依存の治療はいらないのではないかと考えられます。こういった生活習慣から身体的依存に入った場合は、心理的依存の時期はみつからない、ということが多いのです。だから、「あなたはもうお年ですから、お酒は飲めなくなったんですよ」と告げるだけで、わりに簡単に「やめようか」ということになるのではないかと思えます。
ただし、これには身体的依存の状態を取り除いたあと、ある程度の配慮が必要です。このような例では、家族のかたに「大切にしてあげてください」とお願いして、あとは家族の注意だけでうまくいくことが多いのです。
しかし、このようなかたでも、長いあいだ、大酒でしばしば家族に迷惑をかけている場合では、うまくいかないことがあります。

アルコールでないほかの薬にきりかえられるか
それに対して、たとえば出稼ぎの人たちにときどきみられる、つぎのような例があります。
大都会の生活はつらい、なかなか人になじめない、あるいは、夜十分な睡眠がとれないということで、酒自体をおいしいとは感じていないけれども、現実を忘れるために、あるいは眠りにつくために飲んでいるという人たちは、酒と物理的に断たれないかぎり、やめようと思ってもおそらくやめられないだろうと思います。こういう人の場合、精神療法とか身の上相談ということでアプローチしていっても、現実に眠れなければ、お酒を手にしなくてはならないだろうし、対人関係がうまく維持できなくてイライラするということであれば、その現実を消し去るために、お酒を手にしてしまうことになるでしょう。このような人たちに対しては、極端ないいかたをすれば、お酒を下手に取りあげれば、ノイローゼかうつ状態になってしまいますから、物理的に酒から切り喧すといっても、それだけでうまくいくとは考えられません。
そこで、入院治療によって、アルコールと切り誼したうえで、ノイローゼなどの治療をしなくてはなりません。その過程で、精神安定剤や睡眠剤を使って、アルコールをほかの蔡にきりかえる必要もでてきます。
しかし、この場合、一種類のものを長期間使っていれば、お酒とはきれるかもしれませんが、精神安定剤や睡眠剤など、ほかの薬物の依存におちいってしまいますから、やはり、常に医師と接触をもって薬を考えて、そのあいだにその人が新しい生活に慣れて、自発的な生きかたができるようにしていくことが大切です。そのためには、精神療法のほかに、職業教育や、都市での生活の教育等、多彩なプログラムが紺まれていないとうまくいきません。
オーストラリアやニュージーランドには、パプア・ニューギュア等の人たちが働きにきた場合、オーストラリアやニュージーランドの生活に適応するための教育プログラムがありますが、そのなかに飲酒習慣の教育コースが用意されています。
日本でも、企業や都市の職業安定所等で、オリエンテーション・プログラムのなかに、飲酒習慣の教育があってもよいと思います。そして、その流れのうえで、治療教育施設が考えられると有効でしょう。
いずれにしても、アルコール依存におちいっていく過程には、いろいろありますから、アルコール依存者というひとつの集団として治療対策がたてられるものではありません。

心理的依存の治療を行なうために必要なスタッフ

心理劇はとにかくとして、アルコールに対する心理的依存の治療にあたっては、狭い意味での医療モデルではどうにもなりません。そこに教育的要素が組み込まれていないと、治療対策はたてられません。こうなりますと、現在の医療チームの、医者と看護婦という組み合わせ以外に、トレーナーと申しますか、教育法を身につけたかたにも、チームに加わってもらわなくてはいけなくなります。
また、多くのアルコール依存者たちは、家族との関係がよくないのです。それは、長年のあいだ、酒を飲んで家族に迷惑をかけるからです。それを第三者的に調節するという役割をもつ人も必要でしょう。
もう、すでに家族から切り雌されてしまっている人には、自分ひとりでも生きていけるような生活設計をたててあげることも必要です。社会福祉事務所と連絡をとって、生活保護を受けながら生活の基礎固めをしていく、とかいった問題もでてくるかもしれません。あるいは、離婚という問題がおきてきて、夫婦問のごたごだが、裁判所レベルで争われる事態になれば、それに対して適切な助言をしてあげなくてはなりません。
こういった役割をもつ人たちも、アルコールに対する心理的依存の治療対策を考えていくうえでは、チームメンバーとして用意しておかなくてはいけないと思います。
この仕事をする人を、一般にソーシャル・ワーカーと呼んでいます。なんと呼ぼうとかまいませんが、日本の感覚にあうことばができれば、そのほうがいいわけです。
とにかく心理的依存の対策は、従来の医療チームではできません。依存者のもっている心理的、社会的問題をたんねんにQろいあげて、適切な処置をとれるチームづくりに成功して、はじめてかなり特殊な依存者のための治療プロジェクトや、教育プロジェクトを進めることができるのです。
ですから、頭のなかで考えたプロジェクトを、あまりはやく具体化してしまって、それにふさわしいスタッフがそろっていないということになると、結果はよくありません。

抗酒剤による治療

アルコール依存の治療として見落すことができない方法に、抗酒剤による治療があります。これは、抗酒剤の使用によって、酒に対抗するということです。この薬の作用によって、アセトアルデヒドという物質を体内に蓄積させ、酪町による苦痛を高めます。これを使うと、酩酊時に気持ちがわるくなり、不快感と苦痛がでてきます。その経験によって、お酒が飲めなくなるわけです。
お酒を飲むと苦しくなる、という経験をすることによって、その人がお酒を飲まなくなるようにしむけるわけですから、抗酒剤を与えなければ、あるいは服用しなければ、もとにもどってしまいます。
ですから、抗酒剤を使う意味は、この薬によってお酒を飲めない状態にしておいて、つまり、しらふの状態をある程度維持しておいて、その時期に精神療法とか、教育とかいった働きかけをするのです。抗酒剤だけでお酒をやめられるようになる、ということではありません。
それに、抗酒剤を使用しますと、肝臓や、その他に対して副作用がありますから、十分に注意をしなければいけません。
ある年齢に達している人の場合、たとえば、50歳をすでにこしている人の場合には、数年にわたって、比較的少量の抗酒剤を飲み続けてもらうことによって、老人の状態になるのを持ち、ほんとうにお酒が飲めなくなったとき、治療を終える、という方法もあります。このような方法で成功している例もときどきあります。
なかには、医師が本人に抗酒剤だということを告げないで、肝臓の薬だとか、あるいは栄養の薬だといって、抗酒剤をずっと飲ませ続けている場合があるようです。
この場合、抗酒剤を服用しているかぎり、かくれて一杯やればたちまち苦しくなりますから、本人は自分の体がお酒を受けつけなくなったんだ、と信じるようになります。もちろん、家族の人には事実を告げて了解をとり、事故がおきないように注意してもらうことは、いうまでもありません。
しかし、このような場合は、お酒のこわさを認識したわけではないのですから、「アルコール依存から自分は脱却しなければならないんだ」というような覚悟はありません。それで「自分は、もうお酒が飲めなくなってしまった」とかな‘りくやしそうに訴える患者が多いのです。
このように、「わたしも年をとってお酒を飲めなくなった」、「だらしのない体になったものだ。同じ年のものでもあいつは飲んでいるのにわたしは飲めない」とうらめしそうにいうことから、こういう人は、ほかのもので酪酎するきっかけがあれば、それを使うかもしれません。また、もしその人に抗酬剤を処方することをやめた場合、またお酒を飲むのではないかという危険も感じます。ですから、このような方法は、かなりの老人で、自然に飲めなくなるときがち
かい人の場合のみ有効だと思います。

抗酒剤の種類

成分名:ジスルフィラム(商品名:ノックビン・アンタビュース)

成分名:シアナミド(商品名:シアナマイド)

成分名:アカンプロサートカルシウム(商品名:レグテクト・アキャンプタス)

〔まとめ〕
⑴身体的依存は、酒を飲むのをやめれば、短期間で簡単に治る。
⑵酒離れをするためには、自分がなぜ酒を飲むようになったかをよく考えることが大切である。
⑶身体的依存がとれれば、そのつぎは、栄養補給などによって内臓諸器官の障害を取り除く。
⑷心理的依存の治療は、患者個々にあった治療方法で行なわなければ有効ではない。
⑸心理的依存の治療の目標は、「彼が、彼らしく生きる」ことであり、「現実を見すえて、現実に生きる力をもつ」ということである。
⑹心理的依存をともなわない、身体的依存だけのアルコール依存者もいる。
⑺アルコール依存者のなかには、酒を飲まなくては人とつきあえない人もいる。こんな人たちには、対人関係の教育を施さなくてはならない。
⑻精神的教育の方法のひとつとして、心理劇がある。
⑼抗酒剤という薬によって、アルコールを嫌いにさせ、依存性を取り除く、という方法もあるが、絶対ではない。

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