ノックビン(ジスルフィラム錠) アルコール依存症治療薬

アルコール依存症治療薬レグテクトから抗酒剤ノックビン(ジスルフィラム錠)に変更。強制的に酒を飲めない体質にする訳だから、抑止力の差は歴然。

健康な飲酒とは?

      2016/12/10

健康な飲酒とアルコール依存症との境目

酒はもともと薬だったそうですが、どんな効用がある?

俗に「百薬の長」といわれるように、酒はじょうずに飲めばなによりの食欲増進剤になり、また精神科医からみると、手軽な抗うつ剤であり、習慣性のもっとも少ない優秀な睡眠剤ともなります。
歴史の国、中国においては、すでに萬王の時代から酒が史書に登場します。「百薬之長」の出典も漠代の『食貨志』のなかの「酒者天之美禄 百薬之長」に由来するように、満代から強壮剤としての酒の効用が認められていました。また、明代の『五雑組』にも「酒ハ衰ヲ扶ケ 病ヲ養ウノ具」とあり、『本草網目』には「少飲スレバ則チ血ヲ和シ、気ヲ行シ、寒ヲ禦ス」と記されています。
こうした酒の強壮作用は、すでに聖書にも「パウルはチモシールに忠告して日く、もはや水を飲むことなかれ。汝の胃のために、汝の虚弱のために、少量のワインを用いよ」と記されています。このありがたい教えは、中世の教会にもひきつがれて、酒は病人を蘇生させる妙薬「生命の水」アクワ・ビターとして尊ばれました。現代のウイスキーなる名称は、このアクワ・ビターの古代スコットランド語「ウイスゲ・ベーハ」に由来するものです。
さらに、アルコール濃度も低く糖分をふくむワイン類を衰弱した病人にあたえると、弱った胃にたいするアペリティフともなり、また、手っとり早いカロリーの補給源になります。事実、現代においても、いわゆる「脳貧血」をおこした虚弱な女性などにワインを口にふくませると、有効な気つけぐすりになります。昔なつかしい「ウイスキー・ボンボン」は、気まぐれで拒食症気味のパリ娘にあたえるよい強壮剤だったの

食欲というものは習慣性のもので、少食をつづけていると食欲がますますおこらなくなって、栄養失調がすすんできます。胃に負担がかからず吸収もよいしょ糖は、江戸時代における高価な栄養剤だったのですが、たっぶりと糖分をふくんで血のように赤い「赤玉ポートワイン」も、戦前の薬用酒でした。

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少量のお酒は、善玉コレステロールをふやすというのは、ほんとうですか。
少量の酒は善玉コレステロール(HDL)をふやし、血管を広げるので、かえって高血圧や心筋梗塞を予防するという、酒飲みには耳よりの学説があります。
動物性脂肪や卵などの悪玉コレステロール(LDL)の多い食事をとっていると、動脈の壁にコレステロールがくっついて動脈硬化をおこしますが、これと反対に、善玉コレステロールは動脈の壁にたまったコレステロトルをとりのぞくはたらきをもつといわれています。
このHDLを十分にはたらかせるためには、血液中の総コレステロール量を血液1デシリットルあたり220mg以下にし、善玉コレステロールを同40mg以上にたもつ必要があります。すでに触れたように、最近の学説ではアルコールがこの善玉コレステロールをふやすはたらきがあるというのです。しかし、こうしたはたらきをするアルコールの量とは、清酒なら一合、ビールでは大びん一本、ウイスキーならダブルー杯程度の量なのです。それ以上飲めば、かえって百害を生じて、いろんな成人病をおこしてくることを忘れないでください。

飲酒と精神的な効能

日本の男性のストレス解消法の第一はお酒だそうですが、精神面ではお酒にはどのような効能がありますか。
中国や西欧ではむかしから酒の強壮剤や栄養剤としての効用が有名でした。しかし、わが国ではもっぱら、酒のトランキライザーとしての効能のほうがよく知られていました。
なにしろ、陳壽の『魏志倭人伝』には、「倭人(日本人)が酒をこのみ、葬儀に乱酔して酔い泣きしている」とのくだりがでてくるほどです。つまり、わが国は、ヒミコの時代から、酒は対象喪失の悲しみを忘れさせる向精神剤としてもちいられた国柄だったのです。それだからこそ、奈良朝の貴公子、大伴旅人も「験しなき 物を思はずは 一杯の 濁れる酒を 飲むべくあるらし」と愁いをしずめるトランキライザーとしての酒の効力をたたえています。
また、柳沢きえん(江戸中期の文人)の『飲酒十徳』も、酒は「礼を正し、労をいとい、憂をわすれ、斟をひらき、気をめぐらし、病をさけ、毒を解し、人と親しみ、縁を結い、人寿を延ぶ」と、もっぱらストレス解消と抗うつ作用、コミュニケーション促進など、心理面の効用を強調しています。
そもそも、「酒はうれいの玉唇」という名文句は、近松門左衛門の戯曲のさわりであり、このようにわが国で酒の心理面の効能のみが強調されてきた理由は、わが国がむかしから和を重んじる国家であっただけに、ストレスがたまりやすい社仝だったためであるといえないでしょうか。

●飲酒とストレス解消
わが国ではお酒はどのくらい飲まれているのですか。また、お酒でほんとうにストレス解消はできるのですか。
わが国のサラリーマンが一年間で飲みほすアルコールの量は、バブルのさなかの1989年度、もっともこのまれるビールで600万klでした。この量を東京ドームにそそぐと、7.1杯分にも相当するといいます。
現代はストレス過剰の時代です。こんな大量のアルコールをわが国のサラリーマンらが飲みほす目的は、酔っぱらうことによって、日ごろのストレスを解消したいからなのでしょう。厚生省が1988年度に行った「健康福祉動向調査」によると、国民の二人に一人は日々の生活にストレスを感じているそうです。とくに、中年層のサラリーマンでは、
「前日の疲れが翌日まで残る」「疲れやすく、イライラする」「肩や首すじがこる」などの心身症的な訴えが多くなっています。「不満」「悩み」「疲労」などもまとめて「ストレス」として回答にふくめると、35歳から54歳までの働き盛りの男性の12〜13%が、「ストレスが大いにある」と答えています。そのストレスの内容とは、五割以上が仕事上のことであって、とくに「職場内の人づきあい」と回答した人がそのうちの六割と、とび抜けて多くなっています。
ストレスの解消法として、手軽に「酒を飲む」と答えた人はじつに四割以上を占め、その30.4%が毎日飲酒しています。月1〜2回以上飲酒する人をふくめると、74%にもなります。これにたいして、ストレス解消法としてほんらいのぞましい「趣味・スポーツにうちこむ」と回答している人は35.5%にすぎません。たえず仕事に追いまくられて、つい手軽な赤提灯やカラオケ・バーにストレス解消の場をもとめてしまう、わが国の中高年サラリーマンの悲しい習性がほのみえてくるアンケート調査結果といえます。わが国のサラリーマンがこんなにもアルコールに依存するのは、かたくるしい管理社会の束縛を酒の酔いにしばし忘れて、やはりみずからを解放したいからなのでしょ

酩酊と体内の変化(ほろ酔いまで)

酔っぱらったときには、体内でどういうことがおこっているのですか。陶然たる酒のここちよい陰影感とは、酒が理性の座である大脳の新皮質をてきとう
に麻痺させて、浮世のしがらみをしばし忘れさせることから生じるものです。
薬理学からみると、酒の主成分であるエチルアルコールは中枢神経の麻酔剤にほかなりません。胃腸から吸収されたエチルアルコールは、血液中にはいって大脳に達し、抵抗力の弱い大脳新皮質から徐々に麻酔させていきますが、このとき、呼吸中枢など生命の維持にたいせつな中枢のある脳幹には達し心いように、「血液脳関門」によって守られています。

アルコールの血中濃度と酩酊度

アルコールの血中濃度と酩酊度↑

飲酒量と酔いかげん

飲酒量と酔いかげん↑

 

ここちよい酩酊感がえられるのは、アルコールの血液中の濃度が0.1%前後である
第一期から第二期までの時期です。
この時期には、本能の座(旧皮質系)の欲求行動に理性の座(大脳新皮質)からかかっているブレーキが過度に麻痺してきます。だから、ふだんのかたくるしい精神的な緊張がとれて、人は陽気になり、素面では口にできないような大胆な言動にでたりします。タテマエばかりの管理社会に生き
ているサラリーマンが酒を飲むのは、この第一・第二期の麻酔作用によって、抑圧されっぱなしの本能行動を解放して大哲人一休禅師のような自由人に変身し、欲求不満を合法的に解決できるからなのです。 しかし、ほどよい酔いがえられるのは「ほろ酔い極期」までで、清酒なら三合、ビールなら大びん三本、ウイスキーではシングル六、七杯までです。

酪町と体内の変化(危険な状態)
ここちよいお酒が「危険なお酒」にかわるのは、どのあたりですか?
アルコールの濃度が第三期に達すると、麻酔は運動神経に及んで千鳥足になり、思わず電柱をかかえたりすることになります。舌はもつれて言語は不明瞭になり、眼の動きを支配する動眼神経も麻痺してものが二重にみえてきます。この時期には理性はまったく麻痺し、ヒトは感情脳である旧皮質に支配され、やたらに怒ったり、泣いたりします。
さらに麻酔がすすんで第四期になると、すっかり足をとられて立っていられなくなって、道路に座りこんで眠ってしまいます。他人のことばの意味がまったく理解できず、みさかいもなく手を上げたり、肩で息をつき、気持ちが悪くなって吐いたりします。ほうっておくと、吐いたものを気管につまらせて窒息死する場合も多いので、気をつけねばなりません。ついで、第五期になると昏睡状態におちいり、ついには呼吸中枢のある脳幹にまで麻酔が及んで死亡するのです。

イッキ飲みの危険性
イッキ飲みのどういう点が、いちばん危険なのですか?
ふつうのペースで飲んでいれば、アルコールは飲むかたわらから体内で分解・排泄されていきます。したがって、血液中の濃度が危険な第五期まで速することはありません。しかし、「イッキ飲み」などで焼酎やウイスキーなどアルコール濃度の高いお酒を急速に飲んだ場合は、血液中の濃度が危険ラインまで高まり、呼吸麻痺で死亡するケースもおきます。注意しなければなりません。
1991年度の消防庁のまとめによると、当時、全国で九つの政令指定都市において急性アルコール中毒で救急車のお世話になった人は約二万人であり、圧倒的にヤングが多いということです。とうぜん死亡例もこのなかからでます。
しかし、大学の新人歓迎コンパなどの死亡例の記事をみると、第五期の呼吸麻痺による麻酔死をおこしたものよりも、じっさいには第四期の泥酔状態にありながら、介護者がいないために吐いたものをのどにつまらせて窒息死したり、池にはまって事故死する場合などが多いようです。
酒がスピリットというほど発揚効果をもつのは、アルコールによって覚醒物質である覚醒アミンが一時的に脳内に放出されるためでもあります。しかし、その反動として、翌朝には脳内興奮物質の不足によって、宿酔の朝のめいるような虚無感がおこることになります。この急性アルコール中毒と宿酔のさまざまなメカニズムや、危険な病的酩酊状態について、さらにくわしく説明します。

アルコール依存症との境目

「二日酔い」とはどんな状態か
「二日酔い」とはどういう状態を指すのですか。また、悪酔いと二日酔いとはどうちがうのですか。
「宿酔」「二日酔い」というのは、ほんらい、禁酒の影響が翌朝まで残っている状態です。これにたいして「悪酔い」とは、酔って頭痛や吐き気をおこすことで、両者ははっきり区別されます。しかし、じっさいにはこの両者の合わさった状態を、いわゆる
「二日酔い」と考えてよいでしょう。
したがって、「二日酔い」の症状としては、頭重、悪心、嘔吐、めまい、顔面蒼白、冷や汗、頻脈、心悸昂進(どきどき)、全身の倦怠感などの身体症状のほかに、地獄にでもめいりこむような「二日酔い」に独特の虚無感がともないます。

●二日酔いの生理学
二日酔いがおこるのはなぜですか。お酒のなにが、二日酔いの原因となるのですか?
二日酔いのいろいろな症状がどうしておこってくるのかを述べるためには、アルコールの代謝過程について説明しておかなければなりません。胃のなかにはいったアルコールは、30分ぐらいで約三割が胃から吸収され、胃内で乳び状になった残りが小腸から吸収されます。
小腸で吸収され血液中へ移ったアルコールの濃度は、お酒を飲んだあと1時間〜1時間半でピークに達します。
血液中のアルコールは、肝臓のアルコール脱水素酵素(ADH)によって分解され、まずアセトアルデヒドになります。中間代謝産物であるこのアセトアルデヒドは、さらにアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)によって分解されて酢酸になり、ついには炭酸ガスと水にまで分解されて尿として排泄されま
すが、この分解・排泄過程が全部終わるまでにはかなりの時間を要するのです。二つの酵素、とくにアセトアルデヒド脱水素酵素のはたらきが悪いと、血液中にアルコール分や有害なアセトアルデヒドがいつまでも残ることになるので、悪酔いをおこ
してきます。中間代謝物質であるアセトアルデヒドは、それ自体で悪心、嘔吐、呼吸促柏(そくはく)、心悸昂進(しんきこうしん)をおこすなど、アルコール
より数倍も強い生体反応をおこす有害物質なのです。現在、アルコール症の患者さんの治療にもちいられている、酒の飲めなくなるくすり(抗酒剤)は、おもにアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)のはたらきをブロックする薬理作用をもっています。
少量の酒ですぐ顔が真っ赤になる人(フラッシングタイプ)はわが国には47%もいます。このタイプのほとんどいない白人や黒人にくらべてとりわけ多い数字です。
これは、日本人にはALDHの活性の低いD型と、活性の高いN型の遺伝子とがまじりあって存在するからです。日本人のなかには、N型同士の両親から生まれた酒の強いNN型が約五割、D型とN型の組み合わせの酒の弱いND型が四割いて、残りの一割は私のようにまったく酒の飲めないDD型とされています。このDD型の遺伝子のもち主は、たえず抗酒剤をのまされつづけているようなものです。つまり、中間代謝産物であるアセトアルデヒドをいつまでも分解できないので、すこしのお酒で顔はすぐ真っ赤になり、心臓はどきどきし、頭が痛くなり、気分が悪くなって、ついには吐くことになるのです。
このように中間代謝物質アセトアルデヒドのおこす症状が二日酔いの状態にひじょうによく似ているので、この物質が二日酔いの原因物質と考えられてきました。飲酒量が少なくなれば、お酒の処理に要する時間もとうぜん短くなります。したがって、翌朝の血液中の濃度をゼロにしてすっきり目覚めるためには、最大許容量で清酒なら三舎まで、ビールならE本弱、ウイスキーならグラス7杯までで、それも遅くとも前夜の11時までに切りあげる必要があるでしょう。
俗に、糖分の多い酒やチャポン飲みが二日酔いをおこすといわれていますが、これは飲んだアルコールの総量の問題にすぎないのです。ビールやウイスキー、カクテルなどと酒の濃度をかえると、いくらでも飲めるからです。また、こういう飲みかたをすると、ふだんの適量がわからなくなって、つい総アルコール量がオーバーになるからです。ついでにいえば、正月の屠蘇のベースはミリンだし、甘いリキュールも30〜40度のアルコール分をふくんでいます。したがって、深夜のスナックで仕上げに飲んだカクテルー杯はビールー本に相当し、翌朝はげしい二日酔いに苦しむことになるわけです。
しかし、二日酔いのいろいろの症状は、ほんとうはアセトアルデヒドの残留量だけで説明されるようなかんたんなものではないのです。
もと京都府立大学教授の小片重勇先生は、二日酔いのときの血液中のアセトアルデヒド値がじっさいにはさして高くないことに注目し、動物実験によって、二日酔いの多彩な症状がじつはいろんな内臓の急性中毒の複合現象にはかならないことを証明しました。
たとえば、マウスに大量のアルコールを一日飲ませただけで、翌朝にはマウスの脳細胞にふくまれる「結合水」が六〇%も失われるそうです。梅酒づくりで青い梅の実を焼酎に漬けるとしわしわに縮んでしまいます。つまりそれとおなじで、二日酔いの翌朝のあなたの脳はそんなに縮んでいるのです。検査で髄液をすこし抜いただけで頭痛や嘔吐がおこりますが、二日酔いの翌朝の割れるような頭痛は、これとおなじ脳の脱水症状によることがよくわかると思います。もっとも、二日酔いのこの脱水状態は水分の補給によって回復します。しかし、しばしば大量の飲酒をくり返しているアルコール症の患者さんの脳は、だんだん萎縮してきて、CTスキャン(コンピュータ断層撮影)やMRI(核磁気共鳴映像法)で調べると、まだ40代なのに60代や70代の大脳のような萎縮像を示す事例が少なくありません。
この脱水状態はとうぜん、脳ばかりでなく腎臓や心臓、肺など全身の内臓にもおこっているので、二日酔いの翌朝はのどがやけつくように渇きます。だから、二日酔いの手当てにはまず水分の補給が第一です。

これらのほかにも、飲酒の影響はいろいろあります。たとえば、飲酒によって筋肉内のクレアチニンが減り、リン酸代謝が高まります。これははげしいスポーツ後にみられる現象とおなじです。つぎに、飲酒によって低血糖がおこるので、これを補うために肝臓や筋肉から元気のもとであるグリコーゲンが動員され、また体内のアミノ酸も減ってしまいます。さらに、アルコールを分解するために大量のビタミンB1が消費され、ビタミン不足になっています。以上のことから、二日酔いとは、大量の飲酒によっておこった脱水、低血糖、からだが酸性になるアシドーシスやエネルギー消耗状態などの複合状態であり、あの、全身から力が抜けるような疲労や困懲が生じるのもとうぜんだということがわかります。

人柄がかわる病的酩酊とは

酔うと人柄がかわったようになる人がいますが、どうしてでしょうか。また、そうした酒癖が悪い人には、どう対処したらよいでしょうか。
泥酔してやたらにからんだり、人がかわったようならんぽうな口をきく人のことを、俗に「トラになった」といいます。これは、知性の座である大脳新皮質のブレーキがアルコールで麻酔されて、その人が本能の座である旧皮質の欲求・攻撃行動に支配されるままの「野獣」と化した状態になるからで、「トラ」というのはいいえて妙です。
この手の人は、翌朝、つごうの悪いことになると「覚えていない」といいはりますが、じっさいには、とぎれとぎれの記憶のあることが多いのです。しかし、本人にまったく記憶のない「ブラック・アウト」といわれる状態がひんぱんにおこるようになったら、危険信号です。通りがかりに店の看板をもってきてしまい、あとで謝りにいくうちはご愛敬ですみます。しかし、この時期に人がかわったように狂暴になって、ふだんでは考えられないような傷害や強姦、あるいは殺人事件をひきおこして、精神鑑定にまわされるケースもあるからです。
私が慶応義塾大学病院に勤務していた1950年代後半、泥酔のうえで日ごろ仲の悪かった同僚を殺し、死体を勤務先の化学工場の大きな硫酸槽に投げこんで溶かしてしまった事件があり、その精神鑑定をもちこまれたことがあります。
彼は、こんな手のこんだ隠蔽工作をしながら、事件の記憶がまったくないといいはっていました。そこで、私の恩師・三浦岱栄教授が鑑定人となり、「再現実験」が大学病院の一室で行われました。再現実験とは、事件当日とおなじ酒量を飲ませ、どんな精神状態になるのかじっさいに観察することです。素面の彼は、一流会社のエリートらしくいんぎんな物腰の紳士で、「教授にお酌していただいて、昼間からお酒をいただくなど申しわけありませんね」と恐縮しながら盃を重ねていました。しかし、このようにバカていねいな、つまり過度に礼儀正しい人は、じつは内面の強い攻撃性をかくすために自分を偽っていることが多いのです。つまり、精神分析でいう「反動形成」を行っているから要注意です。
はたせるかな、四合近ぐ飲んだころから、「ああ、監視つきで飲むなんて、うまくもなんともないや」とチラッと本音がでて、こちらをギクリとさせました。その直後、突然「ウォー」と猛獣のように咆えたかと思うと、あいだにあったテーブルを飛びこえていきなり教授につかみかかりました。
小柄な教授はヒラリと身をかわすと、いちもくさんに部屋から逃げだし、とり残された鑑定助手の悲鳴で数人の教室助手がかけつけ、荒れくるうハイド氏をやっとのことでとりおさえました。
病的酩酊というのは、このケースのように、ある瞬間からまったく人がかわったような狂暴な状態となるものです。しかもそのあいだの記憶は完全になくなっています。ドイツの犯罪精神医学者H・W・グルーレは、病的酩酊を「飲酒によって誘発されたてんかん性『もうろう状態』」だと考えています。
ふつうの単純酩酊(いわゆる酔っぱらい)では、酔って意識水準が低下するのとあわせて、運動神経の麻痺もすすんでいます。舌はもつれ、千鳥足となり、やがて座りこんで寝てしまいます。しかし、病的酩酊では、意識の混濁はひどいのに、運動麻痺がおこるどころか、かえって敏捷になるケースさえあるのです。だからやっかいです。
もうひとつ例をあげてみましょう。もとトラックの運転手。酒がはいると動作がかえって敏捷になり、まず家族が逃げだせないようにマンションのドアをチェーンでロックします。つぎに110番へ通報されないよう電話線を切断し、家族の悲鳴が聞こえないようにテレビのボリュウムをいっぱいに上げるという準備をととのえます。それから、恐怖におびえる妻子をすわった目でねめまわし、集めた刃物類をひねくりまわすという、聞くだに恐ろしいケースがありました。包丁をとり上げようとして、妻が手のひらに大けがをし、外来に抗酒剤をもらいにあらわれたこともあります。
しかし、こんなものすごい事例はそうあるものではありません。私のアルコール外来につれてこられたさる大企業の社員の事例では、自宅に帰るつもりが、なんと反対方向の電車に乗ってしまい、さらにバスに乗ってある停留所でおりたそうです。まだ自動販売機のない時代でした。タバコがのみたくなったものか、彼は閉まっているタバコ店のガラス戸をたたき破り、びっくりしてでてきた店主の首をいきなりしめて警察に保護されたのです。ハシゴした三軒目からの記憶はまったくありませんでした。
まだ当時はこの種の酒の上の武勇伝に警察が寛容な時代でした。店の主人が「なにもおぽえていないというのだから、許してあげてください。店のほうはガラス代さえ弁償してもらえばいうことはありませんから」と口をそえてくれたので、以後、アルコール外米に通うことを条件にこの事件は始米書ですみました。しかし、最近は身柄を拘置されて、器物破損、傷害罪で起訴される場合もあるのですから、病的酩酊の傾向のある人は注意しなければなりません。
こういう人はあんがい身近にいるものです。酒癖が悪いと評判の同僚や部下がいたら、まわりの人は彼の酷阿吽の武勇伝をよく調査して、宴会ではあまり飲ませないようにしてください。万一酷阿してきたら、屈強な若手を二、三人もつけて自宅まで送りとどける配慮が必要でしょう。ともかく、異常酷阿の傾向のある人が、顔面蒼白となり、目がすわり、ふだんとはちがう大声をだしてからみはじめたら、さっそく適切な処置をほどこす必要があります。事件をおこしてからでは、あとの祭りなのです。こうした人にたいする家族の対応については、あとのほうで述べます。

酒飲みとアルコール症の境目(連続飲酒発作)

たんなる酒飲みが酒に飲まれるアルコール症にかわってしまうのはなぜですか。
問題飲酒とは、要するに自分で自分の飲酒をコントロールできなくなっている状態のことです。アルコール症やアルコール依存症などの区別や定義はあとで述べますが、たんなる大酒飲みだった人がアルコール症やアルコール依存症にかかわる境目は、飲みだしたらとまらない「連続飲酒発作」にあります。東京都立精神医学総合研究所の斎藩学氏は、この「連続飲酒発作」こそアルコール依存症の本質であると主張しています。
では、どうしてこんな状態がおこるのでしょうか。「わかっちやいるけどやめられない」と酒飲みの気もちを代表する歌の文句がありました。「明日の勤めにひびくから、もうこれで切りあげよう」と思うのに、ついもう一軒とハシゴをしてしまう心理?これは酩酊によって意志の中枢(大脳の新皮質)がまっさきに麻酔してしまうので、もう一杯飲みたいという欲求にブレーキが効かなくなる状態なのです。したがって、まだブレーキが効く量でキッパリ切りあげる習慣さえまもれば、アルコール依存症にはならないことになります。
ところが、「つい悪友にむりじいされて」「会社でおもしろくないことが重なって」、あるいは「祝い酒の度がすぎて」など、肝臓の解毒能力をこえた飲みすぎをつづけているうちに、泥酔から覚めてもまた飲みなおし、数日間飲みつづけるという「連続飲酒発作」がおこってきます。
こうした状態になると、とうぜん全社も休んで、食事もとらず、カーテンを閉めた部屋で、嘔吐して胃が酒をうけつけなくなるまで飲みつづけることになります。あとで本人に間くと、飲んでも苦しくなるばかりなのに、病院にかつぎこまれるまで飲みつづけずにはいられなかったと述懐します。

強迫的な飲酒発作

飲みはじめるとやめられないという状態(強迫的な飲酒発作)がおこるのは、どうしてですか。
飲みはじめるとどうしてやめられなくなるのかを考えるときに、実験中央動物研究所の柳田知司氏が行ったアカゲザルの実験がよいモデルになります。

猿の薬物自己投与実験法

猿の薬物自己投与実験法

 

医学の研究のなかに、ヒトの病気と似た精神病様状態を動物におこさせる実験精神病理学の領域があります。たとえばサルがせっせと麻薬を自分の腕に注射する状態をつくれば、
「麻薬中毒ザル」ができたことになります。麻薬のかわりにアルコールをもちいれば、とうぜんアルコール症のサルができます。
ところで、サルがいくら人まねがじょうずでも、静脈注射まではむりです。そこで、あらかじめサルの静脈内に細いビニール管(カテーテル)を固定して、それを皮膚に縫いこんでおきます。そのカテーテルの端をサルに背負わせたランドセル内の自動注入装置に結びつけます。パイロットラ
ンプがついているあいだにサルがオリのなかのレバーを何回か押すと、その信号がランドセル内の自動注入装置に送られて、なかから一回分のアルコールがサルの静脈内に注入されるというしくみになっています。
こうした装置によってサルにアルコールの酩酊感を学習させると、約四週間後には、サルはやっきになってレバーを押しつづけるようになり、こうして、アル中のサルができあがるわけです。
このような依存成立のメカニズムについては、J・オルズの動物実験があります。オルズによると、脳の視床下部、正中前脳束の投射領域には「快楽中枢」があるといいます。ネズミの快楽中枢に埋めこみ式電極をセットし、オリのレバーを押すと電流が流れる装置をつくると、ネズミは夢中になってレバーを押しつづけ、快楽中枢に電気刺激をあたえるようになるといいます。
オルズの主張する快楽中枢の場所とは、ノルアドレナリン(中枢神経興奮伝達物質)によって作用のおこる領域です。覚せい剤の効果もノルアドレナリンの動員作用ですから、オルズの見解もあながち否定できないものがあります。
オルズの実験は薬物依存の本質にせまる興味深い研究でしたが、彼が事故死してしまったので、快楽中枢説の評価はうやむやになってしまいました。柳田のアル中のサルの実験も、脳のなかにどこか飲酒の快楽中枢があって、サルはアルコールの注入によってその快楽中枢を剌激しつづけているとも考えることができるでしょう。
柳田がアルコール症のサルをつくるのには四週間かかりましたが、もっと体重の軽いネズミなどの小動物は、もっとかんたんにアルコール症になります。たとえば、ネズミに大量のアルコールをあたえつづける「急速飽和実験」を行うと、わずか数日で、アルコールを断つといわゆる禁断症状をおこす「アルコール症」になってしまいます。
つまり、朝から酒を飲みっぱなしで、四六時中アルコールが切れないような飲みか
たが、アルコール症になる近道なのです。

健康な飲酒の条件

では、アルコール症にならない健康な飲酒の条件とはどんなことでしょう?
一日の飲酒をニ合以内にする
まず第一は、一日のアルコール処理能力をこえた大量のお酒を飲まないことです。
個人差やその日の健康状態によって幅がありますが、いっぱんに健康な成人男子のアルコール解毒能力は、体重1kg,あたり一日2.4gとされます。体重55kgの
人の場合、1日のアルコール処理量は130ml(清酒換算で四・七合)となります。したがって、1日150ml(清酒5・4合)以上の飲酒をつづける大量飲酒から、とうぜんアルコール症の発生率は高くなります。
ところで、わが国の酒類の年間消費量の推移から、大量飲酒者がどのくらいいるかをみることができます。これは、民族のような大集団になると、その飲酒量は正規分布するという原理によるものです。つまり、その集団の酒類の平均消費量を知れば、その集団の大量飲酒者の数がおのずから推定できるのです。
高度成長によるGNPの伸びとともに酒類消費量と大量飲
酒者の数は急激にふえてきました。1982年ごろから190万人の飽和状態に達して伸び率はにぷくなりましたが、最近では230万人をこえています。
ところで、体内にはいったアルコール分は、もっぱら肝臓で分解されて排泄されます。そこで、この大量飲酒者たちは毎日肝臓を酷使していることになります。体重60kgの平均的な日本人が一時間で分解できるアルコール量は6.6gで、これは清酒50ml(ウイスキーで20ml、ビールでは180ml)にあたります。400ml(二合余)の清酒が体内から完全に排泄されるには、長めに見積もると八時間かかることになります。したがって、アルコール分を翌朝に残さぬためには、一日の飲酒量を工合以内に抑えることがたいせつで、これが健康飲酒の第一条件となります。
もちろん、この処理能力は年齢とともに低下します。とくに肝障害をおこして肝臓の機能が二分の一に低下Tると、清酒二合でも四合以上の大量飲酒を行ったのとおなじになります。酒のために肝臓をこわしたような人は、キッパリと酒をやめることがだいじす。

週に1〜2日は飲まない日をつくる
もうひとつ、46時中アルコール分か体内に残っていることが、依存症をおこす必須条件でした。この意味で、二日酔いの朝に「迎え酒」をするなどは、アルコール症志願の自殺行為ですし、たとえ休日であっても朝から飲酒する習慣は、小原庄助さんのようにアルコール症になって身代をつぶす近道です。
したがって、週に一回は体内から完全にアルコールを追いだす「ドライ・デイ」?休肝日をもうけることがアルコール症の予防につながります。四六時中アルコール清けになっていると、中枢神経系がアルコール分なしにははたらかなくなり、きゅうにアルコールを中断すると自律神経系をもふくめてパニックをおこします。これが、いわゆる禁断症状のメカニズムです。
清酒換算で一日五・四合以上のアルコールを飲んでいる大量飲酒者の場合、体内のアルコールを完全になくすのにおおよそ四八時間かかります。そこで、アルコール学会では、週のうちつづけて二日間の休肝日をもうけるよう指導しています。
しかし、毎日が二合程度のお酒であれば、まる一日間のドライ・デイでも十分でしょう。

二日酔いの手当て

江戸時代からの「二日酔い」の民間療法は、塩茶、みそ汁、湯豆腐などをすすめています。これは、不足する水分やミネラル、たんぱく質を補給することになるので、理にかなっています。現代では、ミネラルに糖分も加えたスポーツドリンクが同様の意味で、手軽でよいでしょう。
ところで、歴史上の有名人の宿酔の記録として「吾妻鏡」に、源実朝が大酒盛りの翌朝にひどい宿酔に悩まされたことが記されています。お付きの者がハ方手をつくしても治らず、ついに栄西禅師がお茶をI服献じて卓効があったということです。このお茶が二日酔いによいのは、カフエインが頭をスッキリさせると同時に、お茶に多量にふくまれるどタミンCが副腎を刺激して新陳代謝をかっぱつにするからです。しかし、栄西禅師のたてた煎茶が卓効を奏したのは、すでにおおぜいの者がさんざん手当てをつくし、そろそろ体内のアルコール分が排泄されつくす直前の午後になって、禅師が一服献上したからだともいえそうです。
また、宴会の前には柿を一個食べておくとよいともいわれます。柿にふくまれる糖分が翌朝の低血糖の予防に役立つからだけではありません。柿にふくまれるタンニン酸が胃の粘膜を収斂させて、アルコール分の吸収をゆるやかにする効果があるのです。また、柿にふくまれるビタミンCにも、お茶とおなじく新陳代謝を高めてアルコールの分解をうながすはたらきがあります。
ともかく吐きけがややおさまったら、うすいオカユや砂糖を加えた牛乳などをすこしずつ胃袋におさめて、カロリーを補給してください。そして、なんとかからだを動かしましょう。からだを動かさないと、体内に残っているアルコール分がいつまでも分解されません。
二日酔いに朝ブロや運動がよいというのは、新陳代謝がさかんになって、アルコトルの酸化が促進されるからです。また、つらくとも仕事をしていると、二日酔いの朝のやりきれない自己嫌悪感を軽くする効果もあります。だらしなく会社を休んで家にいると、自己嫌悪感や罪悪感が深まってくるだけです。それから逃れるために迎え酒をするようになれば、あなたはまぎれもなくアルコール症への道をたどることになるでしょう。

精神面でのアルコール症のサイン

アルコール依存ではからだの面とともに精神的な面が問題になると思いますが、精神面でのアルコール症に移行する危険信号はありますか。
アルコール依存症に転落するには精神的な問題のほうが大きいのです。
アルコール症回復者たちの自発的な隼会に断酒会というものがあります。この会の冒頭に全員が斉唱する「心の誓い」にも、「私は断酒会に入会して酒をやめました。これからはどんなことがあっても酒でうさを晴らしたり、卑怯なまねはいたしません」という文句があります。つまり、うさ晴らしの酒に逃避していた自分の消極的態度を認識することから、アルコール症の治療ははじまるのです。
スナックやカラオケで上司の悪口を肴に酒を飲むのはサラリーマンの無上の楽しみかもしれません。しかし、あまり度がすぎて、まわりをへきえきさせるようになると危険信号です。
「はじめは、まわりを楽しくさせるよい酒でした。それがだんだんに不平不満を発散させる酒にかわり、気がついたら一人で飲むようになっていました」これは入社時会社の期待の星といわれながら、アルコール症になったさる商社マンの述懐です。
わが国のビジネスは、とかくアフター・ファイブの商談で決まるしくみになっています。島国で、ムラ社会の身内意識が多分に残っているわが国では、いままで取引のなかった会社とこれから新たに対人関係をもつかどうかは、アルコールのはいった本音の宴席で吟味されるからなのでしょう。そこで、わが国のサラリーマンは、商談の接待酒、会社内のつき合い酒に個人的なストレス解消の酒と、アルコールなしには一日も機能しない「アルコール・ソーシャル・システム」に、がっちりとりこまれることになります。
酒が仲間との対人関係の潤滑油になっているうちは無事なのですが、うっぷんばらしの酒でかえって対人関係を損ね、ついに一人でヤケ酒をあおるようになってきた人は要注意です。

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