ノックビン(ジスルフィラム錠)

アルコール依存症治療薬レグテクトから抗酒剤ノックビン(ジスルフィラム錠)に変更。強制的に酒を飲めない体質にする訳だから、抑止力の差は歴然。

アルコール依存症の正体

      2016/12/10

アルコール依存症の正体

いま日本の人口は、約1.2億。そのうち飲酒する人の数は7,200万人。
そして、飲酒人口の3・6%、260万人が「重篤問題飲酒群」と分類されています。
重篤問題飲酒と書くと、いかにも大げさですが、つまり「アルコール依存症」の人たちです。彼らは、日常どんな行動をするのでしょうか。それは、
①アルコール探索行動
②強迫観念の出現
という行動で捉えることができます。
たとえば、夜中に目をさましたとき、ビールが飲みたいなァと思う。思ってしまうと、ビールを飲まずにはいられない。ふとんから起き出し、冷蔵庫のある部屋まで行き、そこでググッと飲む。ビールが冷蔵庫にない場合は、ふだんはモノグサであっても、このときばかりはキッチリ洋服に着替えて、外出してビールを買いに出かける。これが、〈アルコール探索行動〉です。
アルコール依存症になっていない人は、そこまでして飲みたいとは思わなくて、ふとんのなかで、そのまま眠り続けます。
仕事中でも、アルコール依存症でない人は「この仕事を終えて、夕方になって会社を出たら居酒屋で一杯やろう」と考えます。
ところが、アルコール依存症候群の人たちは、たとえ大切な会議や営業活動のときであっても、いったん「酒を飲みたい」という気持ちをいだくと、もうガマンができません。
アルコール依存症の人事採用スタッフが、書類の「アルバイト」という文字を見ると「アルコール」という言葉を連想し、「ああ酒が飲みたい、飲みたい」という思いが頭のなかに充満してくるのです。
追い払おうとしてもダメです。本人は、仕事中に酒を飲もうなどと考えるのは非常識だと百も承知しているのですが、「飲みたい」という強迫観念は頭のなかにしつこくこびりついて離れません。
この症状が、〈強迫観念の出現〉になります。

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ここで飲んだらアルコール依存性になる

昼間、会社や取引先で「酒が飲みたい」と思っても、グッとガマンして退社してからアルコールを飲む人は「アルコール依存」の人です。重篤問題飲酒という「アルコール依存症候群」には入っていませんが、アルコールを中心にした日々の暮らしを送っていることは事実です。
脳の中枢に「酒が飲みたい」という情報がしっかりとインプットされ、風邪をひいて体調がわるくても、酒を口に運ぱなければ気がすみません。こういう人たちにとって「アルコールのある生活」が正常で、「アルコールのない生活」が異常になっています。
その具体的な例として、飲酒から15時間ほど経過したときに、手がふるえて字が書けないとか、異常に汗をかくといった症状が出てきます。これを、「離脱症状」といいます。何が、どこから離脱するのでしょうか。アルコール分が体内から離脱するのです。
この症状を示す人は、お酒を飲むとピタリと収まることがあります。手がふるえて書類の書けない人が、トイレに入ってこっそりウイスキーのポケットビンを飲むと、ピタリと手のふるえが止まるのです。
これは、アルコールが脳の中枢にある状態が正常で、ない状態が異常になってしまったのです。ですから、体内にアルコールを入れて離脱症状を静めることは、脳の中枢をますますアルコール漬けにして、症状をいっそう悪化させてしまう悪循環といえます。アルコール依存度を高めることです。
離脱症状は、手のふるえや発汗のほかに、不眠、吐き気、血圧上昇、不整脈、集中力の低下といった症状もあります。
ひどくなれば、幻聴が起きます。だれも話している人がいないのに人の話し声が聞こえてくる。それが自分の悪口をいったり、命令したりしてくるのが幻聴です。その存在が見えるわけではありませんから、恐怖のどん底につき落とされるような感覚をもつようになります。
さらにひどくなれば、幻視、見当歳障害、異常興奮などの症状が出てきます。これを、「振戦譫妄(しんせんせんもう)」といいます。たいていは2、3日続いて消えるのですが、なかには数カ月続く場合もあります。
テーブルの下から小さな兵隊が列をなして行進しているのが見えたり(幻視)、他人はもとより自分がいつどこで何をしているかが見当がつかなくなる(見当識障害)のです。
そして、振戦譫妄をくり返していると、コルサコフ症候群などの脳障害を起こして回復せず、そのまま死に至ることになります。
アルコール依存症は、自分という人間がアルコールに支配され、社会規範や道徳に関係なく、アルコールの命令に従って、ひたすら飲み続ける病気なのです。

たった一つの治療法

アルコール依存症の治療のために、入院あるいは通院を求めに来た人は、たいてい「しばらく治療すれば、また酒が飲めるようになる」と考えています。
しかし、この考えはまちがいです。
アルコール依存症とは、お酒をコントロールして飲めなくなることです。しばらく酒から遠ざかっていても、ひと口飲むと、あとは牛のよだれのごとく、ダラダラといつまでも飲み続けなければ気がすまない。気づいたときには、からだを壊し、家庭をダメにし、会社を放り出される。アルコールが「もっと飲め」と命令を下し、自分はそれに唯々諾々と従うことしかできない。俗にいう「酒に飲まれる」のです。
アルコール依存症を治療する唯一の方法は、「一生お酒を飲まない」こと。
これしかありません。不眠症は眠れば治り、アルコール依存症は酒を飲まなきゃ治る。簡単なことです。
しかし、この簡単なことを実行するのが、なんとむずかしいか。
そこで、アルコール依存症を治療する医師や看護婦、あるいは患者の家族をふくめた周囲の人間は、ねばり強く、「断酒の実行」の意味を説明し、そのための環境づくりをおこなっているのです。知識や技術といったモンダイでは捉えきれない深い意味が、アルコール依存症の治療にはふくまれています。
そして、その行き着く先は、「生きる意味」「人生とは何か」
といった人間の根源的なテーマにぶつかっていくのです(このテーマについては、あとでくわしく紹介します)。

人生の意味を考えない人はアルコール依存性は治らない

周囲の人間が見て、「この人は、アルコール依存症かもしれない」と感じるようになっているとき、その本人は、たいていアルコール依存症になっているケースが多いといえます。
ところが、本人だけは頑として「自分はちがう」と主張しがちです。
そこで、本人が納得できるような客観的な判別方法をここで紹介しましょう。
2つあります。
第一は、
「肝機能検査から見たアルコール依存症の指標」
です(図1)。

アルコール依存性の指標

アルコール依存性の指標

GOT、γ-GTP、GOT/GPTの3つの指標がありますが、このなかで飲酒状況と最も密接な関係になっている数値は、γ-GTPです。
「γ-GTPが300以上になっていれば、アルコール依存症の確率が高い」という判別基準が一般的です。
第2の判別方法は、「久里浜式アルコール症スクリーニングテスト」(KAST)です(図2)。

久里浜式アルコール依存性スクリーニングテスト

久里浜式アルコール依存性スクリーニングテスト

 

これはきわめて正確率の高い判別方法です。
この検査結果で「2点以上」の数値が出た人は、アルコール依存症の人である可能性が高いといえます。

この2つの判別数値が、たとえば、γ-GTPが400、KASTが5点という結果が出たとしたら、その人はアルコール依存症であることはまちがいないでしょう。
しかし、アルコール依存症と判別されたからといって、すべての人が同じような治療システムのなかに組み込まれていくかといえば、決してそうではありません。
先ほども書いたように、アルコール依存症の治療の根底に流れている思想は、「生きる意味」「人生とは何か」というテーマです。このことは大切なことです。
それを、A氏とB氏という2人の検査結果と、その後の治療方法のちがいで説明しまし
A氏……γ‐GTP/400、KAST/5点
B氏……γ-GTP/200、KAST/2点
という検査結果が出たとします。この数値だけを見れば、アルコール依存症の重症患者はA氏です。A氏に入院を、B氏には通院を薦めればいいのかもしれません。
だが、実際の治療は、A氏は通院、B氏が入院という逆のケースが多々あります。それは、アルコール依存症患者本人の「治そうという自覚の有無」と大いに関係してくるからです。
A氏は、奥さんや会社の上司の忠告を素直に受け止めて病院に出かけ、医師の指示には「入院する必要があるなら、そうさせてもらいます」と素直に従った。
一方のB氏は、家族や上司の命令でイヤイヤ病院に行き、医師から「入院したほうがいいですよ」といわれても、自分の問題点を直視しようとせず、反抗的な態度を示して入院を拒否する。そして「通院で治療を受けに来るぐらいならいい」と、いったとします。
そういう診断面接があったとき、私はA氏を入院させることはしません。A氏がアルコール依存症であるかどうかについても疑問の余地があり、あったとしても初期の段階と診断します。
逆に、B氏はアルコール依存症であると即座に判断し、入院させます。
アルコール依存症という病気は、γ-GTPやKASTの数値で判断して治療するものではなく、本人が信頼できる人たちのアドバイスを深刻な問題として素直に受け止めるだけの、
「統合的な判断力が、くずれているか否か」が最も大切な判断基準だからです。
統合的な判断力は、自分の人生の意味をしっかり認識していなければ不可能です。
たとえば、木曜の夜に学校時代の友人と偶然出会い、「一杯やろう」と居酒屋に入り、そのあと一軒が2軒、2軒が3軒と飲む場所を替えてハシゴ酒をし、友人は先に帰ってしまったにもかかわらず、自分は朝まで飲みつづけ、翌日の金曜日の午前中にあった重要な仕
事の打ち合わせをスッポかしたとします。
アルコール依存症でない人は、スッポかした事実をあやまちと認め「酒の飲み方」にも配慮をかさねて、その〈人生のマイナス〉をプラスに転化するような生き方をします。
ところが、アルコール依存症の人は、スッポかした事実に対して「たまたまそうなってしまった」と思いたがるのです。もちろん、シラフになったとき「しまった‥」という後悔の念にかられますが、事実をマイナスとして真剣に受け止めないために、また同じような失敗をくり返します。
だから、アルコール依存症の治療は「生きる意味」「人生とは何か」という人間の根源的な問題と深くかかわってくるのです。

「自分の問題」を認める恐怖

自分がアルコール依存症かどうかを判断する材料として、地震の「震度」と対比させた「酒度」をつくった人がいます。仮にC氏としましょうか。
C氏は団塊世代。入社早々の社内販売キャンペーンで、いきなり入寅するぐらいのガンバリ屋。20代、30代のころは、仕事ひとすじの会社人間で、家庭をあまり顧みなかった。負けず嫌いという性格が、C氏をギリギリのところまで仕事をさせたといってもいい。
しかし、世の中は自分のつごうのいいことばかりは続かない。そこで「ガンバるだけが人生ではない」という発想をもてばいいのだが、無理してでも解決しようとする。壁に当たる。乗り越えられない。根が几帳面だけにアセる。そして酒におぼれていったのです。
そういう人だけに、アルコール依存症の人間として通院治療をはじめると、今度は自分という人間を分析し、論理でもって解決の糸口を捜し出そうとしました。毎日ノートパソコンに向かって「アルコール依存症の自分」を日誌にしたためます。それをまたコピーして小冊子にまとめます。
そのなかに「震度」ならぬ「酒度」が記してあるのです。それが、「震度と酒度の比較表」です。

震度と酒度の比較表

震度1
習慣的な飲酒行動が現れ始めた段階(毎日飲む)
震度2
酒を飲まない人や、家族が気づきだす段階。
震度3
友人、知人、上司、同僚が気づきだす段階。家庭内に飲酒によるトラブルがおこり社会生活にも支障をきたすようになる段階で、専門医に相談する必要がある。
震度4
友人、親戚、会社の上司等より注意を受け、一人では立ち直れない状況になり、入院加療が必要となる段階。
震度5
家庭は崩壊し、会社からは見放され、社会生活が困難になる。
震度6
幻覚・幻聴・妄想が生じ、社会的にも危険な状態となる。強制入院が必要となる。
震度7
命にかかわり、全てを失うと言っても過言ではない状態になる。

C氏自身は〈酒度4〉の状態でした。「酒度表」によれば、「友人、親戚、会社の上司等より注意を受け、丁人では立ち直れない状況になり、入院加療が必要となる状態」というランクだったのです。
C氏をアルコール依存症の治療に目を向けさせたのは、ほかでもないC氏の中学生の息子さんでした。そのあたりの状況を、C氏の小冊子から抜粋します。

「もしもし……おじさん・・・・・・・お父さんを助けてあげて!」
春冷えの夕刻、この一本の電話が、私を大きく揺り動かし、目覚めさせた。
あの寡黙な息子が、私の義兄にかけた一本の電話。それは崩れかけ、ひび割れ、大きく口を開けたクレバスに滑り落ちてゆく私に投げかけられた一本の命綱であった。
義兄は、義姉を助手席に乗せると、不案内な道を住所を頼りに飛ばした。目的地は私の勤務する会社。「早く着かないとすれ違いになる」という思いが、焦りとなり、何度もハンドルをきりかえさせた。その頃、私は……。
「今日はもういいから、帰りなさい」「でも、まだこの資料が……」「そんなことより、自分のことを心配しなさい。支店長も心配されているよ」
いつも穏やかな支店次長が声をかけてくださった。
その日すでに、離脱症状が出ていた。しかしそれが「離脱症状」というものであるとは、その時点では知るよしもなかった。ただ「2日酔いのひどい症状」ぐらいにしか思っていなかった。確かに発汗がひどく、吐き気がし、不眠状態が何日も続き、焦燥感をいだき、集中力も低下していた。一種のノイローゼ状態だと自己診断していた。家庭医学の本を開くと「自律神経失調症」の項目によく似た症状が出ていた。そんな時、酒を飲むと不思議にシャンとしたような気になり、飲酒の日々が続くようになっていた。自分自身「アルコール依存症」ではないかと思い、医者に相談したこともある。そのとき、専門医ではない医師は「自分でアルコール依存症と思って病院に来るうちは、たいしたことないでしょう」とおっしやっていた。
自分に都合のいい診断は、心地よく素直に受け入れることができる。また、一種の免罪符を得たような気持ちになり、それを盾にしてアグラをかき、盃を重ねるようになる。
その盾は、真っ黒で前がまったく見えない薄っぺらなガラスでできたものであることに気づくのは、薄く小さな「真実」という矛で、見るも無惨に粉々にぶち破られた時のことだった。「こんなはずではない!」とあわてふためき、何か身を守るものを捜そうとするサマは、あまりにも不格好なものである。中国の故事にある本来の「矛盾」の意味とは多少意味合いが違うが、これも「酔狂の論理」のなかに見る「矛盾」なのかもしれないと、寂しく笑いながら考えてしまう。
私にとっての「矛」は、息子のかけた一本の電話であり、そのサインに素早く応えてくれた義兄の行動だった。
会社の前に待つ義姉に声をかけられ、車に乗り義兄宅へ向かう車中で、息子が義兄に電話をかけたことを聞かされた時は、まさに直下型地震のように私の足下を襲い、見るも無惨に私を叩きのめした。

妻の兄である義兄も、私の飲酒に間する話をうすうす気づいていたようだが、「あまり立ち入るのは……」と、行動に移すのを控えていたとのこと。それが息子からの電話で、一気に行動に移せたのは「天恵かもしれない」と話した。

C氏は、自分がアルコール依存症であることを認めたくなかったのです。それを認めることは、人生の敗残者になることだという意識があったからです。意志の弱さがアルコー
ルに向かわせていると……。
しかし、その考え方がまちがっていることは、すでに紹介した通りです。アルコール依存症は、意志の問題ではなく、そういう病気なのです。胃潰瘍だと知れば入院して治療します。胃潰瘍が病気だと認めているからです。アルコール依存症も病気なのですから、治療をすればいいだけのこと。世間の目など気にしなくてもいいのです。

「会社はそんな甘いものではありません」

先ほど「世間の目」ということを書きました。
そんなものは気にしなくていいと……。しかし、それは正論ではあるが、現実社会のなかでは、アルコール依存症に対する偏見が残っていることは事実です。
その現実を無視して、アルコール依存症を治療しようという考えは、単なる医術でしかありません。世間の偏見があったなら、そのなかでの患者の哀しみや孤独感などを理解した上で、なおかつ、
「自分がしっかりと生きていけば、周囲の人たちは認めてくれるようになる」
ことを患者にねばり強く説得し、生きる勇気を患者自身がもつようにしていくのが、アルコール依存症の医療の基本です。
その意味で、治療の場所は病院だけでなく、家庭も職場も治療の場所になります。家庭や職場のアルコール依存症に対する暖かいまなざしは、立派な治療方法のひとつなのです。とくにリハビリテーションとして、家庭や職場をはじめとする社会の偏見をなくすことは、とても大切な問題です。
こんなことがありました。
ある一流銀行の課長補佐の話を紹介します。仮にD氏とします。
D氏は自分がアルコール依存症だと自覚し、自分で病院にやってきました。家族や会社の上司から強制的に連れてこられたわけではないのです。めずらしいケースといえるでしょう。それだけに、D氏の話し方も落ち着いています。
私がD氏に質問します。
「会社で何か仕事の失敗でもしたのですか」
「いいえ。業務上の失敗はほとんどありません。そのかわり、家庭内や交友関係では取り返しのつかないことを多々やってきました」
「そうですか。あなたのお話を問いていると、アルコール依存症としてはまだ初期段階ですから、通院治療でやってみましょう」
「いえ、先生。ぜひ入院させてください。入院して徹底的に治したいのです」
「その気持ちはとても大切なことですが、日本の社会とくに銀行のような企業では、アルコール依存症に対する差別意識がまだまだ残っています。その洛印を押されたらあなたの待遇にも差しつかえるのではないですか」
「私は出世はあきらめました。いいんです。ただ家族に対する気持ちがあるので、入院して治したいのです」
そういう経過があって、D氏は3ヵ月間入院し、その後は外来患者として治療を受け続けました。約一年半の間はピシャリと酒をやめたのです。
ところが、ある日、D氏はべろべろに酔っ払って病院に来ました。スリップ(再び酒を飲むこと)した理由をD氏に尋ねたところ、「先生がいわれたように、一年間酒を飲むのを我慢していれば周囲から信用されると思い、それを実行してきました。出世はしなくてもいいんです。しかし、一年半たっても業務のラインに戻してもらえず、窓際族にされて飼い殺しの状態が続いているのです」
といって男泣きするのです。
私は、D氏が勤務する銀行の厚生担当重役に来てもらい、こう説明しました。
「D氏が酒を飲んだのは決して病気の再発ではありません。会社がD氏に酒を飲ませたのです。私だってD氏の立場になったら酒を飲むでしょう。D氏は出世をのぞんでいるわけではありません。せめて会社で仕事をしたいといっているのです。そうさせてもらえないでしょうか」
「先生のお言葉はよく理解できます。しかし、企業という組織は、そんな甘いものではありません。残念ですが・・」
この事例は、アルコール依存症のリハビリテーションの場として、企業が機能していないことを端的に物語っています。患者は立派に再起しているのに、社会の偏見がそれを押しつぶしているのです。
これがアメリカだと、様相が変わります。
アメリカの国立研究所がアルコール依存症に関する調査をしました。その結果、重役の約20%がアルコール依存症であることが判明しました。日本の企業では、こういう調査結果は出てこないでしょう。たとえアルコール依存症の症状を自覚していたとしても、世間の目を気にして偽りの自己申告をするからです。それ以前に、アルコール依存症の調査さえさせてくれないと思います。
しかし、臨床医の直感でいわせてもらえば、日本の重役のI0%は、まちがいなくアルコール依存症だと確信できます。10%のアルコール依存症の重役は、そのことを自慢する必要はありませんが、かといって卑下する必要はまったくありません。
風邪も病気、アルコール依存症も病気なのです。
アメリカのフォーード元大統領の夫人は、自分がアルコール依存症であることを堂々と公表し、その治療を受けました。公表したところで何でもない土壌がアメリカにはあります。
カラッとした民主主義といってもいいかもしれません。それに比べて日本の社会は、どこかジメジメしています。それぞれに一長一短はありますが、こと弱者に対する偏見は、日本社会のほうが根強く残っているようです。
でも、それに負けないでほしいと思います。病気であることを決して恐れず、それに堂々と立ち向かっていくことが、自分の病気を治し、社会の偏見という病気を治す扉になっていくのです。

人はなぜアルコール依存になるのか

ストレスをコントロールできなくなったら要注意

おもしろい実験結果があります。
ストレスに対して、
①管理職ネズミ
②部下不ズミ
の2匹のねずみがどのように反応するかをまとめた実験データ(この実験を行なったのは久留米大学・田中正敏薬理学教授)です。
部下ネズミは、部屋のなかで電気刺激を受けます。
管理職ネズミは、その様子をガラス越しにながめる部屋にいます。
実験の初日は、部下ネズミにストレスが大量に出ました。管理職ネズミは、どうってことありません。しかし、電気刺激を続けると、今度は管理職ネズミのほうが部下ネズミより多くのストレスを感じるようになりました。実験5日目になると、両方のネズミともストレスを感じているのは同じですが、脳へのストレスだけ見ると、管理職ネズミのほうがストレスが大きくなってきます。
また別の実験をしました。
管理職ネズミは、自分で電気刺激が管理できる部屋にいます。
部下ネズミは、それが不可能な部屋にいます。
そして、電気刺激を双方に与えると、最初のうちは両方のネズミがストレスを受けるのですが、やがて管理職ネズミは電気刺激を操作できる方法を学び、ストレスが激減します。
部下ネズミは絶望的な状況になり、21時間後には、管理職ネズミの2倍以上の胃潰瘍ができました。
ところが、管理職ネズミの電気刺激操作を複雑にし簡単に学べないようにすると、今度は逆に、管理職ネズミは部下ネズミの2倍以上の胃潰瘍ができたのです。
この実験結果は、何を意味しているのでしょうか。
①物理的ストレスは、慣れれば減少するが、心理的ストレスは、逆に増加する。
②コントロール可能だと、管理職のストレスは少ないが、コントロール操作がむずかしいと、かえって管理職のほうがストレスが大きくなる。
③非合理的で、予測のできないことはストレスが強い。
④若いときより年齢を重ねたほうがストレスの悪影響がある。
⑤発散できないストレスは、精神にこたえる。
つまり、ストレスの対処方法は、
「反復・長期化を避け、自分でコントロールできるようにし、不意の出来事を事前に予測できるような心のゆとりをもち、年齢を重ねたら発散できる糸口をいくつも用意して生きていく」
ことです。
アルコール依存症の人は、このストレス対処が「酒一本やり」なのです。
若いうちは、飲みすぎても回復できる体力があり、ストレスも心理的なものより物理的なものが多いため、酒を飲むことでストレスを発散させることができます。
しかし、年齢を重ねれば、まず体力が弱ってきます。その分岐点は、感覚とすれば35歳前後といえるでしょう。以後は体力的にアルコールが弱くなっていきます。にもかかわらず、一番酒が強かった時期をつねに基準にして酒を飲みます。これでは、からだがダメになるのは当然です。しかも、年齢を重ねるに従って、ストレスの内容が物理的から心理的へと移行するため、その度合いがますます高くなります。そこで、また酒を飲む。しかし、酒を飲むことをくり返していると、それが快感ではなく惰性になってしまう。
それで、さらに刺激を求めて酒を飲み、結局は底なし沼のアルコール依存症になってしまうのです。

生き方の不器用な人が危ない

アルコール依存症になってしまうストレスの原因について考えてみましょう。
大きく分けて、2つあります。
第一は、個人的な問題。離婚や配偶者の死亡、子供との別居といった原因です。
これまで慣れ親しんできた家庭環境から別の環境に移り、新しい状況に自分を適応できないストレスです。その孤独感を忘れるために、一杯の酒を飲む。酒だけが友となる。これを続けていけば、忘却の快感が惰性になり、さらに酒を求めていくようになるのは、すでに指摘した通りです。
第2は、社会的問題。時代のストレスが、そのまま個人的ストレスに直結するのです。
全共闘を中心とした学生運動が盛んだった70年代。学生に部屋にカンヅメにされた某大学の学部長は、それまで晩酌ていどしか酒を飲まなかったのが、それ以後、一気に酒量が増えてアルコール依存症になった例があります。第1次・第2次の石油ショックのとき、企業戦士としてバリバリ働いていたビジネスマンが新しい事業の方向を模索できなくて、酒に溺れていったこともあります。
また、バブル経済がはじけ、それまでの経済価値観が音をたてて崩れていくスピードについていけなくてストレスを貯め、とめどない飲酒でしか自分を支えられず、ついにはからだをこわして入院した人もいます。
いずれも社会的な大きな転換期に、自分を見失ってしまった人たちです(大学の学部長の場合はちょっと意味合いがちがいますが……)。
そういったストレスを貯めて、アルコール依存症になる人たちの共通項がいくつかあります・その特徴は、「二律背反の性格が顕著」なことです。たとえば、
「自信過剰なのに、劣等感が強い」
「負けず嫌いなのに、すぐ妥協する」
「健康を求めているのに、不健康なことに美意識をもつ」
「几帳面なのに、粗暴になる」
「人恋しいのに、排他的になる」
といったことです。2つの性格の溝が深いため、それを埋めきれずに〈アルコールという泥橋〉をかけて渡ろうとするのです。とはいっても、アルコール依存症でない人にも、二律背反の性格の人はいっぱいいます。そもそも人間はさまざまな矛盾を内にかかえた存在ですから、シロクロはっきりできるほど単純ではありません。矛盾は矛盾として、ある程度あいまいにしたまま現実的な対応をしつつ、人生を送っています。
そこのところを、アルコール依存症の人はマジメに考えすぎて、にっちもさっちもいかなくなって酒の海に飛び込んでしまうのです。
「矛盾を不透明にしてくれる泥酔の快感が忘れられない人」
という解釈もできます。その意味では、アルコール依存症の人たちは純粋ともいえます。世の中には、矛盾を、より高度な次元にアウフヘーベンするのではなく、矛盾を矛盾とも感じることなく、あるいは感じてたとしても「世の中なんてそんなものだ」と流したり、なかには「どこが悪いのだ」と居直って生きている人もいます。
それに比べれば、アルコール依存症の人たちはマトモです。だが、マトモでありたいと願うぱかりに泥酔し、マトモでなくなってしまうのです。ストレスを飼いならすことが下手な人といえます。

社会構造がアルコール依存性をつくる!?

なぜアルコール依存症になるのかを、ここでは「飲酒文化の変化」という視点から捉えていきます。
「新入社員諸君。日頃は先輩社員から厳しい指導をされているだろうが、今日は無礼講だ。大いに羽をのばして飲んでください」
新入社員歓迎会の冒頭に出てくる幹事の挨拶です。この言葉を真に受け、目の前の酒どころか他人の酒まで飲みほし、最後は上司の席のまえに行き、
「おい、係長。なんでオレばっかりにイジワルするんだ‥」
と、毒づく新入社員がいます。それが無礼講の特徴です。下の地位の人間が、上の地位の人間と対等になれるチャンス。周囲も、それを大目に見る雰囲気があります。
そして最後には、だれかがケンカを始めれば、ほかの人間が下半身丸出しでハダカ踊りを始めるというように、酒の勢いを借りたドンチャン騒ぎになってお開き、というのが無礼講のだいたいの筋書きです。その筋書きの追加脚本をいえば、翌日は前夜のドンチャン騒ぎなどなかったような顔して、みんなが日常の仕事に就いています。その表情は、ウサを晴らした晴れやかなものになっているのです(なかには2日酔いで仕事に参加できない人もいるでしょうが・・)。
しかし、最近はこのような無礼講のスタイルは少なくなってきました。昔に比べて若い人の飲む機会が増え酒席になれてきたなど、理由はいろいろあるでしょうが、大きな理由のひとつとして、「酒席にハレとケの区別がなくなった」ことが挙げられます。
ハレというのは漢字で書けば「晴」。結婚式の新郎新婦の席を「晴の席」ともいいますが、ふだんはなかなかあり得ない非日常の意味です。
一方、ケは漢字に直すと「褒」。ワイセツ(狽褒)のセツです。普段着、日常という意味です。狽褒とは、日常みだらなことをする行為になります。日常というのは、だれがいつ見てもいい通常の時間という意味です。だから、男と女が日常に交情をむすぶことを狽褒というのです。
それはさておき、酒を飲むことにハレとケの区別がなくなったのは、18〜19世紀のイギリスの産業革命以後の現象です。農業を主体にした経済から工業をメインにした経済へと、社会システムが移行していくにつれ、地方から都市にどんどん流れ込む労働者が、いままで未経験の生産工場の仕事にストレスを感じ、それを発散させるために毎日酒を飲むようになったのです。
そうした需要を、大量消費にむすびつけて事業化した酒造メーカーがいくつも誕生し、また都市には、その酒を簡単に飲むことのできる酒場がぞくぞく誕生しました。
毎日が「酒の飲める」ハレの日であれば、労働者はその快感をもとめて毎日酒場に通います。日払い賃金のコインをにぎりしめて、バーの扉をあけたのです。
その結果、都市にはアルコール依存症の人間があふれてしまいました。
工場生産の経済システムが登場するまえは、それぞれの農家が、家族の飲む分だけの酒をつくり、祭りなどのハレの日に飲んでいました。そのとき、酔っ払ってハメをはずすこともあったでしょうが、翌日以降もそれを続けようと思っても、お酒の在庫がないために、またケの日常にもどっていったのです。だから、アルコール依存症になる人は、産業革命後の経済システムの時代に比べて少なかったのです。
戦後の日本経済の勃興と飲酒文化の崩壊の関係は、これによく似ています。酒をハレからケのものとしてきたのです。

こんな人が依存症になりやすい

アルコール依存症の人たちを、人間(とくに日本人)は差別をしますが、アルコール自体は、人間を差別しません。
大学のエラい先生も、肉体労働者にも、同じような薬理効果による「酔い」を与えてくれます。男女の区別もなく、国籍も関係ありません。
アルコール依存性患者も千差万別。銀行員、教師、新聞記者、テレビマン、そして会社員もいれば自営業もいます。お坊さんもいました。神主さんも牧師さんもいたのです。すべての人がアルコール依存症になる可能性をもっています。
ただし、アルコール依存症になりやすい体質と、そうでない体質があります。酒が飲める人と飲めない人です。そのひとつに、「フラッシャー体質とノンフラッシャー体質」
という遺伝的な体質のちがいがあります。簡単にいってしまえば、アルコールの毒素分解要素が完備し、解毒が早いノンフラッシャーと、毒素分解要素が一部欠如し、分解が遅いフラッシャーの差です。アルコール依存症になりやすいのは、圧倒的にノンフラッシャータイプ。つまりアルコールを大量に飲める体質の人たちです。
このタイプの人たちは酒を飲んでも、顔が赤くならないし、心臓もドキドキせず頭痛も感じません。だからお酒が大量に飲め、アルコール依存症になりやすいのです。
しかし、ノンフラッシャータイプだけがアルコール依存症になって、フラッシャータイプは安心かといえば、必ずしもそうではありません。くわしくは書きませんが、フラッシャータイプにもアルコール依存症になりやすい体質があることが、最近では判明しています。要は、体質から見ても、ほとんどの人がアルコール依存症になり得るのです。
なぜアルコール依存症になるのかの最大の原因は、やはり、人間関係のストレスです。酒がなくて、どうやって人間関係を築いていくかがわからない人が、この病気になりやすいのです。
最初は、酒がコミュニケーションの潤滑油になります。最後は、酒がディスコミュニケ
ーションの原因として働くことになってしまいます。生きる主役である自分が、いつのまにか人生舞台で酒に主役をゆずり、主役の殺陣にあわせた斬られ役に堕ちてしまったのが、アルコール依存症です。
そして最後は、からだをこわし、家族をなくし、仕事を失って、人生舞台からも転げ落ち、死に至る。その恐怖を断ち切るのは、断酒しかありません。それが、アルコール依存症の治療の第一歩です。

 

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